静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

 大学を卒業してから開いていなかったSNSに久しぶりにログインし、結城をフォローした。これは漆の体験会を阻止する目的であり、けっして結城が同じゲイだと分かって仲良くなりたいからではない!

 結城をフォローすると、そのフォロワー数に驚いた。こんなに人気があるとは知らなかった。フォロワーが多すぎて、俺にはなかなか気付かないだろう。そう思っていたのだが、想像よりもずっと早くDMが届いた。

『フォローありがとうございます。今度いっしょに東京にいきませんか?』

 カミングアウトしたと思ったら、次はいっしょに東京に行きませんか、だと?!

 展開が早すぎて、俺はまたフリーズした。返信できないでいると、結城から追加情報が送られてきた。

『街コンのイベンターを紹介したくて。あと、大学時代の知り合いに工芸アーティストがいるので、一緒にイベントの相談が出来たら、と』

 なんだ。二人で出かけようってことではなく、街コンの体験会のため、結城的には選挙の事前運動、いわば『仕事』か。何回もフォローしてくれてって言われて、集まりにまでやって来てゲイだとカミングアウトされた。それに結城の投稿には、ゲイだという内容はなかった。ひょっとして、俺だけに告白したとか…?

 だからもしかして、誘われてるのかなんて一瞬思ったのだが…。同じゲイでもあんなイケメンがプライベートでこんな地味な俺を誘うわけ、ないか…。いや別に、落ち込んでないけど。そっちがそれなら、望むところだ!絶対、体験会を阻止してやる…っ!

『よろしくお願いします』
『じゃ、今週の土曜日はどうですか?』

 随分簡単に約束してしまったが、ハッとして、洗面所に駆け込み鏡で自分の姿を覗き込む。

「今週って、明後日!しかもこの格好で、東京…。いけるか?!」

三年前Uターン就職してから、休日は山に入るくらいでおしゃれそうな場所に行くこともなかった。髪を切るのは、もう間に合わないが、ぎりぎり服は買える。

『大丈夫です』
『じゃ、駅で待ち合わせましょう』

 DMのやり取りの後、数年ぶりに服を買うため、五十分もかけて隣の、そのまた隣の市まで車を走らせた。別にワクワクしたわけじゃないけど、何となくスピードが出てしまった。

****

 「黒澤さ~ん!」

 土曜の昼過ぎ、地元の駅ではなく特急列車が止まる県庁の最寄り駅で待ち合わせた。俺は大郷駅から約一時間かけて電車で来て駅構内で乗り換えたが、結城は改札から笑顔で現れた。

 ゆるめのワイドスラックスに、柔らかなスウェットを合わせ、上には軽くシャツを羽織っている。ベージュやくすみグリーンの淡い色合いが、おしゃれで爽やかだ。似合ってるし、すごくかっこいい。

 思わずドキドキと心拍数が上がる。

 けど、駅構内にあるコーヒーショップのガラス窓に映る自分を見てすぐに冷静になった。昨日買ったばかりの黒のハーフジップに普通のジャンパーとデニムという格好の俺。サイズはきちんと合っていて清潔感もあるが、無難すぎて記憶に残らないスタイル。

 釣り合ってない。全然、このイケメンと釣り合っていない…!

「黒澤さん、はい、切符」

 結城は特に気にするでもなく、嬉しそうに俺に往復の特急券を手渡した。

「あの、ありがとうございます。あ、切符買うために一度出ていただいたんですか?」

大郷駅はみどりの窓口が閉鎖している。だからわざわざ、一度改札を出て切符を買ってくれたと思ったのだ。

「違います。実はまだこちらで働いてまして。事務所から来たんです」
「あー…」

 町議会議員の多くは兼業で、大郷は働き口が少ないため県中心部に勤務する者も多い。しかし電車は一時間に一本という交通の不便さから、住民票は町議の規定上大郷に置きながら、実際には居住していないケースが度々問題視されている。

「まあ、不便ですもんね。でもそれ結構地雷なんで、気をつけてください」

 住民の中には、規定がない町役場職員にも地元に住むよう文句を言う人もいるくらいだ。まして議員はかなりのマイナス要因になる。

「誤解です!基本は帰ってますが、昨日は仕事が遅くなってしまったんです!」
「大丈夫です。言いふらしたりしません。あっ、電車来ましたよ!」

 言い訳しようとしていたらしい結城は、電車が来たことで言い出せず、ちょっと困ったような顔をした。特急列車の隣に座ると俺はすぐ、財布を取り出した。

「あの、きっぷ代、いくら払えばいいですか?」
「あ、いいんですよ。私が誘ったので…」
「私は議員ではないので切符はもらえません!」
「それってこの切符代を私が政務活動費で払うと思ってます?」
「違うんですか?」

 町会議員には政務活動費といって調査や視察など議員活動に必要なら、交通費を後から精算できる制度がある。結城にとって今日は仕事。てっきりそれで精算するものと思っていたが、俺がそう尋ねると結城は頭を抱えた。

「違うし…。俺、黒澤さんにすごい誤解されてない?」

 結城は相当動揺したのか、自分のことを『私』ではなく『俺』と言い、砕けた口調になった。

「この間も、『事前活動じゃないか』って疑われたし、俺そんなに胡散臭い?」
「そういうわけじゃないですけど…」
「『けど』って…!」

 結城は背もたれに体を預けて深く座ると、長い足を組んだ。楽な姿勢になった結城は俺の方を見てにこりと微笑む。

「でもよかったー。黒澤さんが話しやすい人で」
「大郷は年寄りが多いですからね…」
「まあそれもあるけど。黒澤さん、俺には遠慮なくなんでも言って。だから敬語はやめようよ」
「はあ…」
「『はあ』って!」

 その後も俺たちはたわいのない話をして過ごした。イベント阻止のために来たはずが、説得もせずうっかり電車の移動時間を楽しんでしまった。

 東京で電車を乗り換え、待ち合わせの銀座へ向かう。十五時少し前に有楽町の駅に着いた。

「17時に銀座で待ち合わせなんだけど、時間があるし、アンテナショップでもみにいかない?」

 有楽町の駅を降りた結城は、俺にそう言った。アンテナショップってことはやっぱり、視察…?

