静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

「濡れますから、傘をどうぞ…!」

結城はそう言って、斎場で借りたのか俺に傘を差し出した。しかし傘は一本しかない。

「大丈夫です。車までですから」
「けど、駐車場は広いでしょう?まだ十月とはいえ、雨は冷えますから」
「私が借りると、議員が濡れてしまうから…、そんなことできません」
「じゃあ、車まで送ります」

 結城は笑顔で俺に傘を差した。急に距離が近くなって、思わずどきんと胸が鳴る。

 これは、仕方ない。だってこの男、すごく顔とスタイルがいい…!さらに非日常の喪服姿は艶やかで、男の色気が溢れ出ている。

 顔が赤くなったりしていないだろうか。俯きながら、車に向かって歩き出した。

「黒澤さんが『漆掻き保存会』の会員だとは知りませんでした。町役場と両立はできるものなんですか?」
「むしろ、単独では暮らしていけませんから。漆掻きは趣味ですね。保存会でイベントに使ったりする程度です…」

文化財保護の名目で漆の植樹には国から補助金が出るが、作っても手間のわりに金にならない。漆単独で生計をたてるのはほぼ不可能。未来が描けない職業に人は集まらず、保存会は高齢化とともに会員数が減少。町からのイベント予算は減っている。それもあって採った漆をイベント用に提供すると喜ばれるし、俺もみんなに使ってもらえて嬉しい。

「そうですか…。するとその漆を使って、体験イベントを開催されているってことなんですか?」
「ええ。採った漆を保存会で加工して使ってます。実際食器に塗ってもらう体験会ですが、最近あまり人が集まらなくて」

 中止しようかと思ってた、と言いかけると、結城は目を輝かせた。ま、眩しくて、見えない…っ!

「じゃあぜひ『街コン』でやりましょう!」
「でででも、地味だし、盛り上がらないですし…」
「何でですか?自分で食器に塗って、記念になるし。漆ってきれいですから、そのあと実際漆塗りの食器で食事したら感動すると思いますけど!」
「……」

保存会はじーさんばーさんで、まったり運営してるからいいんだ。それを若い女がきゃーきゃーいうところでやるって?嫌すぎる!第一街コンなんかに俺が参加したら、爺さんたちが女を口説けとせっついてくるだろう。そういうのが嫌で、俺はこの若い女がいない街に住んでるんだ!絶対嫌だ!

 返事をしなかったのだが、光の道を歩いて来たと思われるこのイケメンはスマートフォンを取り出し、SNSのアプリ画面を開いた。

「これ俺です。本名なので、検索してフォローしてください。フォローしてもらえればDMしますから!」
「は、はあ…」

ぜってーしねぇけど…。そんな心の声が聞こえないらしい結城は、俺を車まで送り届けると笑顔で帰って行った。

****

 十月は決算特別委員会が設置され、委員の市議会議員と市職員のあーでもないこーでもないと言い合う会議が連日催される。回答は担当課長が行うのだが、俺も何故か、駆り出されていた。

「傍聴席は十席しかないんでもう入れませんよ!」
「なによ!せっかくきたのに、けちね~」

 今まで委員会を傍聴にくるのは暇な爺さんが一人いるかいないかだったが、結城が町議になった途端、色気付いた婆さん達が押しかけてくるようになったのだ。

 俺は委員会を傍聴に来た婆さんたちをブロックする係に任命され、対応に追われていた。若者が少ない町役場ではいつも体力仕事を任されてしまう。迷惑すぎる…!

「結城さんが話すところだけでいいから」
「そうよ、他のじいさんの番になったら帰るから」
「無理です」

俺が断ると、婆さんたちは一斉に文句を言い始めた。

「あんたね、そんなだから結婚できないのよ!結城さん見習っておしゃれしなさいよ!」
「背は結城さんより小さいけどまあまあ元はいいんだから、そのぼさぼさ頭、何とかなさい!」
「あと痩せすぎよ!運動して筋肉つけなさい!」

