頬をべったりと濡らす自分の涎の気持ち悪さで目が覚めた。
何時間も熟睡していたらしい。いつの間にか夕方だ。カーテンの隙間からこぼれる陽光が鮮やかなオレンジ色に変わっている。
手の甲で涎をぬぐいながら枕カバーを剥がす。後で新しいのに交換しよう。
スマホのロック画面で時刻を確認すると、午後四時半を過ぎたところだった。
トイレに行って、ついでに冷たい水でも飲んでこようと思いながら起き上がると、空腹を訴えるようにお腹が鳴った。もう本調子に戻ったみたいだ。
冷蔵庫の中に昨日の夕飯の残りでも入ってたら、それを食べよう。なかったら仕方ない、カップラーメンコースかな。
階段を下りている途中で、ちょうど家の鍵が開く音がした。うちの高校は遠いから、佑士が帰ってくるにはまだ早い時間帯だ。母さんだろうか。なんだかんだ俺を心配してくれたのかな。
俺は玄関前に立って出迎えることにした。
「おかえ、り——」
「ただいま。起きてたのかよ」
「……うん、ちょうど今、目が覚めたとこ……」
帰ってきたのは母さんじゃなく、佑士だった。扉を押さえている左手に、中くらいのビニール袋を二つ提げている。
「……早いじゃん」
顔を合わせるには、ちょっとまだ心の準備が出来てない。こんなことならタイミングを見計らって一階へ下りるんだった、そう後悔しても手遅れだ。
ぎこちない態度の俺をよそに、佑士は特に変わった様子もなく——いや、俺と穏やかに会話してくれてる時点で変わったといえば変わったんだけど——靴を脱いで上がってきた。
正面から見下ろされる。俺もぎりぎり平均身長はあるけど、佑士は百八十センチ半ばらしいから、やっぱりでかい。
「顔色良さそうだし、腹減ってるだろ。メシ買ってきた。食欲ねえなら、ゼリーとアイスもあるからそっち食え」
ビニール袋を突き出されて、反射的に両手で受け取る。すると佑士は嬉しそうに口元をほころばせたから、要らない、なんて言えなくなってしまう。実際、食欲はある訳だし。
俺は袋の中身を覗き込む。
片方のビニール袋には親子丼。もう片方には、ゼリー飲料と白桃ゼリー、それから大きなカップに入ったチョコミントアイスが入ってるのを見て、なんだか叫びだしたい気分になった。全部全部、俺の好きなものだったから。
「……これ、佑士の小遣いで買ったんだろ? 後で返すよ」
「千円しねえくらいだから、別にいい。バイトしてるしな」
廊下を歩く佑士の後ろ姿を見つめながら、裸足で跡を追う。
そういえば、一駅先のカラオケボックスでバイトしてるんだっけ。
「じゃあさ、じゃあさ、——一緒に食べない?」
ぴたりと立ち止まった佑士の返事を待たず、俺はリビングの四人掛けテーブルに袋を置くと、身をひるがえして廊下へ駆け戻った。
さっきまで佑士を避けたかったはずなのに、俺、おかしい。でも、一緒にいたいのも本当なんだ。
「なんか汗臭い気がするから風呂入ってくる。出たらリビング行くな!」
「おい、玲」
「部屋に戻って着替え取ってこないと。また後でな!」
いつも通りいい匂いのする佑士に比べて、一晩シャワーを浴びていない自分の体の脂っぽさとか、芸術的な形についた寝ぐせとかが、やけに気になって仕方ない。
髪の毛を撫でつけながら部屋に向かい、着替えを持ってもう一度階下へおりると、俺は脱衣所へ飛び込んだ。
体の芯があったまるまでシャワーを浴びてから、全身をぴかぴかに洗い上げる。簡単に髪を乾かし、部屋着のスウェットの上から厚手のカーディガンを羽織ってリビングへと向かう。
カーディガンは、外へ遊びに出かける時に愛用してるアイボリーのアーガイル柄のやつだ。なんとなく、そう、なんとなく、毛玉だらけの普段のニットを着るのは気が引けて、一番のお気に入りを着たくなった。普段なら寝起きのままのだらしない格好でも全然平気だったのに。
自分の微妙な変化から目を逸らし、俺はダイニングテーブルの椅子へ座って右足だけで胡坐をかき、頬杖をついてスマホ画面を見ていた佑士に声をかけた。
