忘れた涙も、私だった


泣き方を忘れたのは、いつだっただろう。

そう聞かれても、私はきっと答えられない。
人は何かを忘れる時、忘れた瞬間のことまで一緒に忘れてしまうらしい。

少なくとも、私の場合はそうだった。

最初に泣いた日のことを思い出そうとしても、記憶の中にあるのは、いくつもの曖昧な場面ばかりだ。
夕方の教室。
閉まりかけた電車のドア。
誰かの何気ない一言。
洗面台の鏡に映った、いつもと変わらない顔。

どれも、泣いた日のような気がする。
けれど、どれも違う気もした。

「おはよう!ねぇねぇ、これ見た?」

朝、親友の莉子(りこ)が教室に入ってくるなり、制服のスカートのポケットからスマホを取り出しながら声を弾ませた。
朝の教室特有の、少しだけ冷たい新鮮な空気に、彼女のつける甘いコロンの匂いが混ざり込む。

「駅前のカフェ、とうとうオープンしたらしいよ! 放課後、みんなで行かない? 映えるパフェがあるんだって!」
「あ、私も見た! 行きたいって思ってたんだよねぇ!」
「絶対行こう!」

即座に葵(あおい)と結衣(ゆい)が乗っかり、教室の片隅に一瞬で賑やかな輪ができた。
3人の高めの声が重なり合い、まだクラスメイトの揃い切らない朝の静けさを心地よく塗りつぶしていく。

「美緒(みお)はどうする? 行く?」

莉子がスクロールしていた画面から目を上げ、私を見た。

「うん、行く」

私は短く答えて、それからほんの少しだけ迷って、言葉を付け加えた。

「……私、あのカフェなら、窓際の席がいいな」