歳をとるとデリカシーまで枯渇してしまうようで、婆さんたちはいつも好き勝手言う。

「おしゃれしたって、見せる人いないからいいんですよ」

 こんな田舎の大郷で若くてかっこいい男なんて結城くらいだ。つまり、見せたい人がいないのに、頑張る気力が湧かないってこと。

「あれまぁ、夢がないねえ」
「結城さんに紹介してもらって、街コンで彼女見つけなさい!」

 結婚なんて同性愛者の俺には苦痛な話題だ。それもこれも、結城のやつが街コンなんか企画したからだ。ほんと最悪。そんな場所で体験会をするなんて耐えられない。

「さあ、もう帰ってください!」

 結城が出て来て鉢合わせたら嫌だし、俺は婆さんたちを懸命に追い返そうとした。しかし俺の願い虚しく、結城は会議室から出て来た。

「黒澤さん!」

奴は婆さんたちに笑みを振りまきながら、俺のところへ走って来た。今日もイケメンは少し、頬を染めている。

「あのこれ、俺の名刺です。ここにSNSのQRコードも付いてるんで、フォローしてください。イベントのこと打ち合わせしましょう。紹介したい人もいて」

結城は俺がフォローしないことを、『URLが分からない』と理解したらしい。イケメンは万が一にも自分が避けられているとは思わない生き物のようだ。俺が黙っていると結城は不思議そうな顔をしたのだが、すぐ婆さんたちに囲まれ、それ以上話をせずにすんだ。

****

「えー?!何でここに?!」
「前会長の奥様に聞きました。今日、定例会だって」

 フォローせずにやり過ごしていたら、なんと結城は『大郷漆掻き保存会』の会合の場所、道の駅のレストランに現れた。今日は後任の会長を決めるはずだったのに、爺さん婆さんたちは結城の話に夢中になっている。

「大郷市は限界集落だと言われていますが、今はリモートワークもあるし街コンで結婚する人が増えれば、住んでくれる人を増やせると思うんです。二人目三人目の出産祝い金に加えて、保育園は待機児童ゼロ。すごく子育てしやすい街じゃないですか」

 うんうんと、地域振興課でUターン就職を担当している俺はうなずいてしまい、首を振る。

 なに結城に賛同してるんだ!そんなことしたら若者が増えて俺にとっては地獄…!

 市長の任期が半年を切り、人気集めに街コンのイベントを企画したんだろうが、超鬱陶しい。第一それって、選挙の告示前に自分をアピールして投票を促す、公職選挙法で禁止されている『選挙の事前活動』にあたるんじゃないか?

「街コンの意義は分かりましたが、それって選挙の事前活動にあたらないんですか?」
「いえ。誘致したのはまだ議員になる前です。補欠選挙も偶然でしたから、前回選挙の時に警察にも話をして不問になっています」
「そうですか…」
「それに、イベント会社を誘致しただけですしね…」

 絶対企画にも関わっているはずだが、警察が不問にしたのだから追及は難しそうだ。思わず舌打ちしそうになるのをグッと堪えた。

「今回のイベントは、より自由な街コンにしたいと思っていて年齢上限も設定していないですし、LGBTの方も参加可能です」
「LGBT?!」

俺はめまいがしそうになった。この、超高齢化社会かつ保守派の象徴とも言える限界集落でLGBT?!無理だろ、理解されるはずがない…!

「なんて無茶なっ!ここ、大郷ですよ?!」
「でも、企画は通ってます」

町はノータッチの自主企画だから、許可したんだろうが…。俺は絶句した。このイベント、ぜったい阻止しないとまずい!

「街コンで漆の体験会をすることに賛同したのは、地元の伝統を大切にしたいからなんです!地元の伝統があってこそ、観光業も活発になるはずです。だから新道の駅という箱物ではなく、こういった活動にこそ力を入れるべきだと私は考えています!」

会員たちからは拍手があがった。爺さん婆さんも感動して、結城の背中を叩いている。俺もうっかりまた手を叩いてしまい、慌てて引っ込めた。感動してる場合じゃない!なんとか街コンでの漆の体験会はやめさせないと…。

「いやー、婆ちゃん感動しちゃった!じゃああとは若い者で頑張って!」
「あとは結城さんと黒澤くんに任せるから」
「そうだ、二人で話し合って来なさい。お風呂でも入って。はいこれあげる」

爺さんと婆さんは俺たちにここの道の駅の二階にある温泉の割引券を手渡した。そう、ここの道の駅には十数年前地方振興財源を使って建てられた温泉があるのだ。地元民に大変人気の温泉であるが、その大浴場に、このイケメンと入れって…?!結城は平気でも、俺はだめ…!

「金券は受け取れません」
「大丈夫!その辺で配ってるやつだから!」

何も知らない爺さん婆さんたちは、笑顔で帰って行った。みんなを見送ったあと、俺は割引券を見つめたまま固まった。すると、結城は俺に温泉の割引券を差し出す。

「俺、ゲイだし、大浴場には入らないことにしてるんです。自分を意識している男性と風呂に入るって、黒澤さんは抵抗あるでしょう?」
「え……?」

結城が、なんだって…?突然のことすぎて、思考が追いつかない。

「このあと仕事があって打ち合わせする時間なくて。黒澤さん、これ、この間もお渡ししましたが、私の名刺です。フォローしてください!」

俺が顔を上げると、にこっと笑う結城と目が合った。名刺を俺が受け取ると、何事もなかったかのように帰って行った。