明くる日も明くる日も、世界は何事もなく動き続けていた。
カーテンは風に揺られ、日に照りつけられて陰が部屋の中に映り込み、外を車が通る音だけが流れてゆく。
――あの日の夜、僕を見つけた友人は、ひどく取り乱していた。
普段は冗談ばかり口にする男だった。くだらない話で笑い、つまらない理由で怒り、明日の昼飯に何を食べるかということには、やけに真剣になる奴だった。
「お前が死んだら悲しむ人がいるだろ。その人のためにも生きろよ。大切な人を泣かせるなよ」
彼はそう言った。
声は震えていた。言葉のひとつひとつに、僕を大切に思っていたことが、手に取るように分かった。
僕は黙って聞いていた。
友人が自分を心配してくれていることは理解できた。自分がいなくなることを悲しむ人がいることも、頭では分かった。
だから、僕は生きることにした。
少なくとも、そうするほかなかった。
しかし、そのときひとつの疑問が僕の頭をかすめた。
――僕の気持ちは、一番ではないのか。
友人はただ僕の返答を待っていた。今にも崩れてしまいそうな顔で、僕の言葉を待っていた。
しかし僕は、何も言わなかった。何も言えなかった。
翌週、僕は学校へ再び通い始めた。
友人たちは以前と同じように接してくれた。
休み時間には話しかけてくれたし、昼休みには一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。何人かは気まずそうに目を逸らしたが、それも数日のことだった。
友人たちは、僕が生きていることを、少なくとも表面上では喜んでいた。
「よかったよな、本当に」
「もう心配させんなよ」
「お前がいなくなったら、俺らも困るんだからさ」
困る?何が困る?お前たちは僕が死ぬと困るのか?お前たちは自分だけ幸せになれれば良いと言うのか。
喉にあった言葉を飲み込んで、うっすらと口角を上げた。自分を助けてくれた人たちに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
箸を運び、米を噛み、飲み込む。喉を通る感覚だけがある。
僕は笑い方を知っていた。
けれど、笑っている自分が、本当に自分なのかは分からなかった。
月日は流れ、春が来て、桜が咲いた。
桜は毎年同じように咲くのだと、僕はそのとき初めて思った。花びらが散りばめられた道路、踏まれて萎んだり、雨に濡れて葉桜となったり、桜は生きているということを感じさせられた。
去年の桜も、その前の桜も、僕は思い出せなかった。
僕はいたはずなのに、自分がそこにいたという実感だけがなかった。
春が来るたび、桜は同じように咲き、僕は進学し、やがて就職し、いずれ退職した。
誰かに頼まれれば引き受けて、誰かが困っていれば手を貸した。誰かのために生きるということを、僕は誰よりも上手にこなせるようになっていた。
誰かを喜ばせることもできる。
けれど、自分が何を望んでいるのかは分からなかった。
休日に何をしたいか。
どこへ行こうか。
何が好きで、何が嫌いなのか。
何をすれば、自分は満たされるのか。
考えようとしても、頭の中はずっと静かだった。
友人とは、今も付き合いがあり、年に数回は飲みに行き、近況を報告し合う。友人は幸せそうで、一度もコップから手を離すことなく、常に片方の肘を机につき、時折顔を少し傾け、箸の先でこちらを指しながら語っていた。
その顔を見ていると、あの夜のことを思い出した。
泣いていた友人。震えていた声。あの言葉。
――感謝はしていた。けれど、幸せとは言えなかった。
ある日の帰り道、僕は駅前のベンチに腰掛けた。
仕事帰りの人々が行き交っていた。
携帯電話を見ながら歩く人。誰かと電話で笑っている人。子どもの手を引いて急ぐ人。
それぞれが、それぞれの行き先へ向かっていた。
僕には、帰る場所がある。
明日も仕事がある。
週末には友人と会う約束がある。
生きていくために必要なものは、ひととおり揃っていた。
それなのに、僕はしばらく座っていた。
目の前を、小さな女の子が母親と手をつないで歩いていった。
「ママ、明日もここ通る?」
「うん、通るよ」
「じゃあ、明日もお花見られるね」
女の子は嬉しそうに笑った。
母親は笑って、女の子の頭を撫でた。
僕は、ふたりの後ろ姿が人混みに消えるまで見送った。
そして、ふと思った。
明日を楽しみにしたことがあっただろうか。明日が来ることは分かっていても、明日を待ち望んだことはなかった。
