静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

「黒澤くんのおかげでチケットが完売したよ!」
「え゛…?!」

 それは結城と大郷漆の力だと思うけど…。委員会終わりに笑顔で結城に報告され俺は胃が重くなり引きつった声が漏れた。

「えっと…、その反応なに?理由聞いてもいい?」

 さすが結城は鋭い。俺は仕方なく現状を説明した。

「いつも年二回イベントしてるから、てっきり残ってると思ってたんだけど、実は今年の大郷漆掻き保存会の予算がほぼなくて…」
「補助金も?」

 俺が頷くと、結城は少し眉を下げたが、すぐに気を取り直して俺に質問する。

「あと、何が足りない?」
「塗装用の防護服を用意しようと思ったんだ。今ある分だけだと圧倒的に数が足りない…」

 今回チケットが売り切れて人数が多くなったこともあり、保存会で用意している防護服だけだと数が足りない。漆は付着すると落ちにくいから防護服は必須なのだ。

「そっか。防護服って、どんなもの?」
「えーとね、アームカバーとエプロン、手袋…」
「それなら、自宅に余ってるもの、会員に寄付してくれって言ってみるのは?」
「そうだね、聞いてみる!」
「それと、黒澤くん。連絡先教えて?DMだけだと、すぐ連絡取れなくて困ることもあるから」

 ずっと結城とはSNSのDMでやりとりしていたのだが、その時初めて直接の連絡先を交換した。

 だからといって今一番の関心事、『結城の推しは誰?』なんて聞けるはずもなく…。それに直接連絡先を交換しても、恋人じゃないし声が聞きたい、なんてこともない。DMでもいいんじゃないかと思っていたのだが、その日の夜、すぐに結城から着信が来た。

「黒澤くん、イベントの場所、急にキャンセルされちゃった」
「え゛ッ?!」

 大郷駅の近くでかつ、ある程度人数を入れられる商店街のイベントスペースを今から探すのは困難だ。

 結城を前面に出すと選挙的にまずいと思い、イベント会社の代理兼大郷漆掻き保存会代表として俺がオーナーを説得に行くことになった。どうしても一緒に行くというので、結城の運転でオーナーの家へ向かう。

「ここの家?」
「違います。えーと、あと一本向こうかな?」
「でもここ、表札に『菊池』ってかいてあるよ?」
「この辺りはみんな菊池さんですから。あと一本向こうの菊池さんで間違いないです」

 田舎あるある、地域一帯がみんな同じ苗字迷路にはまりながらも、俺たちは何とかオーナーの家へたどり着いた。

「ちゃんと断っただろ。帰ってくれよ!」
「菊池さん、ひょっとして漆塗り体験会で設備が汚れることを心配してらっしゃいます?それなら万全の…」

 何とか説得を試みるが、オーナーの爺さんは頑なだった。

「そうじゃない。LG…なんとかっていう、ホモやオカマが来るっていうじゃねーか。そんなおかしな集まりに使われるのは耐えられないんだ!」
「おかしな集まり…?」

 ズバリ言われた理由に、思わず動揺してしまう。今どきありえない理由だが、ここは昭和の町、大郷だった…!

 けど、そんな理由で引き下がるわけにはいかない。

「でも、企画書は事前にお渡ししてるじゃないですか?契約書もあるのに、今更そんな…!」
「そっちも途中からイベント内容変更しただろ?じゃあ契約書も無効だろうが!」

 この爺さんは俺が契約の話をすると分かっていたようで、すらすらと言い返して来た。LGBTが参加できるという企画内容は当初から変わっていない。それでも初めは許可したくせに突然反故にするなんて、誰かの入れ知恵としか思えないんだが…。

「黒澤くん。たしかにオーナーの言う通りだよ。途中で内容変更したのに、ろくに説明しなかった主催者側の過失だと思う」
「ゆ、結城さん…」

 結城は、オーナーに頭を下げた。

「不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。では、契約は解消ということで。これ、解約の書類です。預かってきました」

 結城は丁寧だし笑顔だが、どこか冷たく事務的に書類を書かせるとすぐに立ち上がった。

「失礼します」

 そして丁寧にお辞儀をすると、さっさと出て行ってしまう。俺も慌てて結城を追いかけた。

「結城さん、いいんですか?他に場所の当てはないでしょう?!」
「だからってあんな所で開催したくない」

 結城がそう吐き捨てた時、駐車場までオーナーの奥さんが追いかけて来た。

「結城さん!あの、ごめんなさいね…!主人も本当は協力したいんだけど…」
「いえ。主催者が企画の変更をお伝えしなかったのがまずかったと思います。申し訳ありません」
「主人はああだけど、私は協力したいと思ってるのよ。何かあったら言って頂戴!」
「ありがとうございます」

