メイク・コンプレックス


 土曜日。今日は中学のクラス会だ。

 朝、服を着替えてから、私は洗面所の鏡の前に立った。

 ピンク色の小さな箱から、リップを取り出す。
 絢さんにもらったリップは、まだ新品のままだ。

『自分以外の何かの力を借りたいと思ったときのために、これをあげる』

 絢さんが言ってくれた言葉は、いまでもお守りのように私の胸に残っている。

 今日がきっと、そのときだと思った。


 ーーなんであんなことを言ったの?


 私のことが、好きだったのか、それとも嫌いだったのか。

 あのときはその答えを聞くのが怖かったけれど、いまは、どちらでもいいと思えるようになった。

 だからこそ、前原くんの口からちゃんと聞きたかった。
 そうしないと、私は前に進めない気がするから。

 いまよりほんの少し、自分に自信をもつために。
 キャップを開けて、リップを唇に塗る。
 かさついた唇につやが出て、ほんのりと明るいピンク色になった。

 私は口を半分開けて、鏡に映る自分を見つめた。

「ほんとだ」

 ちょっと色が変わるだけで、顔全体が明るくなったような気がした。

 気持ちの問題かもしれないけれど、それでもいい。

 そのほんの少しの自信が、背中を押してくれたから。

 キャップを閉めて、リップをカバンにしまった。

「行ってきまーす」

 家を出て、玄関横にある自転車にまたがった。

 暖かな春の朝の日差しを感じながら、私は力いっぱいペダルを前に踏み込んだ。