俺は『漆掻き保存会』の代表を引き受けるため役場に『兼業届』を提出した。公務員は原則、副業が禁止されているが、保存会の代表は無報酬なこと、俺の所属は地域振興課で補助金と直接関係がないこと、また文化保護の観点から受理された。
あれだけ固辞していた会長を引き受けたのは、大郷漆保存会を存続させないと、漆掻きという俺の趣味が楽しめなくなってしまうことに気がついたからだ。
それにあの日、大郷の良さを再確認したことで役場職員としても、町のために何かしたいと思った。
——別に、結城がかっこよくて好きになってしまい、いいところ見せたくて会長になったのではない。
そう、目的はそれだけ、の、はず…!
受理されたので挨拶がてら、担当の文化振興課に顔を出した。
「『大郷漆掻き保存会』の代表を務めることになりました。それで、今の補助金の残高を知りたいんですが」
生きていくには町も人も保存会も同じ、金がいる。
文化振興課の補助金の担当課長は少し驚いた後、残高を確認してくれた。
「残念、今年度はもう残ってないね」
「え?いつも年二回イベントできるくらいはありましたよ?!」
「去年使わなかったから減らされたんじゃないの?」
「そんなはずは…」
徐々に減っていることは知っていたがここまでとは。今度の体験会用で塗装用の防護服を追加購入したかったのだが、補助金が使えないとなると、会費の方から捻出するしかない。
帰ったら今の残高を確認しよう。それと、体験用の箸と講師の手配…。軽い気持ちで代表を引き受けたが、結構忙しい…!
「あ、黒澤くん。こんな所にいた。お客さんが来てるよ!」
「俺に…?」
呼ばれて行ってみると、俺を待っていたのは先日予算委員会の傍聴に来ていた婆さん達だった。
「漆掻きの会長の奥さんに聞いたんだけど、あんた、合コンに出るんだって?」
「え…?」
正確には『街コンで漆掻き保存会の体験会をする』なのだが、いつの間にか噂になっていたようだ。
「これお守り。これを持ってるといい嫁が来るよ~」
「あとこれ、最近できたおしゃれなレストランのクーポン。デートに誘いな~」
俺は差し出されたお守りと、クーポンのついたチラシを突き返した。
「お気持ちだけ受け取らせていただきます。規定でこういったものは受け取れないので」
「なによ!せっかく嫁が来るように持ってきたのに!」
「そうよ!あんた彼女もいないし見合いもしないし今流行りのLなんとかじゃないかってみんな心配してたのよ!そんなじゃ黒澤さんも浮かばれないよ!」
この婆さんたち、俺の爺ちゃんを知っているらしく、親戚のノリでお節介を焼いてくる。上手くかわせず言葉に詰まると、後ろから声をかけられた。
「こんにちは~」
「「「結城さん!」」」
今日、委員会は無いはずだが、結城が役場に現れた。俺はオアシスを見つけたみたいにホッとする。
「どうしたんですか?黒澤くんを囲んで」
「この子に嫁が見つかるようにお守りを持ってきたの!」
「あはは。それ令和ではセクハラですよ」
「セクハラ?!」
「でも心配してくれたんですよね!みんな優しいなぁ~」
優しいとイケメンに褒められた婆さんたちは顔を見合わせる。そして、最終的には機嫌良く帰って行った。終わりよければ全てよしって、このことだな…。
「ありがとうございます…。今日はどうしたんですか?」
「資料をとりに…。っていうかさ、黒澤くん今のお守り見た?大郷地蔵尊のぬいぐるみだったよ!」
「あー。どこかの商店が、非公式で作ってるんですよ。ほら大郷地蔵尊って別に神社所有じゃないでしょう?」
『大郷地蔵尊』とは高さ約九・六mの巨体をした大郷の守神だ。普通の仏像とは異なり、パッチリとした目元に鮮やかな赤い口紅というユニークな顔のコミカルでシュールな地蔵尊である。町の文化財として役場が管理しているのだが、許可なくグッズを作っている者がいるのだ。
「どこで買えるか、知ってますか?」
「ええまあ…」
業務終了後、俺は結城にせがまれて一緒にお守りを売っている場所へ向かった。
「道の駅で売ってるんだ?!気づかなかった!」
「地蔵尊はこの裏手ですからね…。無許可なのに堂々としてますよね~」
「いっそ公式にすればいいのに。大郷の今のゆるキャラより、こっちの方がいいと思う」
「え?!そんなに推してる人初めて見た!」
「神社や寺の財産でもないのにずっと信仰されてるってすごいでしょ。俺なら道の駅の正面に移設して、漆で再塗装して大郷のゆるキャラにする」
大郷地蔵尊は目立たない場所にひっそりと鎮座していて、色落ちもしてるし愛されているかは謎だ。それなのに大郷漆で塗装とは、日光東照宮級の扱いで結城に推してもらえるなんて、ちょっと羨ましい!