 結城は作り物のような笑顔で礼を言うと、車に乗り込んだ。俺が車の助手席に乗る間に、結城は窓を開けてきちんともう一度、奥さんに挨拶している。

 窓を閉めて車を走らせると、悔しさが込み上げた。俺は説得も言い返すことも何も出来なかった。結城に頭を下げさせたことが、すごく悔しい…。

 しばらく二人とも沈黙していたが、先に結城が口を開いた。

「ああいう人、初めてじゃない。昔も、こういう嫌な思いすることってあって、耐性はあるんだ。それでメンタル強くなってたりもする…」
「そっか」

 結城の言うことに俺も思い当たる節があった。あれくらいで今更傷ついたりはしないが、オーナーのLGBTが気持ち悪いって発言で、嫌な気持ちにはなったのだろう。声は落ち着いているが、結城の表情はどことなく憂いを帯びている。

「俺さ、こんな時、自分がマイノリティでよかったって思うんだ。マイノリティだったから、あんな…、鈍感な大人にならずに済んだ」
「結城…」

 俺だってそうだ。結城の言う通り、あんな、自分の価値観だけで人を傷つける大人にならなくてよかった。それに、結城が結城で良かった。

 そんな風に言える結城が、俺は好きだ。

 ーーこんな時に自覚してしまった。俺、結城が好きだ…。

「俺も、結城さんが結城さんでよかった。だってあんなに嫌なこと言われたのに、こんなに前向きなこと言えるってすごいよ!すごいプラス思考、尊敬する…!」
「俺、褒められてる…?」

 結城は正面を向いて運転しているからか、俺の渾身の褒め言葉を疑った。人に伝えるって難しい…。だからもう一度、思いっきり肯定することにした。

「うん。結城さんに会えてよかったと思うくらい褒めてる…!」

 結城に会えてなかったら、あんなこと言われても大郷だからって諦めていた。自分の痛みごと隠して笑って、やり過ごしていた。でも今は違う。諦めたくない。もう結城が悲しまなくて済むように、大郷を変えたい。

 そのためにはこの街コンを、成功させないと!

「でも俺、頼りなくて、本当にごめん…」

 しかし、何もアイディアが思い浮かばなかった。俺には全然、力がない。変えたいと言っても、セクシャリティをカミングアウトしたりする勇気もない俺に、何ができる…?

「黒澤くん、謝らないでよ。頼りないのは俺の方だ。さっきのオーナー、町長選で万が一俺が勝った時のために、保険で奥さんを寄越しやがった。でもそれ逆に『主人は現町長派です』って堂々と告白してるようなものだよ」

 という事は、町長がライバルである結城を潰すため、街コンを中止に追い込もうとしているのか…?元々町おこしのためにやっているイベントなのに、そんなのあり?!

「完全に舐められてる…。場所が商店街だから反道の駅派の俺に協力してくれるって、勝手に油断してた」

 新道の駅から遠い大郷駅の商店街にも町長派がいるようだ。さすが、計画を着々と進めているだけはある。結城は唇を噛んで悔しそうにしていたが、少し考えた後、俺を見た。

「黒澤くん、まだ時間大丈夫?ちょっと行きたいところがあるんだけど…!」
「うん。大丈夫」

結城はようやくいつもの柔和な表情に戻り、じゃあ行こうかと言った。

 結城がやって来たのは大郷の観光名所、滝の見える公園の広場だった。もう夜七時近く、今は誰もいない。

「街コン、ここでやろう!」
「へ…?!」
「最近暖冬で十二月でもそこまで寒く無いだろ?もともと日帰り想定で開始時間早いし。それに滝に続くトンネルで肝試しとかしたら盛り上がるよね?ライトアップしたらきれいだしさ」
「うーん、楽しそうではあるけど…。でもここ、反結城派の拠点ですよね?」

 新道の駅の候補地はここから目と鼻の先にある。大郷駅前の商店街以上に、結城に不利な気がする。

「反結城派なんてどこにでもいるよ。でも、公共施設なら、利用規約に則って許可が出るはず。そうだろ?」
「まあ、そうですね…」

 個人だと思惑に左右されるが、公共施設ならきちんと条例がある。町役場は基本的に中立なのだ。

「ここなら大郷駅の一つ前の駅から徒歩で二十分くらいだし、広いから人数が多くなっても問題ない。漆塗り体験も野外なら換気できるしちょうどいいだろ?」
「確かに…!」
「ついでに反結城派の皆さんも、盛り上がりによっては興味を示してくれるかもしれないし♡」
「ちょ…っ!結城さん、やっぱり、事前運動じゃないですか!」
「はは、冗談だよ…!」
「…それに、今から許可取れるかどうか…」

 街コンまで約一ヶ月。間に合うのか…?!不安な俺をよそに、結城の目は爛々と輝いている。