「黒澤くん、温泉だ~」

 九州のアンテナショップに行くと、目立つところに足湯の設備があった。どうやら無料で楽しめるらしく、黒澤は嬉しそうな声を出した。

「入ってみる?」

 タオルを貸してくれるサービスがあったので、俺たちは足湯を試すことにした。足をつけると、じんわりあたたまって気持ちがいい。

「は~…。いいね、温泉て」
「今日は少し気温が低いからちょうどいいですね」
「温泉にはいい時期だね。紅葉の、温泉行きたいなぁ~」
「結城さん、大郷にも紅葉の温泉ありますよ?」

 言ってからハッとした。大郷にはおしゃれなプライベート温泉なんてない。結城はゲイであることに遠慮して大浴場には入らない主義だから、入れないんだ。

「ねえ今、『こいつ町議なのに地元に温泉あるの知らねーのかよ』って思った?」
「……」

 いや、そうは思ってない。けど、何となく言い出せず、もじもじすると、結城は声を出して笑った。

「思ってるな…!」
「いや。その…!」
「いい、いい。黒澤くんの正直な感じ好きだよ。えーと、ただ、地元に温泉あるのは知ってる。でも影が薄くて、もっと町の魅力と一緒に後押しが必要だって思ってる。市町村別の、観光客数を見ると、大郷ってベスト五に入ってないんだよね」
「そうですね。観光課が嘆いてました。それで、新道の駅構想ができたんですよね」

 最新の調査によると、県西に出来た体験型道の駅が年間二百六十万人の集客を記録したらしい。町長は二匹目の泥鰌を狙う戦略なのだ。

「都心に近い高速のIC直結の道の駅と、高速が遠くて県北部の山に囲まれてる大郷が同じことをして効果があるとは思えない。それに新道の駅の場所も問題。大郷の観光名所近くに作られてしまうと街中の商店街は置き去りになる!」

 そうだった。場所については揉めに揉めて、通常町議の補欠選挙は定員四分の一割れでない限り行われないが、民意を問うべく、特別に補欠選挙を行なったのだ。それでも結局、反対派がまとまり切らず現町長の計画は進行している。

「だから旧道の駅の駐車場台数増と改装に留めて、もっと効果ある対策に資金を再配分したい…!まずは大郷を知ってもらって、大郷のファンを増やさないと!」

 それで、街コンを企画した、ということなのか。ただの人気取りじゃなかったんだ。俺はちょっと感心して、その後も結城が一生懸命大郷の未来を語るから、うんうん、と真剣に話を聞いた。もっと聞いていたかったが、結城はハッと我に返り、すこしばつの悪そうな顔で笑う。

「えっと、続きは市政報告会で…。今日は黒澤くんとただプライベートで東京に来ただけだから…」
「え…?」

 さっきもずっと政策の話だったし、今日は『街コン』イベントの打ち合わせで来たはずだが…。プライベートで来たって言われると、デートしてるみたいになっちゃうけど…。

「そーいう気持ちでいないと、ほら…。すぐ黒澤くんに『事前活動』だとか、疑われるだろ?」
「う、うん…」
「うんって。否定して?」

 どうやらデートではないらしい。でも、心配していたよりずっと会話も続くし、楽しい。あっという間に足湯の時間が終わり、結城は俺にタオルを差し出した。

「はい、タオル」
「あ、すみません」

 自分で受け取って拭くはずが、なぜか結城は俺の足を拭いてくれた。

「あ、あの~」
「あ、ごめん。黒澤くんが足出して待ってると思った…!」

 俺そんな、イケメンに奉仕されたい感じ出してた?!確かに喪服は脱がされたかったけど!恥ずかしい…!足湯を出てもまだ時間があったので物産展内にある旅行相談コーナーへ行くことにした。

「福岡空港からレンタカーで阿蘇のパノラマラインをドライブするルートは絶景ですよ。お二人だけのプライベートな時間を大切にできるよう、離れのお部屋がある宿もピックアップできます」
「へー、すごい!ツアーのカスタマイズができるんだ」

 結城は旅行の提案に感心していたが、俺は別の事が引っかかった。係の人は『お二人だけのプライベート』旅行だと思ってる。大郷の人なら彼女も連れて四人のプランを勧めそうだけど。

 都会って、すごい…!

「離れの温泉て、リラックスできそ~」
「そうですね…」

 楽しそうな結城を見て二人の旅行を想像してしまい、俺はとにかく落ち着かなかった。でも結城はきっと、これも大郷の観光業をもっと良くしようと『調査』しているに違いない。

 期待してはいけない…。そう視線を泳がせていると、結城は俺の顔を覗き込んだ。

「行くとしても政務調査じゃないですよ?」
「え…?」

 違うんだ…?すると、まさか…。

「いや…。黒澤くん、そこもなんだ?」

 ツアーの見積もりとパンフレットをお土産がわりにもらって、俺たちはアンテナショップを後にした。