静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

 
 予報で投票日の日曜は降水確率は三十%。雨が降ると、無党派層は選挙に行かないと言われている。そのため天気が悪いと固定票をもつ現職が有利だ…。

 雨、降りませんように。

 出陣式翌日の朝、天気予報をテレビで見ながら出勤の用意をしていると、スマートフォンの通知音がなった。どうやら結城のSNSの投稿が更新されたらしい。開いてみると今日の遊説スケジュールが載っていた。

 どこか、行けそうなところに見にいこう。スクリーンショットをとり、アプリを閉じようとして、あることに気がついた。

 ホームに戻ると結城の出陣式の動画が流れてきたのだ。

 しかも、何回も…。誰か、共通のフォロワーがシェアしたのか…?それにしても多い。

 気になって、結城の投稿をもう一度見た。投稿の再生回数の数字がかなり多くなっている。

「いち。じゅう、ひゃく、せん、まん…。じゅうまん、ひゃ、百万?!」

 おいおい、なんだこれ!

 本当に地方の、大郷の町会議員の数字か…?!

「フォロワーも、めちゃくちゃふえてる…」

 以前から多かったけれど、結城のフォロワーが一気に十万を超えていた。

「すごい…!」

 昨日の出陣式でのカミングアウトが、SNSでは好意的に受け止められたようだ。投稿が拡散され、フォロワーが急増している。

 これは、期待できるかもしれない…!

 俺はワクワクしながら今日初めの街頭演説の場所、駅前に向かった。朝八時、駅前の広場には早速SNSを見たらしい地元の高校生たちが大勢集まっている。

「未成年の方は写真撮らないでください!未成年の選挙活動は禁止です!」
「ほら、もう学校行きなさい!」

結城のスタッフたちが、対応に追われていた。一夜にして人気者になってる。いや、前からおばちゃんたちには人気だったけど…。

 結城に風が吹いてるのかもしれない。ドキドキしながら、職場へ向かう。

 役場に着いて自分の席に座ると、すぐに課長が話しかけてきた。

「黒澤くん!体調はいいの?今日も選挙管理委員会のほうへ行くんだろ?」
「はい。昨日はご迷惑をおかけしてすみません」
「それはいいんだけどさ…!」

課長は俺を引っ張ると、自分の机の隣に強引に座らせる。

「あのさ…。ほら、以前俺黒澤くんに、酷いこと言ったろ?」
「酷いこと?」
「Uターン助成金申請のことで」
「あ~」
「でもあれ、俺の本心じゃないんだよ!あの時は、俺も都市計画の菊池部長に脅されて、仕方なくっ!」
「はぁ…」
「だから俺のこと、結城さんに悪く言わないでくれよ!」

課長は頼むよ…と言って俺の肩をたたいた。随分、変わり身が早い。でもそれだけ、空気が変わってるってことだろう。

 課長の依頼を適当にかわして、俺は選管事務局に向かった。

「黒澤くんは電話受付をお願いします」
「はい」

 電話受付なんて、そんなに忙しくないだろうと思っていたが、電話はひっきりなしにかかってきた。SNSで注目されたからか、結城に関する問い合わせが殆どだ。

 結城が議会で町長の不正を問い詰めた時は証拠不十分ということもあり、地方紙の小さいニュースにしかならなかったのに、今回は全然違う。

 ネットで注目されるって、すごい…! 

「結城さんのSNSの効果、すごいね~。ネットでは、不正疑惑の町長が再選するためにイケメン議員に嫌がらせしたって、根本町長炎上してるね」
「逆に結城さんはすごい人気だよね。潔くカミングアウトして。なんか朝も駅前に人だかりが出来て、警察がでたらしいですよ?」
「すご~い!」

 事務局の担当者たちは仕事の合間に、おしゃべりを始めた。みんな上司が誰になるのか興味津々なのだ。

「新道の駅の公共事業は魅力的で、不正の『疑惑』くらいじゃ現職だと思ってたけど…。この勢いだとひょっとするとひょっとするね?」
「ネットの騒ぎが、現実にどこまで影響あるか、だよね?だって大郷の投票率は60%だけど、その70%が高齢者だもん。ネットなんか見ない層だし」

 確かにこんなに騒ぎになっても、実際選挙に行く有権者の多くはお年寄りで、ネット上の話題なんて知らない。だからこれがどれだけ、票に結びつくかは不透明だ。もっと、町の人にわかりやすく知ってもらわなければ…。

 そんなこと、結城だってわかってるだろうけど。何も出来ないのがもどかしい。

 残業して家に帰ると、辺りは真っ暗だった。空を見上げると雲が掛かっていて星が見えない。本格的に雨が降るのだろうか。

 俺はとりあえずてるてる坊主を作ることにした。そのくらいしか出来ることがなかったのだ。ちょうど三つ作って窓に吊るすと、スマートフォンの着信音が鳴った。

「結城さん…?!」
「黒澤くん…、迎えにきて~」
「は…?!」

 電話口の声は明らかに酔っ払っている。薄々気がついていたが、結城は酒に弱い。それなのにまた飲んだようだ。

「選挙中になんで飲んでるんですか!?まさかとは思いますが接待とかされてないですよね?!」
「大丈夫。今日は親父とその後援会の人だし、自分の分は自分で払いましたぁ~」
「お父さん…?」

