静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

 選挙運動は期間が定められている。火曜日の告示から始まり、土曜日が最終日。そして日曜が投票日になるのが地方選挙のパターンだ。泣いても笑っても、選挙運動は今日が最終日。

 選挙管理委員会の兼業職員の俺は、土曜日だが今日も出勤していた。

「ね、見た?昨日の夕方のニュース!」
「見た…!全国ネットのテレビに大郷の町長選挙が取り上げられるなんてね~!」

 そうなのだ。

 ついに、話題が話題を呼び、地方統一選挙の中でも注目の選挙区として全国ネットのニュースに取り上げられたのだ…!

 選挙期間中なのであくまで、『紹介』だったけれど…。

 ここ数日の、結城の遊説にはSNSの影響で若い人や女性が多く集まっている。更に、昨日のテレビ…。新道の駅反対派も団結して結城の応援に動いていると聞いた。

 これ、行けるんじゃないか…?

 そう考えると、自然と頬が緩み、いつもより少し和かに電話対応をしていた。

 ちょうど出勤から二時間が経過した十時半ごろ。その電話は突然かかって来た。

「結城陣営が選挙運動違反しているので、確認してもらえませんか?」
「結城さんが…?」

その一言に俺は固まった。最終日の今になって、違反…?

「滝の見える公園にいますから。よろしくお願いします」
「え、ちょっと…!?」

気のせいだとおもいたかったが、その電話は、一件だけではなかった。上司たちが話し合って、様子を見に行くことになった。

「黒澤くん、お願いしていい?!」
「は、はい…!」

 指名されなくても行くつもりだった俺はすぐに立ち上がる。

 選挙運動違反って、いったい何してるんだよ…?!

「今、滝のそばの公園を出て、最寄り駅まで来てるらしいよ」
「滝の見える公園の駅まで来てる…?」
「うん。走ってるらしい。よくわかんないんだけど…」
「走ってる?!」

 そう言えば、この間も酔っ払って結城は走っていた。キャンプもするって言ってたし、そういう、アクティブなことが好きなのか…?!

 それにしたって…一体何考えてるんだ?!

 俺は急いで役場を出て、車で滝の見える公園の最寄駅へ向かった。役場から大通りに出ると、公園までは一本道。

 車で向かうと、駅の一キロ手前地点から、人だかりが出来ていることに気がついた。しかも、なんだか騒がしい。

 俺は焦る気持ちを堪えながら、車を走らせた。

「え…。あれって…?!」

反対側の歩道を、結城が走ってこちらに向かって来ているのが見えた。

 その周りに観光客や、取材しているカメラなどが大勢集まって、騒ぎになっている。

 それもそのはず。歩道には桜が植えられていて、まだ花びらが散っている。今日は天気にも恵まれ、花びらがふわふわと舞い散る中を走る結城は、まるで映画のワンシーンを見ているかのようだった。

 結城は俺の車を見つけると、こちらに手を振る。俺はスピードを緩めて反対車線から窓を開けて叫んだ。

「結城さん、何やってるんですか?!」
「今日最終日だから、走って大郷駅に行こうと思って…!」
「はぁ…?!」

 自己アピールのため、自転車などで走る人はよくいる。選挙運動員の規定を守れば問題はないのだが…。

 連日報道された結果、観光客や地元の人たちが結城に気付いて集まってしまった。一緒に走っている人までいる。

「まずいよ結城さん!選管に通報も来てるし人が集まっていて、危険ですっ!」
「選挙違反はしてない。黒澤くんは役場で待っててくれよ!」

 反対車線から声をかけるのは限界で、俺は一旦滝の見える公園の駅まで行き車をUターンさせた。

 今度は後ろから追いついて、隣を徐行しながら声をかけようとしたが、後続車から思いっきりクラクションを鳴らされてしまった。沿道には大勢の観光客にマスコミがはみ出さんばかりにいる。さらに、正面からは警察までやってきた。

「止まらないでくださーい!」

 拡声器で注意され、むしろ俺が混乱を招いていると気がついた。

 その場は諦めて役場に戻り、車を置いて結城を追いかけることにした。

 結城は大通りを曲がって大郷町役場の脇を走り、車を降りた俺に手を振った。そして、商店街の方へ走って行く。

 たぶんゴール地点は今日の昼頃、街頭演説が予定される駅前の広場だ。結城の走る周りには人がどんどん増えている。警察にも追いかけられているし、俺は追うのを諦めた。

 少しして、役場の職員たちも集まって来る。

「黒澤くん!どうなった~?」
「それが、全然追いつけなくて…。やめさせられませんでした。すみません…」
「これだけ人がいたら無理だよ。仕方ない…」

 俺を追いかけろって言ったのに、あいつは俺を通り過ぎて、走って行ってしまった。今度は逆に、俺が追いかけないといけないじゃないか…!

「黒澤く~~ん!」
「あ…!?」
「ちゃんと結城さんに投票しなさいよ~!」

 それは、言われなくても大丈夫だけど…。

 俺に声をかけてきたのはいつもの、結城のおっかけのおばあちゃん達だった。今日は一緒に、彼女達の夫らしき爺さんも一緒だ。

 今まで見たことはなかったけど、お爺さんも、結城の応援にきたのか…?

「若い人だけだとおもったら、案外、地元のじーさんばーさんもいるね」
「新道の駅にばっかり人が集まって、古い商店街は人が来なくなるかもしれないって前から不満が燻ってたみたい。滝のそばの商店街も、新道の駅の入札不正で反対に寝返ったらしいよ?」
「え……?!」

なるほど、新道の駅入札不正の影響で、候補地周辺の、観光名所の商店も反対派に加わったんだ…!

 結城のこれまで積み重ねてきたものが、ここに来て形になっている…!

 ……これなら、きっと、きっと、『結城町長』が誕生する……!

 ……でも…。

「すっごい、大変そうだな…」

 夢を叶えるなら何か行動しなくちゃと思っていたけど、結城には強制的に走らされてしまう。

 追いかける方がプレッシャーはなくて楽しそうだけど…。

「だよね、今日の結城さん、商店街と観光名所を繋ぐってパフォーマンスで走ってるんだって。他にも色々、やりそうだよね~」
「そうね、結城町長になったら残業すごいことになりそ~!」

 俺の意見に賛同した職員たちが、周りに集まって来た。

 でも少し、ワクワクもしているのか、みんなの声は弾んでいる。

 わくわくしながら町役場に戻ると、期日前投票所に行き、俺は結城に投票した。



 結城がゴールしたところは、帰宅後、動画で確認した。

 いつも閑散としている商店街はその日、たくさんの人で賑わっていた。

 その中を走り抜けて駅前の桜が舞い散る中、結城はゴールテープを切った。爽やかな笑顔に、画面越しなのにキュンとする。

 明日晴れれば、いつもは選挙に行かない若年層の票を取り込めるはず。俺はそっと、吊るしたてるてる坊主に祈った。