メイク・コンプレックス

「あーいうのを陶器肌って言うんだろうねえ」

 友達の沙保が机に頬杖をついて、ため息混じりに言った。

 目線の先にいるのは窓際の席に座る、入学以来話題持ちきりの美少女、望月美波だ。その話題性といえばクラスメイトだけでなく、ほかのクラスや上級生までわざわざ教室に見に来るほど。
 けれど本人はそんな周囲の視線をものともせず、一人で静かに本を読んでいる。

「ほんと、きれいだよね。望月さん」

 私、石井小春はうんうんとうなずく。
 まつ毛を伏目がちにするだけであれほど絵になるなら、私だってそうしたい。まあ、そもそも伏せるほど長いまつ毛があればの話だけれど。

「あれですっぴんとか信じられない。お姉さんがエステやってるんだっけ。絶対お高い美容液とか使ってるよねえ」

 不公平だー、と誰に向けてかわからない不満をこぼす沙保に、私はそうかもねと苦笑を浮かべた。

 高校に入学したばかりの頃は、望月さんの席に人だかりができていた。

『南中の望月美波ちゃんだよね! すごい可愛い子がいるって有名だったよー』

『同じクラスになれて嬉しい!』

『やば、肌きれいすぎ。何かしてる?』

『メイク何使ってるの?』

 質問責めにされ、望月さんは迷惑そうに顔をしかめて返事をした。

『……何もしてないけど』

 たったひと言。

 そのひと言があっという間に学校中に広まり、望月さんは「天然美少女」と言われるようになった。

 入学当初は常に人に囲まれていた望月さんだけど、いつも無表情で、話しかけると迷惑そうにするから、次第に人が寄りつかなくなった。
 一ヶ月経ったいまは、なんとなく近寄りがたい雰囲気がある。

「ま、あーいう顔整い族はすっぴんでも全然いいけどさ、うちらみたいな地味顔はメイクで底上げするしかないよねえ」

 沙保は中学のときから仲のいい友達で、言いたいことを遠慮なく口にする。

当たり前のように「地味顔」の部類に含まれても、別にムカついたりはしない。
だって、まったくその通りだと自分でもわかっているから。

 一重の小さい目に低い鼻。これといって特徴のない、クラス写真に写っていても印象に残らない顔。
地味だってことは、言われるまでもなくわかっている。

 沙保はいつもそんなふうに自虐っぽく言うけれど、私とは違う。
 動画を見て流行りのメイクを研究したり、お小遣いで化粧品を買ったりと、ちゃんと可愛くなる努力をしているから。朝はメイクだけで三十分かかるというから、感心してしまう。
 毎朝ギリギリまで寝て大急ぎで朝食を食べ、バタバタと支度に追われている私とは大違いだ。

「高校生になったんだしさ、小春もメイクしなよ。せっかく自由な校風の学校入ったんだし」

 私が通う高校は自由な校風が売りで、とくに進学校というわけでもない。周りを見渡せばほとんどの女子がメイクをして自分を可愛く見せる努力をしている。

 私もみんなみたいにしたほうがいいのかな。

 高校生なんだから。女の子なんだから。

 でもーーそう思うことはあっても、結局いつも同じ結論に行き着くのだ。

「……私はいいかな。顔に何かつけるのって、やっぱり苦手だし」

「小春はブレないねえ」

 沙保が呆れ顔で、まあわかってたけど、と付け足した。