10月の朝、教室の窓には薄い水滴がいくつもついていた。
昨日の雨を含んだガラス窓は、外の景色をどこか歪んで不透明に映し出している。
登校してきた生徒たちのシルエットも、校舎を囲む樹々の緑も、すべてが水膜の向こう側でぼやけて見えた。
窓の外では、校庭の隅にある金木犀が雨に打たれ、橙色の小さな花びらを黒い泥の上に散らせていた。
誰かの靴底に踏みつぶされた花の破片。
濡れた冷たい土の匂いと、どこか鼻の奥につんと残る甘すぎる花の香りが、少しだけ開いた窓の隙間からひやりとした秋風に乗って流れてくる。
私は自分の机の上に教科書を角と角をきっちり合わせて並べ、スマートフォンの画面を伏せて置いた。
昨夜のグループLINEで、本当は乗り気になれなかった会話に「いいね」のスタンプだけを押して会話を終わらせたことを思い出していた。
『明日、みんなで放課後プリクラ撮ってから帰ろ!』
『いいね!』
『賛成ー!』
画面の中で跳ねる、威勢のいい元気なスタンプ。
本当は早く家に帰って、大好きなアイドルグループの新しい動画を部屋のベッドでゆっくり見ようと思っていたのだ。
画面の中で笑う彼らの歌声を聞いている時間だけが、私の心が呼吸できる唯一の場所だったから。
けれど、昨夜の私の指先は、思考を挟む隙すら与えず、迷うことなく『私も行きたい!』と送信していた。
画面の青い光が部屋の天井を照らした瞬間、胸の奥で何かが静かにすり減っていく音がした。
自分の気持ちを言わないことと、自分の気持ちが無くなってしまうことは、全く違うはずなのに。
そのふたつの区別が、いつの間にか自分でもつかなくなっていた。
透明な水滴がガラス窓をすうっと滑り落ちていくのを、私はただぼんやりと見つめていた。