結城は購入した地蔵尊のマスコットお守りを鞄につけると、パンフレットが置いてあるコーナーへ行った。
「『街コン』のチラシが減ってたら補充しようと思ったけど、全然減ってないな」
「ほんとだ。やっぱりまだチケット売れてないんですか?」
「うん。だから今、チラシを置く範囲を広げてる」
「…やっぱり大郷漆の体験会ってピンとこないんじゃないですか?有名じゃないし、地味だし。今からでも別のことを…」
「黒澤くん、勝手に大郷漆の評価を下げるなよ!」
結城にピシャリと言われてハッとした。確かに会長の俺が、こんな思考じゃだめだ。しゅんとすると、結城は慌てた。
「俺も最近大郷漆を調べて感動したんだ。だから、もっとみんなに知ってもらおう!もっと知ってもらって、ファンを作る。そもそも、そういう機会だし。そうだ…!」
何かを思いついたらしい結城は目を輝かせた。
もう十一月だというのに、俺は漆を掻くため、じいちゃんの遺産である自宅裏の山に入った。
「本格的だなあ~」
俺の格好を見た結城は、動画も撮れる一眼カメラを手に感心しきりだ。俺なんてまだまだひよっこだが、素人にはそう見えるのかもしれない。
「それより、なんで俺を撮影するんですか?」
「だからー、大郷漆のファンを作るためだよ!」
結城はもっと大郷漆を知ってもらうために動画を作ろうと提案してきた。役場で作成した資料映像もあるが、先日俺が結城越しに見た大郷の星空に感動したみたいに、別の角度から見ると新たな一面を発見できるかもしれない。そう思って、シーズンオフなのに二人で山に入り、漆掻きの撮影をしている、というわけ。
「黒澤くん、リラックスして」
「でも結城さんのカメラが本格的で、ちょっと嫌だなって」
「嫌って…。あ、黒澤くん、ちょっと待って!」
結城は俺のところへ走って来た。そして、前髪をいじる。
「黒澤くん、顔、見えた方がいいよ…」
そういうこと、甘ったるい顔で言わないでほしい。動画を撮ることは賛成したが、モデルを俺にすることは反対したのに…。結城は俺を見て満足気によし、と言うと、また少し離れてカメラを構えた。
「黒澤くん、挨拶からお願い」
「はい。えーと、大郷漆保存会の黒澤です。今日は漆掻きを実際にお見せします。まず、漆の木に浅く傷をつけて樹液を滲ませます」
実際にやってみせると、手元を撮るために結城が徐々に近づいて来た。一眼レフカメラってズームでも綺麗に映るはずなのに、近づく必要ある…?疑問に思いつつも、手順通り、木に傷をつけて樹液を滲ませる。
「これを一定間隔で繰り返して、木に負担をかけすぎないように採取していきます。採取には専用のヘラを使います」
傷口にジワリと浮かび上がった樹液を流れ落ちないように慎重に集めて容器に移していく。樹液は派手さもない。宝石みたいに輝くわけではないけれど、自然の飴色で艶々している。
「黒澤くん、上手いね…!しかも漆ってすごく綺麗だ」
顔を上げて振り向くと、結城は一眼カメラに見入っていた。真剣な眼差しのまま口角はやわらかく上がっていて、その表情は感動しているように見える。
今まで忘れていた初心を、結城のおかげで思い出した。大郷漆はフォトジェニックとは程遠いかもしれないけど、本当はすごく綺麗なんだ。だから俺は金にならない漆掻きをしているし保存会にも入っている。俺、漆掻きが好きなんだ…。それに結城が共感してくれたことも嬉しくて、自然と笑顔になる。
