メイク・コンプレックス


「じつは、美波に少しだけ話を聞いてたの。小春ちゃんはメイクが苦手なんだよね」

 鏡越しに、絢さんが私の瞳を覗く。

 まっすぐで、意思が強そうで、だけど、優しい瞳。

「……はい」

 でも、と続けた。

「やっぱり、したほうがいいのかもって、最近思い始めて」

「どうして?」

「美波と一緒にいると、釣り合わないって言われるんです」

 私だって、そう思う。

あんなに可愛い子と、冴えない私が友達なのは変だって。
 直接そう言われなくても、笑われている気がして、恥ずかしくて下を向いてしまう。

「だから、何もしないより、少しでも可愛くなる努力をするべきなんじゃないかって。友達だって、自信を持って言えるように」

 見た目を変えることで自信が持てるなら、きっとそうしたほうがいいのだろう。

 そうしないのは、私の努力が足りないから。だから、もっと頑張らないといけないんだ。

 メイクをしたからって元の顔まで変わるわけじゃない。
 でも、何もしないよりはーー

「そっか」

 絢さんが目を細めて微笑んだ。そして、私の肩に両手を置く。

「小春ちゃんは、どうしたい? メイクしてみたいって思う?」


“どうしたい?”


 まっすぐな問いかけに、私はすぐに答えられなかった。

 黙っていると、絢さんは肩から手を離して、私の隣に座った。腕を組んで、一緒に考えるように言った。

「ほんとはね、高校生はメイクなんてしなくていい、って言いたいけど、そうとも言えないんだよね。私は高校生のときにメイクを始めて、夢中になったから。目に線を引くだけで、頬に色がつくだけで、こんなにも印象が変わるんだって感動したの。メイクはね、自分を表現する方法の一つなのよ」

「自分を表現する方法……」

「そう。たくさんある中から、服や髪型を選ぶのと同じ。してもしなくてもいい。奇抜な色を使ってもいいし、ぱっと見ではわからないくらい薄くしてもいい。誰かに指図されたり、しなきゃって思うより、小春ちゃんがしたいと思ったときにしてほしいな」

 そっか。美波の友達だって自信を持って言えるように、可愛くなる努力をしなきゃいけないんだと思っていた。

 そうしないと、私は恥ずかしくていつも下を向いたままだって。

 でも、そうじゃなかった。

 いまのままだって、私は美波の友達だ。釣り合わないと笑われたって、それは変わらない。

 自信を持っていいんだ。

 無理矢理変えることなんて、ないのかもしれない。

「……私、やっぱりまだ、抵抗あります」

 ぽつりとそう言うと、

「うん。じゃあしなくていいと思う。小春ちゃんはいまのままでも十分素敵だよ」

 絢さんがにっと笑って言った。

 お世辞だとわかっていても、嬉しくて顔が熱くなる。

 でもね、と絢さんが続けた。

「いつか、自分を変えたいと思う日が来るかもしれない。自分以外の何かの力を借りたいと思ったときのために、これをあげる」

 そう言って、私の手に何かを握らせた。

 それは、小さなピンク色の箱に入ったリップだった。

「ほんの少し印象が変わるだけで、勇気が持てたりするものだよ」

 いつか、そんなふうに自然に思える日が来るのだろうか。
 もしそんな日が来るとしたら、それは私がいまより少しだけ大人になったときなのかもしれない。

 急がなくたっていい。

 そのときのために、このリップは大切にとっておこうと思った。

 待合室に戻ると、美波が顔をあげて、ぱっと笑顔になった。

「おまたせっ!」

 と言って駆け寄った。

 不思議だ。私自身は何も変わっていないはずなのに、来た時より気持ちが前を向いている。

 私は何も変わらなくていい。いまのままでいいんだって、胸を張って言える気がした。