生きるべきか、死ぬべきか、それとも……?
私はそんなキャプションのついた一つの画像投稿をベッドで横になりながら眺める。
それとも……? なんなんだろうか。その言葉を書きつけた投稿者の気持ちを思い浮かべながら、私はその投稿画像をタップする。
薄いどこまでも水を透明に伸ばした鮮やかな夕焼けが映されている。写真はどこかの路地から見上げるように撮られているようで、周囲の汚れたビルや、その室外機が鮮烈な紅い空を上手にフレーミングしている。吸い込まれそうな、というと陳腐な言い方だが、地上にやがて消えていく太陽に手を伸ばすような。
コメント欄のいいねも、リポストの数も決して多くはない。けれど、コメントをつけているアカウントなんかを確認すれば、このアカウントの写真の投稿を心待ちにしている根強いファンが何人もいることがわかる。
コメントの言葉は真摯で、なかにはこの写真を自分のなかの支えのようなものだとすら書いてあるコメントもあった。きっとその言葉は嘘ではないのだろう。このアカウントの写真には、そういう力がある。
誰かを支えたりするような、そんな力が。例えばあの子を救ったように。
いい写真だな、私は素朴にそんなことを思う。
画面をタイムラインに戻して、投稿日を確認する。
9月25日。五日前だ。
タイムラインは不定期だが、一週間でも、十日ごとにでも、必ず写真とキャプションを添えて投稿されている。
どの写真も見るだけで私の心はまだぎゅっと掴まれるような気持ちがする。
私はタイムラインを一番上まで戻ってアカウント名を確認する。何度も見た実名が表示されている。
小宮真菜。
私とおんなじ苗字。
私のお姉ちゃん。私の大好きなお姉ちゃん。私の死んだお姉ちゃん。
9月より前に、夏なんかよりも前に、今年の春に死んでいなくなっちゃったお姉ちゃん。
私はもう一度、最新の投稿画像を眺める。
暗い世界に向かう太陽が夜の世界に誘い込むように私を見つめる。
生きるべきか、死ぬべきか、それとも……?
私は画面をタップして、アカウントを切り替える。それからあらかじめ用意していた文章を投稿した。
私はそんなキャプションのついた一つの画像投稿をベッドで横になりながら眺める。
それとも……? なんなんだろうか。その言葉を書きつけた投稿者の気持ちを思い浮かべながら、私はその投稿画像をタップする。
薄いどこまでも水を透明に伸ばした鮮やかな夕焼けが映されている。写真はどこかの路地から見上げるように撮られているようで、周囲の汚れたビルや、その室外機が鮮烈な紅い空を上手にフレーミングしている。吸い込まれそうな、というと陳腐な言い方だが、地上にやがて消えていく太陽に手を伸ばすような。
コメント欄のいいねも、リポストの数も決して多くはない。けれど、コメントをつけているアカウントなんかを確認すれば、このアカウントの写真の投稿を心待ちにしている根強いファンが何人もいることがわかる。
コメントの言葉は真摯で、なかにはこの写真を自分のなかの支えのようなものだとすら書いてあるコメントもあった。きっとその言葉は嘘ではないのだろう。このアカウントの写真には、そういう力がある。
誰かを支えたりするような、そんな力が。例えばあの子を救ったように。
いい写真だな、私は素朴にそんなことを思う。
画面をタイムラインに戻して、投稿日を確認する。
9月25日。五日前だ。
タイムラインは不定期だが、一週間でも、十日ごとにでも、必ず写真とキャプションを添えて投稿されている。
どの写真も見るだけで私の心はまだぎゅっと掴まれるような気持ちがする。
私はタイムラインを一番上まで戻ってアカウント名を確認する。何度も見た実名が表示されている。
小宮真菜。
私とおんなじ苗字。
私のお姉ちゃん。私の大好きなお姉ちゃん。私の死んだお姉ちゃん。
9月より前に、夏なんかよりも前に、今年の春に死んでいなくなっちゃったお姉ちゃん。
私はもう一度、最新の投稿画像を眺める。
暗い世界に向かう太陽が夜の世界に誘い込むように私を見つめる。
生きるべきか、死ぬべきか、それとも……?
私は画面をタップして、アカウントを切り替える。それからあらかじめ用意していた文章を投稿した。