「…っ、わ…、うわっ!!」
「結城さん!」
カメラを持ったまま結城は、足を滑らせたのか山の斜面で転んでしまった。ぬかるんではいなかったはずだが、油断したのかも…!俺は慌てて結城のところへ向かう。
「大丈夫です!最後まで撮りましょう!」
「ダメです、結城さん手に漆がついてる!漆は水だと落ちませんし、直接触るのは危険です!」
カメラを操作する結城は手袋をしていなかった。俺は持っていた油で、結城の手についた漆を拭う。
「…すみません。迷惑かけて」
「そんな。やっぱりそこかしこに漆の木があるのに手袋をさせなかった俺の責任です」
「いや、絶対、黒澤くんのせいじゃないから!」
なんだかやけに焦っている結城を不思議に思ったのだが、とりあえず俺たちはそのまま目的を達成することにした。一通り撮影した後、俺の家まで戻る。
「黒澤くん。今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ…。って、結城さん!手!」
先ほどすぐ拭き取ったはずだが、結城の手が腫れていることに気が付いた。
「あ…!?でも、大丈夫です」
「大丈夫じゃないですよ!今日はもう、土曜日で病院終わっちゃったから。来てください。うちに薬ありますから!」
俺は遠慮する結城を家の中へ案内した。リビングのソファーに座らせて、引き出しから薬をとって戻る。薬を手に取って、結城の赤くなった手に塗り込んだ。
「えっと、すみません…」
結城が遠慮がちに声を出したので、うっかり俺がぎゅっと手を握っていたことに気が付いた。なんだか意識してしまい、ぎこちなく手を離す。
「また黒澤くんに迷惑かけたね、俺…」
「いえ、そんな。こちらこそすみません。あの、これ差し上げます。でも、念の為週明け病院行ってくださいね?」
「ありがとう。それであの、薬と、先日のお礼もさせてほしいんだけど」
あれだけ固辞していた会長を引き受けたのは、大郷漆保存会を存続させないと、漆掻きという俺の趣味が楽しめなくなってしまうことに気がついたからだ。
それにあの日、大郷の良さを再確認したことで役場職員としても、町のために何かしたいと思った。
——別に、結城がかっこよくて好きになってしまい、いいところ見せたくて会長になったのではない。
そう、目的はそれだけ、の、はず…!
受理されたので挨拶がてら、担当の文化振興課に顔を出した。
「『大郷漆掻き保存会』の代表を務めることになりました。それで、今の補助金の残高を知りたいんですが」
生きていくには町も人も保存会も同じ、金がいる。
文化振興課の補助金の担当課長は少し驚いた後、残高を確認してくれた。
「残念、今年度はもう残ってないね」
「え?いつも年二回イベントできるくらいはありましたよ?!」
「去年使わなかったから減らされたんじゃないの?」
「そんなはずは…」
徐々に減っていることは知っていたがここまでとは。今度の体験会用で塗装用の防護服を追加購入したかったのだが、補助金が使えないとなると、会費の方から捻出するしかない。
帰ったら今の残高を確認しよう。それと、体験用の箸と講師の手配…。軽い気持ちで代表を引き受けたが、結構忙しい…!
