忘れた涙も、私だった


言った瞬間、自分でも心臓が飛び跳ねた。

窓際がいい。
理由なんて、聞かれればすぐに答えられる。
線路の向こう側に、小さな海が見えるから。
放課後、夕日が沈む時間帯になると、あかね色に染まる海が、揺れる水面が、窓いっぱいに広がる。それが見たい。ただ、それだけ。
たったそれだけのことだったのに。

なのに、三人の会話のテンポが、コンマ数秒、ピタリと止まった。

そのわずかな静寂の中で、カフェのざわめきも、ストローがグラスの底を叩く音も、すべてがすっと遠のいていく。
葵がスマホから目を上げ、どこか冷ややかで、曇ったような視線を私に向けた気がしたんだ。
『なに急にわがまま言ってるの?』
根拠なんてどこにもないのに、なぜかそう咎められているような、強い圧迫感が胸を押し潰す。
制服の首元が急にきつくなった気がして、思わず息を呑んだ。

「あ、でも、オープンしたてって結構人多いだろうし、しばらくは席選べないかもしれないよ」

葵が眉をほんの少しだけ下げ、どこか呆れたような含みのある声で言った。
言葉の端々に、かすかな拒絶の刺が混ざっているように聞こえてしまう。

「そっか。まあ、入れればどこでもいっか! ねぇ、それよりさ——」

莉子はすぐにスマホの画面を切り替え、会話の滑車はスムーズに次の話題へと走り出し、それと同時にみんなの視線が一斉にそちらを向く。
私が口にした「あかね色の海」も、「窓際」というささやかな願いも、最初から存在しなかったかのように。

さっきの私の発言は、みんなの頭の上をすうっと通り過ぎて、そのまま消えてしまった。
多分、本当になんでもないことだったのだ。
誰も私を責めてなんていないし、嫌ってもいない。
ただの何気ない雑談の、ほんの一コマ。
そう思うことにした。
思わなければ、立っていられなかった。
みんなの表情を見て、一瞬、余計なことを言ってしまったかと思い背筋がヒヤリとしたけれど、何事もなかったフリをして、私もみんなと同じ顔をして笑った。

「あ、そのリップ可愛い! 美緒も似合いそう」
「本当? 嬉しい、今度買ってみようかな!」

私の口が、恐ろしいほど完璧なトーンと笑顔で言葉を紡ぎ出す。
頭の中では、胸が苦しくて笑いたくないと泣き叫んでいるのに、顔の筋肉は寸分の狂いもなく動いて、口角が勝手に天井に向かって高く上がる。
「愛想の良い良い子」の微笑みを、貼り絵みたいに顔に無理やり張り付けていた。

どうも、自分の感情をうまくコントロールすることができない。
怒るでもなく、悲しいでもない。
泣くなんて、もっと違う。
だから私は、自分の中に湧き上がった小さな声を押し殺して、何もなかったことにした。

波風を立てないように、傷つかないように、そっと感情の波紋を消し去っていく。
そうしているうちに、自分の本当の気持ちを「何もなかったこと」にする技術ばかりが、ずいぶん上手になってしまっていた。