僕は自分の人生を生きているのだろうか。
それとも、生きていてほしいという願いを、ただ終わらせないためだけに、僕は日々を過ごしているのだろうか。
しかしどれだけ考えても、答えは出なかった。
駅前の時計は、午後7時を指していた。
7時1分になった。
7時2分になった。
人々は歩いていく。
僕も立ち上がり駅へと足を進めた。
僕は白髪が増えて、階段を上ると息が切れるようになった。かつて一緒に笑っていた友人たちも、それぞれに年を重ねていた。
結婚した者は子どもを育て、その成長を喜び、ある者は親を看取り、ある者は病を得た。
僕は話を聞き、悩みに耳を傾け、折には祝福して、最後まで、誰かにとっての良い人間であり続けるよう努めた。
けれど、晩年になっても、僕には自分が何を望んで生きてきたのか、はっきりとした答えが見つからなかった。
ある秋の日、友人が僕の家を訪ねてきた。
久しぶりに昔話をした。
学生時代のこと。
くだらない失敗のこと。
もう顔も思い出せなくなった友人たちのこと。
話題が尽きたころ、友人はふと、遠くを眺めた。
「あの頃、いろいろあったな」
「ああ」
「お前が今も生きていてくれて、本当に、よかったと思ってるよ」
僕は、湯呑みを見つめ、お茶、もう一杯淹れようかと返した。
――友人の帰ったあと、窓辺に立った。
日が傾き、街並みが夕暮れに染まっていく。
空の色は、少しずつ変わっていく。
昨日と今日で、何が変わったというのだろう。
今日と明日で、何が変わるというのだろう。
それでも、日が沈めば夜が来る。
夜が明けると朝が来る。
目を覚まし、服を着替え、食事をし、それぞれの一日を始める。
誰もが、その繰り返しの中で生きている。
自分もまた、そのひとりだ。
僕は窓を閉めて、明日の予定を確認し、冷蔵庫の中身を確かめ、夕飯を作り、食器を洗って、風呂に入り、寝床についた。
そして一日が終わった。
僕は幸せだったのかどうか、最後まで答えを出せなかった。
不幸だったと言い切ることもできず、答えは、もうどこにもない。
僕の生きた時間も、世界の中に紛れていくのだろう。
誰かを泣かせないために生きるのなら、僕の涙は、誰が流してくれるのか。
――翌朝も世界は何ら変わりなく動いている。
カーテンは風に揺られ、日に照りつけられて陰が部屋の中に映り込み、外を車が通る音だけが流れてゆく。
――あの日の夜、僕を見つけた友人は、ひどく取り乱していた。
普段は冗談ばかり口にする男だった。くだらない話で笑い、つまらない理由で怒り、明日の昼飯に何を食べるかということには、やけに真剣になる奴だった。
「お前が死んだら悲しむ人がいるだろ。その人のためにも生きろよ。大切な人を泣かせるなよ」
彼はそう言った。
声は震えていた。言葉のひとつひとつに、僕を大切に思っていたことが、手に取るように分かった。
僕は黙って聞いていた。
友人が自分を心配してくれていることは理解できた。自分がいなくなることを悲しむ人がいることも、頭では分かった。
だから、僕は生きることにした。
少なくとも、そうするほかなかった。
しかし、そのときひとつの疑問が僕の頭をかすめた。
――僕の気持ちは、一番ではないのか。
友人はただ僕の返答を待っていた。今にも崩れてしまいそうな顔で、僕の言葉を待っていた。
しかし僕は、何も言わなかった。何も言えなかった。
翌週、僕は学校へ再び通い始めた。
友人たちは以前と同じように接してくれた。
休み時間には話しかけてくれたし、昼休みには一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。何人かは気まずそうに目を逸らしたが、それも数日のことだった。
友人たちは、僕が生きていることを、少なくとも表面上では喜んでいた。
「よかったよな、本当に」
「もう心配させんなよ」
「お前がいなくなったら、俺らも困るんだからさ」
困る?何が困る?お前たちは僕が死ぬと困るのか?お前たちは自分だけ幸せになれれば良いと言うのか。
喉にあった言葉を飲み込んで、うっすらと口角を上げた。自分を助けてくれた人たちに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
箸を運び、米を噛み、飲み込む。喉を通る感覚だけがある。
僕は笑い方を知っていた。
けれど、笑っている自分が、本当に自分なのかは分からなかった。
月日は流れ、春が来て、桜が咲いた。