「あ、黒澤くん。こんな所にいた。お客さんが来てるよ!」
「俺に…?」
呼ばれて行ってみると、俺を待っていたのは先日予算委員会の傍聴に来ていた婆さん達だった。
「漆掻きの会長の奥さんに聞いたんだけど、あんた、合コンに出るんだって?」
「え…?」
正確には『街コンで漆掻き保存会の体験会をする』なのだが、いつの間にか噂になっていたようだ。
「これお守り。これを持ってるといい嫁が来るよ~」
「あとこれ、最近できたおしゃれなレストランのクーポン。デートに誘いな~」
俺は差し出されたお守りと、クーポンのついたチラシを突き返した。
「お気持ちだけ受け取らせていただきます。規定でこういったものは受け取れないので」
「なによ!せっかく嫁が来るように持ってきたのに!」
「そうよ!あんた彼女もいないし見合いもしないし今流行りのLなんとかじゃないかってみんな心配してたのよ!そんなじゃ黒澤さんも浮かばれないよ!」
この婆さんたち、俺の爺ちゃんを知っているらしく、親戚のノリでお節介を焼いてくる。上手くかわせず言葉に詰まると、後ろから声をかけられた。
「こんにちは~」
「「「結城さん!」」」
今日、委員会は無いはずだが、結城が役場に現れた。俺はオアシスを見つけたみたいにホッとする。
「どうしたんですか?黒澤くんを囲んで」
「この子に嫁が見つかるようにお守りを持ってきたの!」
「あはは。それ令和ではセクハラですよ」
「セクハラ?!」
「でも心配してくれたんですよね!みんな優しいなぁ~」
優しいとイケメンに褒められた婆さんたちは顔を見合わせる。そして、最終的には機嫌良く帰って行った。終わりよければ全てよしって、このことだな…。
「ありがとうございます…。今日はどうしたんですか?」
「資料をとりに…。っていうかさ、黒澤くん今のお守り見た?大郷地蔵尊のぬいぐるみだったよ!」
「あー。どこかの商店が、非公式で作ってるんですよ。ほら大郷地蔵尊って別に神社所有じゃないでしょう?」
『大郷地蔵尊』とは高さ約九・六mの巨体をした大郷の守神だ。普通の仏像とは異なり、パッチリとした目元に鮮やかな赤い口紅というユニークな顔のコミカルでシュールな地蔵尊である。町の文化財として役場が管理しているのだが、許可なくグッズを作っている者がいるのだ。
「どこで買えるか、知ってますか?」
「ええまあ…」
業務終了後、俺は結城にせがまれて一緒にお守りを売っている場所へ向かった。
「道の駅で売ってるんだ?!気づかなかった!」
「地蔵尊はこの裏手ですからね…。無許可なのに堂々としてますよね~」
「いっそ公式にすればいいのに。大郷の今のゆるキャラより、こっちの方がいいと思う」
「え?!そんなに推してる人初めて見た!」
「神社や寺の財産でもないのにずっと信仰されてるってすごいでしょ。俺なら道の駅の正面に移設して、漆で再塗装して大郷のゆるキャラにする」
大郷地蔵尊は目立たない場所にひっそりと鎮座していて、色落ちもしてるし愛されているかは謎だ。それなのに大郷漆で塗装とは、日光東照宮級の扱いで結城に推してもらえるなんて、ちょっと羨ましい!
結城は購入した地蔵尊のマスコットお守りを鞄につけると、パンフレットが置いてあるコーナーへ行った。
「『街コン』のチラシが減ってたら補充しようと思ったけど、全然減ってないな」
「ほんとだ。やっぱりまだチケット売れてないんですか?」
「うん。だから今、チラシを置く範囲を広げてる」
「…やっぱり大郷漆の体験会ってピンとこないんじゃないですか?有名じゃないし、地味だし。今からでも別のことを…」
「黒澤くん、勝手に大郷漆の評価を下げるなよ!」
結城にピシャリと言われてハッとした。確かに会長の俺が、こんな思考じゃだめだ。しゅんとすると、結城は慌てた。
「俺も最近大郷漆を調べて感動したんだ。だから、もっとみんなに知ってもらおう!もっと知ってもらって、ファンを作る。そもそも、そういう機会だし。そうだ…!」
何かを思いついたらしい結城は目を輝かせた。
もう十一月だというのに、俺は漆を掻くため、じいちゃんの遺産である自宅裏の山に入った。
「本格的だなあ~」
