六限目のチャイムが鳴って、一日の授業が終わった。
部活がある沙保と下駄箱のところで別れて、私は駅に向かった。改札に定期を通して、家の方向とは反対路線の電車に乗った。街のはずれにある本屋に向かうためだ。
今日は楽しみにしていたマンガの新刊の発売日だった。どこの本屋にもあるような人気作品ではないので、置いてある本屋が限られている。
商店街にあるその本屋は昔ながらのこぢんまりとした小さな店で、扉を開けて中に入ると一気に本の匂いに包まれる。店主のおじさんの好みがわかるマイナーな本がたくさん並んでいて、一つずつ手に取って眺めたくなってしまう。
だけど今日はお目当てのものが決まっているから、迷わずそのマンガを手に取った。
レジに持って行くと、本を読み耽っていたおじさんが顔を上げて、ほがらかな笑みを浮かべた。
「お、小春ちゃんいらっしゃい。今日発売日だもんな」
「はい、楽しみにしてました」
そんな会話を交わしながら会計を済ませて、お店を後にした。
好きなものがカバンに入っていると思うだけで、心が弾む。早く帰って読みたいな。心だけでなく足取りまで軽く弾ませながら、駅に向かった。
ホームの手前にあるトイレに入ったとき、
ーーえっ。
思いもよらない人物を目にして、足を止めた。
手洗い場にいたのは、望月さんだった。
別に隠れる必要なんてないのに、つい慌ててしまう。
声をかけるべきだろうか。でも、気づいてないみたいだし……。
戸惑っていると、鏡越しに目が合ってしまった。
「あ……」
声が重なった。望月さんは鏡越しに私を見て固まっていた。
鏡の前には、ピンク色のポーチが置かれていた。望月さんが手に持っているのは、マスカラだろうか。沙保が持っているのを見たことがある。
「あ……あの、これは、違うの」
望月さんは慌てたようにマスカラのキャップを閉めて、イタズラを見られた子供みたいに気まずそうに言った。
望月さんがどうして慌てているのか、私にはわからなかった。
「えっと……違うって、何が?」
望月さんは大きな目を瞬かせて、私を見た。
「その、メイクを……」
その続きは聞き取れなかったけれど、望月さんの困っている表情を見て、沙保の言葉を思い出した。
『あれですっぴんとか信じられない』
そうだ。メイク何使ってるの、と聞かれて、望月さんは、何もしてない、と答えていたのだ。
口数の少ない望月さんの言葉は、瞬く間に噂になって広まった。
『望月さんメイクしてないんだって』
『すっぴんであの目力すごくない?』
『まさに天然美少女だよねー』
隠さなくてもいいのに。だって、メイクは可愛い人がもっと可愛くなるためのものだから。
望月さんがすっぴんでもメイクをしていても、文句を言う人なんてきっといないと思う。
いたとしても、むしろ教えてほしい子のほうが多いんじゃないかな。
「あの……」
「私、用事があるから、もう行くね」
望月さんは急いでポーチをカバンにしまうと、目を合わさないでトイレを出て行ってしまった。
私はぽかんと立ち尽くしながら、そういえば、と気づく。
望月さんとちゃんと話したのは、初めてだった。