桜は毎年同じように咲くのだと、僕はそのとき初めて思った。花びらが散りばめられた道路、踏まれて萎んだり、雨に濡れて葉桜となったり、桜は生きているということを感じさせられた。
去年の桜も、その前の桜も、僕は思い出せなかった。
僕はいたはずなのに、自分がそこにいたという実感だけがなかった。
春が来るたび、桜は同じように咲き、僕は進学し、やがて就職し、いずれ退職した。
誰かに頼まれれば引き受けて、誰かが困っていれば手を貸した。誰かのために生きるということを、僕は誰よりも上手にこなせるようになっていた。
誰かを喜ばせることもできる。
けれど、自分が何を望んでいるのかは分からなかった。
休日に何をしたいか。
どこへ行こうか。
何が好きで、何が嫌いなのか。
何をすれば、自分は満たされるのか。
考えようとしても、頭の中はずっと静かだった。
友人とは、今も付き合いがあり、年に数回は飲みに行き、近況を報告し合う。友人は幸せそうで、一度もコップから手を離すことなく、常に片方の肘を机につき、時折顔を少し傾け、箸の先でこちらを指しながら語っていた。
その顔を見ていると、あの夜のことを思い出した。
泣いていた友人。震えていた声。あの言葉。
――感謝はしていた。けれど、幸せとは言えなかった。
ある日の帰り道、僕は駅前のベンチに腰掛けた。
仕事帰りの人々が行き交っていた。
携帯電話を見ながら歩く人。誰かと電話で笑っている人。子どもの手を引いて急ぐ人。
それぞれが、それぞれの行き先へ向かっていた。
僕には、帰る場所がある。
明日も仕事がある。
週末には友人と会う約束がある。
生きていくために必要なものは、ひととおり揃っていた。
それなのに、僕はしばらく座っていた。
目の前を、小さな女の子が母親と手をつないで歩いていった。
「ママ、明日もここ通る?」
「うん、通るよ」
「じゃあ、明日もお花見られるね」
女の子は嬉しそうに笑った。
母親は笑って、女の子の頭を撫でた。
僕は、ふたりの後ろ姿が人混みに消えるまで見送った。
そして、ふと思った。
明日を楽しみにしたことがあっただろうか。明日が来ることは分かっていても、明日を待ち望んだことはなかった。
僕は自分の人生を生きているのだろうか。
それとも、生きていてほしいという願いを、ただ終わらせないためだけに、僕は日々を過ごしているのだろうか。
しかしどれだけ考えても、答えは出なかった。
駅前の時計は、午後7時を指していた。
7時1分になった。
7時2分になった。
人々は歩いていく。
僕も立ち上がり駅へと足を進めた。
僕は白髪が増えて、階段を上ると息が切れるようになった。かつて一緒に笑っていた友人たちも、それぞれに年を重ねていた。
結婚した者は子どもを育て、その成長を喜び、ある者は親を看取り、ある者は病を得た。
僕は話を聞き、悩みに耳を傾け、折には祝福して、最後まで、誰かにとっての良い人間であり続けるよう努めた。
けれど、晩年になっても、僕には自分が何を望んで生きてきたのか、はっきりとした答えが見つからなかった。
ある秋の日、友人が僕の家を訪ねてきた。
久しぶりに昔話をした。
学生時代のこと。
くだらない失敗のこと。
もう顔も思い出せなくなった友人たちのこと。
話題が尽きたころ、友人はふと、遠くを眺めた。
「あの頃、いろいろあったな」
「ああ」
「お前が今も生きていてくれて、本当に、よかったと思ってるよ」
僕は、湯呑みを見つめ、お茶、もう一杯淹れようかと返した。
――友人の帰ったあと、窓辺に立った。
日が傾き、街並みが夕暮れに染まっていく。
空の色は、少しずつ変わっていく。
昨日と今日で、何が変わったというのだろう。
今日と明日で、何が変わるというのだろう。
それでも、日が沈めば夜が来る。
夜が明けると朝が来る。
目を覚まし、服を着替え、食事をし、それぞれの一日を始める。
誰もが、その繰り返しの中で生きている。
自分もまた、そのひとりだ。
僕は窓を閉めて、明日の予定を確認し、冷蔵庫の中身を確かめ、夕飯を作り、食器を洗って、風呂に入り、寝床についた。
そして一日が終わった。
僕は幸せだったのかどうか、最後まで答えを出せなかった。
不幸だったと言い切ることもできず、答えは、もうどこにもない。
僕の生きた時間も、世界の中に紛れていくのだろう。
誰かを泣かせないために生きるのなら、僕の涙は、誰が流してくれるのか。
――翌朝も世界は何ら変わりなく動いている。
