静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

 何か礼をさせてくれと言われて俺と結城は男二人でメルヘンチックなレストランにやってきた。

「ここ知ってます。この間お婆さんたちがチラシ持ってきたところだ。大郷とは思えないオシャレな店だし、スタッフの人も若いですね!」
「だよね。オーナー地元の人じゃないらしいよ?東京で店やってるんだって」
「へ~~」

ここの従業員は俺の担当である故郷に就職した人対象のUターン就労助成金を申請していた気がする。だからてっきり地元の人が運営してると思っていたが、どうりで大郷らしからぬおしゃれな仕様なわけだ。

「石窯本格ピザが美味しいって聞いた。この、大郷滝のピザでいい?」
「はい」

 結城が店に入ってから、スタッフの女の子達は明らかにそわそわしていた。それもそのはず大郷にこんなイケメンがいるなんて驚きだろう。料理を運んできた女子二人は満面の笑顔だった。

「大郷滝のピザお待たせしました~。仕上げにラクレットチーズをトッピングしますね」

 一人がピザの皿を置き、もう一人は半円状のチーズを持っている。表面は熱してあるのか、ナイフで表面を削るとトロトロのチーズがピザの上に落ちた。

「チーズを大郷の滝に見立てたピザです」
「へー。野菜が大郷産だから、『大郷の滝』なのかと思ったらチーズなんだ」

 確かに。俺もメニュー名を見た時、地産地消メニュー開発の助成金を使ってるのかなと思ったから、意外だった。結城がニコッと笑うと、彼女達は嬉しそうだ。俺を視界に入れず、二人とも完全に結城の方を向いている。

「大郷用に開発されたメニューなんですよ」
「おしゃれだね。みんなも若い感じだし。ここ大郷?って一瞬わからなかったよ」
「えー、私たちよりお兄さんの方がぜんぜん訛ってないし、大郷っぽく無いですよ~」
「俺が訛ってないのは東京にいたからかな。でも、君たちも訛ってないよね?」
「え?そうですかぁ~?訛っちゃってますよ~。県北は訛りきついから」
「そっか…」
「あの~、SNSとかやってますか?もし良かったら…」

 女の子二人が、連絡先交換のためスマートフォンを取り出すと奥の方から男性がやって来た。

「君たち、お客様に連絡先なんか聞いちゃだめだろ!」
「店長!す、すみません…」

 出て来た男性はここの責任者のようだ。結城に向かって頭を下げる。

「いいんですよ。私、大郷町議会議員の結城です。ぜひフォローお願いします」

 女の子達二人は結城が議員だと聞いて色めき立った。しかし店長に睨まれると、女の子たちはスマートフォンをポケットにしまう。

「あの、結城町議、申し訳ありません」
「いえ、とんでもありません。大郷に素敵な店が出来たって聞いて、食べに来ただけなので」

 店長は頭を下げると、女の子達を連れて戻った。しかし彼女たちはちらちらとこちらを窺っている。

「さすが結城さん、モテますね。今日の漆掻きの動画も結城さんを撮ればよかったな…。そうすればもっと色んな人に知ってもらえたかもしれない」

 俺は想像以上に、結城に大郷漆を褒められたことが嬉しかったらしい。静かに暮らしたいと思っていたのにいつの間にか、大郷漆をもっと知ってもらいたいと思うようになっていた。たぶん何かを布教する人ってこうやって生まれるんだな…。

 そんな自分の変化に驚いていると、結城は被せ気味に言い返してきた。

「いやいや!黒澤くんはなんでそんな自己評価低いの?さっきもびっくりして斜面滑るくらい、凄くいい動画撮れたよ!」

 そういえば、今日結城はカメラを構えながら転んでいた。足場が悪かったから転んだと思っていたけど。あの時は俺が漆掻きをしていただけで、特に驚くようなことはなかったはずだが…。

「結城さん、何にびっくりして滑ったんですか?」
「……なんだろ。斜面がぬかるんでたからかな…?」
「今日は結構乾燥してましたけど」
「え?!あ…っ、黒澤くん、これうまいよ!うまいっ!」

