忘れた涙も、私だった


『土曜日のカフェ、11時集合でいい?』とLINEが来れば、制服のポケットの中でジジジっと震えたスマホを跳ね起きるように取り出し、考える隙もなく1秒で『オッケー! 楽しみ!』と返す。

文化祭のクラスTシャツの色決めでも、「美緒はネイビーとホワイト、どっちがいい?」と聞かれれば、「みんなが着やすい方でいいよ! どっちも可愛いし!」と、誰の感情の領域も侵さない完璧な中立を保つ。

波風を立てず、誰も傷つけず、自分という存在をそっと消し去る選択。

けれど、そうやって完璧に『良い子』を演じれば演じるほど、友達のふとした表情や視線の交わし合いが、どんどん冷たく、遠く見えていく悪循環の中にいた。

私のあまりに隙のない笑顔や、毒にも薬にもならない無難な返答に対して、彼女たちが一瞬だけ見せる「戸惑い」や「寂しさ」の混ざった曇り顔。
歪んだレンズをかけた私の目には、そのすべてが「気味悪がられている」「疎まれている」という拒絶のサインにしか変換できなかった。

私自身が誰も信用せず、自分自身を偽って心を閉ざしているからこそ、世界全体が私を嫌い、拒絶しているように見えてしまうのだということ——。

その残酷な仕組みに、当時の私はまだ、気づくすべも持っていなかった。