俺の格好を見た結城は、動画も撮れる一眼カメラを手に感心しきりだ。俺なんてまだまだひよっこだが、素人にはそう見えるのかもしれない。
「それより、なんで俺を撮影するんですか?」
「だからー、大郷漆のファンを作るためだよ!」
結城はもっと大郷漆を知ってもらうために動画を作ろうと提案してきた。役場で作成した資料映像もあるが、先日俺が結城越しに見た大郷の星空に感動したみたいに、別の角度から見ると新たな一面を発見できるかもしれない。そう思って、シーズンオフなのに二人で山に入り、漆掻きの撮影をしている、というわけ。
「黒澤くん、リラックスして」
「でも結城さんのカメラが本格的で、ちょっと嫌だなって」
「嫌って…。あ、黒澤くん、ちょっと待って!」
結城は俺のところへ走って来た。そして、前髪をいじる。
「黒澤くん、顔、見えた方がいいよ…」
そういうこと、甘ったるい顔で言わないでほしい。動画を撮ることは賛成したが、モデルを俺にすることは反対したのに…。結城は俺を見て満足気によし、と言うと、また少し離れてカメラを構えた。
「黒澤くん、挨拶からお願い」
「はい。えーと、大郷漆保存会の黒澤です。今日は漆掻きを実際にお見せします。まず、漆の木に浅く傷をつけて樹液を滲ませます」
実際にやってみせると、手元を撮るために結城が徐々に近づいて来た。一眼レフカメラってズームでも綺麗に映るはずなのに、近づく必要ある…?疑問に思いつつも、手順通り、木に傷をつけて樹液を滲ませる。
「これを一定間隔で繰り返して、木に負担をかけすぎないように採取していきます。採取には専用のヘラを使います」
傷口にジワリと浮かび上がった樹液を流れ落ちないように慎重に集めて容器に移していく。樹液は派手さもない。宝石みたいに輝くわけではないけれど、自然の飴色で艶々している。
「黒澤くん、上手いね…!しかも漆ってすごく綺麗だ」
顔を上げて振り向くと、結城は一眼カメラに見入っていた。真剣な眼差しのまま口角はやわらかく上がっていて、その表情は感動しているように見える。
今まで忘れていた初心を、結城のおかげで思い出した。大郷漆はフォトジェニックとは程遠いかもしれないけど、本当はすごく綺麗なんだ。だから俺は金にならない漆掻きをしているし保存会にも入っている。俺、漆掻きが好きなんだ…。それに結城が共感してくれたことも嬉しくて、自然と笑顔になる。
「…っ、わ…、うわっ!!」
「結城さん!」
カメラを持ったまま結城は、足を滑らせたのか山の斜面で転んでしまった。ぬかるんではいなかったはずだが、油断したのかも…!俺は慌てて結城のところへ向かう。
「大丈夫です!最後まで撮りましょう!」
「ダメです、結城さん手に漆がついてる!漆は水だと落ちませんし、直接触るのは危険です!」
カメラを操作する結城は手袋をしていなかった。俺は持っていた油で、結城の手についた漆を拭う。
「…すみません。迷惑かけて」
「そんな。やっぱりそこかしこに漆の木があるのに手袋をさせなかった俺の責任です」
「いや、絶対、黒澤くんのせいじゃないから!」
なんだかやけに焦っている結城を不思議に思ったのだが、とりあえず俺たちはそのまま目的を達成することにした。一通り撮影した後、俺の家まで戻る。
「黒澤くん。今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ…。って、結城さん!手!」
先ほどすぐ拭き取ったはずだが、結城の手が腫れていることに気が付いた。
「あ…!?でも、大丈夫です」
「大丈夫じゃないですよ!今日はもう、土曜日で病院終わっちゃったから。来てください。うちに薬ありますから!」
俺は遠慮する結城を家の中へ案内した。リビングのソファーに座らせて、引き出しから薬をとって戻る。薬を手に取って、結城の赤くなった手に塗り込んだ。
「えっと、すみません…」
結城が遠慮がちに声を出したので、うっかり俺がぎゅっと手を握っていたことに気が付いた。なんだか意識してしまい、ぎこちなく手を離す。
「また黒澤くんに迷惑かけたね、俺…」
「いえ、そんな。こちらこそすみません。あの、これ差し上げます。でも、念の為週明け病院行ってくださいね?」
「ありがとう。それであの、薬と、先日のお礼もさせてほしいんだけど」

