番犬と狼

秋の夕方は陽が傾くのが早く、ほんの一時間前までは茜色の綺麗な夕焼けが空を真っ赤に染めていたのに、五時半を回ると濃紺の闇が迫る。
並木高校の体育館は青白い光が煌々と付き、剣道部の力強く威勢のよいーー男臭い野太いーー声が響いていた。
「今日の練習はここまで! 使用した用具は各自で倉庫へ戻すように」
道着姿の厳つい外見をした顧問教師が後ろ手に声を張り上げると、整列した男子生徒は各々面や竹刀を手に、一番奥にある体育館倉庫へと向かう。
列の最後尾を歩いていた紺色の短髪の男子生徒ーー華月勇は、隣を歩く濃紺色の髪を角刈りにした男子生徒ーー鈴木匠海に声をかけた。
「お前最近、突きが甘いんじゃねえか。凛と付き合い始めて浮かれてんのか?」
わざとらしく片方の口角を上げて嫌味ったらしい表情を浮かべる勇に、匠海は内心カチンときたが、怒りをなんとか堪えて濃紺の太い眉をつり上げて反論した。怒りで眉毛が震えるようにぴくぴく動く。
「お前こそ優作と付き合ってから自主練サボってんじゃねぇだろうな。突きが腑抜けてる時があるぞ」
「んだとぉ! お前に言われたくねーよ」
勇は頭に血が昇り声を張り上げる。高校生男子にしては少し高い声が体育館内に木霊したが、誰一人として驚いて背後を振り返る者はいない。
二人が剣道部で犬猿の仲であることは有名であり、部員から見れば日常茶飯事だった。
「それじゃ今度の試合で白黒つけてやろうじゃねえか」匠海が低い声で言い放つ。
「ああ。どっちが強いか勝負だ!」
眉間に皺を寄せた勇が、匠海にぐいっと顔を近づけて勇(いさ)んだ、その時。
「お前らさっさと道具を仕舞に行け」
顧問教師の怒鳴り声が二人の背中にぶつけられた。

匠海と勇が中央奥にある倉庫の中に入る頃には、ほとんどの生徒が中から出てきていた。気が付けば二人が残り最後になっていた。
「しかし凛も物好きだよなぁ。なにもこんな厳しい顔の奴を選ばなくても、あいつほどの美形なら他に幾らでもいるだろう」
勇は一番奥にある棚に面を置きながら言う。
匠海と勇には共通の友人が二人いる。一人は勇の幼なじみで親友であり恋人である桜寺優作。焦げ茶色のふわふわくせ毛にアーモンド型の愛らしい瞳、人懐っこい性格はどこか子犬を思わせる雰囲気をしている。
もう一人は匠海の幼なじみで良き理解者であり、つい最近恋人になったばかりの雨宮凛。穏やかでマイペースな優作とは対照的に、厳格な家庭で育ったせいかクールでどこか人を寄せ付けない。そしてかなりの美形な顔立ちのため、『並木高校のプリンス』と呼ばれている。
匠海は竹刀を片付けながら顔だけ勇の方を振り向いて睨んだ。
「どういう意味だよ勇」
「どうもこうもそのまんまの意味だろうが」
勇が鼻で笑いながら言うと、匠海は目を伏せて大袈裟に息を吐き出した。
「まったくお前は。そうやっていつも人に突っかかることしか言えんのか……」
その時、倉庫の出入り口の方から扉が開閉する重々しい音が鳴り響き、二人は反射的に扉の方を見た。