結城の父親は町長の応援に行っていたはずだが…。

「飲んだらまた、黒澤くんに迎えにきてもらいたくなっちゃって」
「でもまた写真撮られたりしたら…」
「会いたいんだ。だめ…?」

 結城が俺に甘えて来た。何だよ、急に。こんなの、惚れた弱みで、断れない。

「…今、何処?」
「滝の見える公園の、最寄駅」
「なんでそんなところで……?!」
「じゃ、俺もそっちに向かう。どっちが早く着くか競走しようぜ。よ~い、どんっ!」
「ええ…?!」

 うちは街中からかなり離れた山の中だ。滝の見える公園までは結構かかる。酔っぱらいを一人にしておくのは心配だし、とりあえず車に飛び乗った。

 うちから大郷駅は約五キロ。大郷駅から、滝の見える公園の駅までは約四キロ。一本道だけど上り坂だから歩いたら四十分くらいかかるだろう。だから駅に着く手前で追いつくはず。

 滝の公園へ続く道の歩道には桜が植えられている。多分ここを走っているはずだ。注意深く見ていると、歩道で手を振る結城を見つけた。

「くろさわく~ん!」
「し、静かにっ!」

 歩道の後ろは川、さらにその向こうは線路で、午後八時半を過ぎて上り列車の最終の汽笛が鳴った。ちょうどその音に紛れて結城の声はかき消される。

 俺がぐるっと車を回して停車すると、結城は車道に出てきて助手席に乗りこんだ。

「疲れた~、もう走れない!」

 助手席に乗った結城がヘラヘラしていたので、俺は頭に来た。

「選挙期間中に飲み会なんて、信じられない!脇が甘すぎます!」
「厳しいなぁ…。黒澤くん、親父みたいなこといってる」

 何か理由があったのかも知れないのに、いきなり結城の父親みたいに頭ごなしに怒ってしまって、俺は少しだけ反省した。駅に向かって車を走らせながら、理由を尋ねる。

「結城さん、こんなに飲んでどうしたんですか?ひょっとしてお父さんになにか言われました?」

 この間も、結城のお父さんは町長の娘と結婚しろと怒っていた。ひょっとしてまた何か言われたのかも知れない。

「ん~…。何にもない。逆に、急に応援して来て、参った」

 応援してくれるのは良いことのような気がするが。結城は車のシートを倒して寝そべると、横を向いてしまった。

「出陣式の時、顔も出さなかったのに。ちょっと風向きが変わったら期待してるってさ。なんか、それ聞いたら急に緊張して。いきなり『追われる』側になってプレッシャーがすごくて…」

 結城は対側を向いて、長身を少し丸めている。静かな声が、少し震えてる気がした。

「SNSで話題になっても、大郷じゃ票に結びつくかなんて分からないし…。期待されたら、急に不安になってさ。俺、自分で『強くなった』なんて言ったけど。弱かったんだよ。超、情けねー…」

 結城はいつも明るくて一生懸命だけど。まだまだ経験の浅い二十六歳の若者なんだ…。

 どう励ましていいのか分からず、黙っていると結城が俺の方を向いた。

「それで、黒澤くんに会いたくなった。……今日、帰りたくない」

 結城は一人暮らしだ。きっと、心細くて一人になりたくないんだろう。

「それ、女の子がいうセリフじゃないですか?」

 何だか可愛らしく思えて、俺は思わず笑ってしまったのだが、結城は起き上がって、ハンドルを持っている俺の手にそっと触れる。

「……自宅の近くは、何があるか分からないから」

 このまま、一緒に過ごすために、どこかへ行こうってこと…?

 俺も結城のそばにいたい。

 でも…。

 もし、誰かに見られたら、こんな時期に何やってるんだって、取り返しがつかなくなる。

「だめだよ、そんな…」
「……」

 俺は結城の手をそっと外して、大郷駅を目指した。五分ほど走って、まもなく駅というところで車を止める。

「この間のこともあるし、駅からタクシーで帰ったほうがいいです。それに…」

 助手席の結城は、シートに横になったまま、そっぽを向いて足を組んでいた。一緒にいたいという誘いを断ったからか、ちょっと拗ねているようだ。

 長身のかっこいい男なのに、その子供っぽい様子が、本当にかわいい。

「…それに…?」

 結城は再び体を起こして、ちょっと膨れっ面で俺を見た。

 じっと注目されて待たれると緊張する。

 追われる側になってプレッシャーを感じたという、結城の気持ちが少しだけわかった。

「追われるから緊張しちゃうんだろ?それなら、今日は俺が逃げるから、結城さん、俺を追いかけてよ」
「え…?」
「待ってるから、大郷町役場で…!」

 今度は笑ったりしなかった。自分が思う、一番真剣な顔で結城に想いを伝えた。

 すると結城は驚いて目を丸くする。

 そのあと少し間があって、ぷっと吹き出した。

「うん、わかった。そうする…。次はちゃんと捕まえるから。黒澤くん、待ってて…!」

 俺が頷くと、結城は笑顔で車を降りて、駅の方へ走って行った。