 結城はなぜか焦ってピザを食べ始めた。仕方なく俺も一口、ピザを齧る。

「本当だ。さすが石窯…!」
「石窯って厨房に置くの大変らしいよ?でもそれだけの味だ。うまい!」
「美味しいけど…。結城さん、なんか誤魔化してます?」
「ぶ…っ!」
「あ~、吹き出した。きたな…っ!はは、結城さんて、時々子どもみたいですよね?かわい~」
「……いやいや、どっちが…?」

 結城は俺を見て目を細めた。なんなんだ、その顔。そんな優しそうな顔、しないでほしい…。

「さっきの動画上げたら黒澤くんのファンが出来そうで嫌だな~」
「そんな、俺にファンなんて出来ないですよ」
「それが、もう出来てる」
「え、誰ですか…?」

 まだ動画を上げてもない段階で、俺のファンなんて、いるか…?

「……ほら、この間のおばあちゃん達!」
「あれは結城さんのファンですよ」
「いや、黒澤くんのファンだよ」

 結城は自信があるようで、きっぱりと言い切った。その自信、どこから…?

「そうだこれ、体験会がうまく行くように、お守り」

 結城から差し出されたそれは、大郷地蔵尊の非公式ストラップだった。どうやら先日、二つ購入していたようだ。

「これ、この間のおばあちゃんと同じじゃないですか!」

結城が婆さんたちと同じことしてる。その婆さんが俺のファンてことは、ええと…。

「じゃ、街コンと体験会成功に向けて乾杯~!」

 なんだか大事なことを誤魔化された気がする。けど、大郷漆を知ってもらう、ファンを増やすって目標が決まると、俄然やる気が湧いてきた。結城に感化され過ぎだろうか?でもとにかく今は結城と一緒に街コンを成功させたい…!

「乾杯!」

 俺たちは改めてお冷で乾杯し、成功を祈願した。

 翌日、結城からDMが来た。

『ショート動画を作ったので、SNSに上げていい?』
『問題ありません』

 了承の返事をしたことも忘れていた、その次の日。急に仕事が忙しくなってしまい、かなり遅れてとった昼休憩中にスマートフォンを見て異変に気がついた。

「ん?!」

 どうやら、俺のアカウントがフォローされたらしく、SNSの通知がたくさん来ていたのだ。

 開いてみてその数に驚いた。DMも何件か来ているし、一体何が起こった…?

 その中に結城からのDMを見つけて開いてみると、一昨日撮った漆掻き動画のリンクが貼ってあった。

『大郷漆は日光東照宮にも使われている良質なもの。是非大郷漆を知ってください!』

 そんな熱いメッセージのあと、俺の笑顔で動画は締めくくられている。しかも…。

「六万いいね?!」

 なんで、そんなにいいねがついたんだ…?!けどそれで、フォロワーが増えた理由がわかった。動画を見た人が結城のフォロワーの中から俺を見つけて、俺をフォローしたんだ。

 俺は恐る恐る、他のDMも開封した。

『漆掻き始めて見ましたが感動しました!』
『大郷漆をこの動画で知りました。綺麗だし、素敵です!フォローさせてください!』

 みんな、大郷漆を知って感動したというDMだった。結城がわかりやすく動画にしてくれたおかげだ…。

 DMを読んで、俺は感動した。自分が好きな物をみんなに評価してもらえるって、こんなに嬉しいんだ…。素直に結城にありがとう、とDMを送ると、間髪容れずに返信が来た。

『黒澤くんの動画がかなり再生されて、調べた人が勝手にイベントの告知してくれて、結果街コンのチケットも売れてるみたいだよ。黒澤くんのおかげだ。ありがとう!』
『きっと結城さんの動画の編集力と、フォロワーの力だと思います』
『そんなことない。黒澤くんのフォロワーが増えて、ファンが増えたってことだろ?結果俺が言った通りになってる。勝手に俺の推しの評価を下げるなよ!』

 俺も結城に大郷漆を褒められて嬉しかったし、自分の推しを褒められたら嬉しいけど、逆に貶されたら悲しいってことはわかる。

『ごめん…』 

 素直に謝ってみたが、そもそも結城の推しって、大郷漆のこと…?まさかとは思うけど、俺じゃないよな?でも、この文脈的には…、俺のような。いや、まさか。でも、どっち…?!

 俺は一人で赤くなったり青くなったりしながら、家に帰った。家に帰って、引き継いだ大郷漆掻き保存会の会計を見て完全に青くなった。