何時間も熟睡していたらしい。いつの間にか夕方だ。カーテンの隙間からこぼれる陽光が鮮やかなオレンジ色に変わっている。
手の甲で涎をぬぐいながら枕カバーを剥がす。後で新しいのに交換しよう。
スマホのロック画面で時刻を確認すると、午後四時半を過ぎたところだった。
トイレに行って、ついでに冷たい水でも飲んでこようと思いながら起き上がると、空腹を訴えるようにお腹が鳴った。もう本調子に戻ったみたいだ。
冷蔵庫の中に昨日の夕飯の残りでも入ってたら、それを食べよう。なかったら仕方ない、カップラーメンコースかな。
階段を下りている途中で、ちょうど家の鍵が開く音がした。うちの高校は遠いから、佑士が帰ってくるにはまだ早い時間帯だ。母さんだろうか。なんだかんだ俺を心配してくれたのかな。
俺は玄関前に立って出迎えることにした。
「おかえ、り——」
「ただいま。起きてたのかよ」
「……うん、ちょうど今、目が覚めたとこ……」
帰ってきたのは母さんじゃなく、佑士だった。扉を押さえている左手に、中くらいのビニール袋を二つ提げている。
「……早いじゃん」
顔を合わせるには、ちょっとまだ心の準備が出来てない。こんなことならタイミングを見計らって一階へ下りるんだった、そう後悔しても手遅れだ。
ぎこちない態度の俺をよそに、佑士は特に変わった様子もなく——いや、俺と穏やかに会話してくれてる時点で変わったといえば変わったんだけど——靴を脱いで上がってきた。
正面から見下ろされる。俺もぎりぎり平均身長はあるけど、佑士は百八十センチ半ばらしいから、やっぱりでかい。
「顔色良さそうだし、腹減ってるだろ。メシ買ってきた。食欲ねえなら、ゼリーとアイスもあるからそっち食え」
ビニール袋を突き出されて、反射的に両手で受け取る。すると佑士は嬉しそうに口元をほころばせたから、要らない、なんて言えなくなってしまう。実際、食欲はある訳だし。
俺は袋の中身を覗き込む。
片方のビニール袋には親子丼。もう片方には、ゼリー飲料と白桃ゼリー、それから大きなカップに入ったチョコミントアイスが入ってるのを見て、なんだか叫びだしたい気分になった。全部全部、俺の好きなものだったから。
「……これ、佑士の小遣いで買ったんだろ? 後で返すよ」
「千円しねえくらいだから、別にいい。バイトしてるしな」
廊下を歩く佑士の後ろ姿を見つめながら、裸足で跡を追う。
そういえば、一駅先のカラオケボックスでバイトしてるんだっけ。
「じゃあさ、じゃあさ、——一緒に食べない?」
ぴたりと立ち止まった佑士の返事を待たず、俺はリビングの四人掛けテーブルに袋を置くと、身をひるがえして廊下へ駆け戻った。
さっきまで佑士を避けたかったはずなのに、俺、おかしい。でも、一緒にいたいのも本当なんだ。
「なんか汗臭い気がするから風呂入ってくる。出たらリビング行くな!」
「おい、玲」
「部屋に戻って着替え取ってこないと。また後でな!」
いつも通りいい匂いのする佑士に比べて、一晩シャワーを浴びていない自分の体の脂っぽさとか、芸術的な形についた寝ぐせとかが、やけに気になって仕方ない。
髪の毛を撫でつけながら部屋に向かい、着替えを持ってもう一度階下へおりると、俺は脱衣所へ飛び込んだ。
体の芯があったまるまでシャワーを浴びてから、全身をぴかぴかに洗い上げる。簡単に髪を乾かし、部屋着のスウェットの上から厚手のカーディガンを羽織ってリビングへと向かう。
カーディガンは、外へ遊びに出かける時に愛用してるアイボリーのアーガイル柄のやつだ。なんとなく、そう、なんとなく、毛玉だらけの普段のニットを着るのは気が引けて、一番のお気に入りを着たくなった。普段なら寝起きのままのだらしない格好でも全然平気だったのに。
自分の微妙な変化から目を逸らし、俺はダイニングテーブルの椅子へ座って右足だけで胡坐をかき、頬杖をついてスマホ画面を見ていた佑士に声をかけた。
