母の万年筆と、見知らぬ誰かの夢

「これは、私が自分一人の力で、価値を繋いで生み出した報酬なんだわ」
 真理子は、残された段ボール箱の山を見渡した。
 昨日まで「ゴミの山」に見えていたそれらは、今や「まだ見ぬ誰かの宝物」が眠る、広大なフロンティアに見えていた。
 
 彼女は、次なるリサーチのために、本書を再び開き、付箋を貼った箇所を読み返した。
『50代からの物販は、知性の冒険である。あなたの人生経験は、市場における最強のフィルター(審美眼)になるのだから。』
 真理子は立ち上がり、お気に入りの地ビールを冷蔵庫から取り出した。
 一仕事を終えた後のビールは、驚くほど甘美だった。
 彼女はもう、定年後の夫との生活や、老後の資金不足に怯えるだけの主婦ではない。
 自宅のリビングを「プライベート・オフィス」に変え、自分の感性一つで世界と渡り合う、自由で自立した「大人のビジネスオーナー」への第一歩を踏み出したのだ。
 窓の外には、雨上がりの美しい夕焼けが広がっていた。
 真理子は、新しい出品のためにスマートフォンのカメラを起動した。
 
 レンズが捉えたのは、かつて母が大切にしていた、けれど今の時代には忘れられかけている、一客の美しいティーカップだった。
 その価値を、真理子だけは知っている。
 そして今夜、彼女はその価値を、また世界へと発信していくのだ。
 彼女の指先が、新しい「商い」の扉を軽やかに叩いた。
(完)