結城の出陣式はSNSで配信するらしい。でも、直接見たくてそっと控え室を出ると応援者の列に混じった。
出陣式は、応援者のスピーチから始まるのが通例だが、始まる直前ポツポツと雨が降って来てしまい、天候を考慮して、応援者のスピーチは割愛され紹介のみになった。
根本町長の陣営には、父親まで顔を出していたと言うのに、天候にまで見放されてずいぶん寂しい出陣式だ。
雨足が強まる中、結城はステージに立った。演説の第一声が、雨の降る広場に響く。
「今日は足元の悪い中、お集まりいただき、ありがとうございます。いよいよ、決戦の時が来ました。思い起こせば十ヶ月前、町会議員に立候補したことが始まりでした」
通常、町会議員の補欠選挙は実施されないが、当時議会は新道の駅という重大事案の審議中で、一人でも多くの民意を反映させようと特例的に選挙が行われたのだ。
「当時、街コンを誘致した私は新道の駅構想に疑問を感じていて、立候補を決めました」
大郷の観光名所に近い建設予定地と、そこから遠く、取り残される街中の商店街。動線が繋がらない計画を強行する町長に、結城は真っ向から異を唱えた。
「町議として新道の駅構想の見直しを訴え、議会でも質問、追及してきました!しかし、まだ道半ばです。どうか、大郷の未来のために、私に町長を任せていただけないでしょうか!」
結城は真剣な表情で、一段と声を張り上げた。
しかし、その直後…。
「きれいごとを言うな!」
後方の傘の群れから鋭い声が飛んだ。たぶん、位置的にも応援者じゃない。町長派が勢いを削ごうとヤジを飛ばしているんだ…!
「大郷には公共工事が必要だ!」
「道の駅には観光客もくる!お前がやってることは町の発展の邪魔をしてるだけだ!」
それを合図に、周囲からも同調するような声がパラパラと上がり始めた。
「そうだ、反対すれば良いってもんじゃないぞ!」
「そうだそうだ、大郷に住んでもない余所者のくせに!」
ヤジを飛ばす連中はきっと嫌がらせに来たんだと、分かってはいても支持者たちの表情には不安が過り、動揺が広がる。
「私はなにも、公共事業をやらないとはいっていません。公約にもこう書いています。現在の道の駅の改装、駐車場整備、大郷地蔵尊の移設…!一部の利益を考えた政策ではなく、街全体が発展し、効率の良い投資をしていきたい!」
結城はあくまで冷静に、自分の主張をしっかりと説明した。
しかしそれが、逆に火をつけてしまったようだ。怒鳴り声はさらに強まる。
「きれいごとだ!現実見てねえだろ!」
「現実は見ています。大郷はこの十五年で五千人以上人口が減っている。だから、街コンを誘致しました」
「街コンなんかやっても自分は子作りしないんだろ!見たぞ、あの写真をっ!」
一瞬、会場の空気が冷たく張り詰める。
……ああ、やっぱり、その批判が来た。結城が否定して、ことなきを得るよう、俺は祈るような気持ちだった。
しかし結城は、やはりすごく真面目な顔で答えた。
「おっしゃる通り、私は同性愛者です」
驚くほどあっさり、結城はそれを認めてしまった。
そして一旦、言葉を切る。
結城は躊躇していたのではない。ステージ上から、俺を探していたのだ。遠くから目が合うと、結城はにっこりと、口角を上げる。
「マイノリティだから、まあまあ嫌な思いをすることが、今もそうですけど、過去にもありました。でも、それが自分を強くしたと、私は思っています…!」
結城は少し、戯けて見せた。今まさに嫌味を言われた結城の発言に、張り詰めていた空気が和らぐのを感じた。
「この限界集落と呼ばれる大郷も、いわば私と同じ、マイノリティ。子どもはいないけど、同じマイノリティだからこそ、大郷のことを理解できる。大郷の子供から大人、年配の方、福祉が必要な方、カミングアウトしたい人、したくない人…。いろいろな人たちに寄り添った政治ができると思っています!」
結城は俺に無理しなくていいといった。
引っ込み思案な俺に、どこまでも寄り添ってくれるつもりなんだ。
その気持ちが、嬉しかった…。
結城が言い終わるとヤジは消えて、一瞬広場は静かになった。
緊張が解けてきたとは言え、先ほどのヤジが影響してみんな、反応に困っているのかもしれない。
しんと静まる会場で、俺は誰よりも先に、大きく手を叩いた。誰かが後ろ指をさしても、誰も、賛同しなくても、俺は絶対に結城の味方だから…!
一人でもいいと思っていたが、少しして俺の拍手につられたのか周囲から少しずつ、パチパチと拍手が上がった。
それは波のように、ゆっくり広がって大きくなっていく。
すごく、暖かな拍手だった。
壇上の結城にも伝わったのか、結城は笑顔だった。
「以前、私はすごいプラス思考だって、褒められたことがあるんです」
それ、以前、俺が結城に言ったことだ。思い出しておかしかったのか、結城は話しながら少し吹き出した。しかし、すぐに真面目な顔に戻る。
「だから今の逆境も、大郷の人口減も、いつかプラスにして見せます!そのために、今、皆さんの力を分けてください!私に、町長を任せてください!」
結城がそう言って深々と頭を下げると、雨の中なのに、今度は割れんばかりの歓声が上がる。
そして、俺が作った大郷漆達磨が運ばれて来た。
「これは大郷漆の特別な達磨です。必勝を期して目入れを行います!」
司会の人の掛け声で結城は達磨に目を入れた。そこで雨は本格的に降り始め、出陣式は終了となった。
壇上にいる結城は雨に濡れて、髪からは雨水が滴り落ちている。それを拭うようにかき上げる仕草は、どこか憂いを帯びていた。選挙のために新調された清潔なスーツとの対比が、やけに扇情的だ。
そう思ったのは、きっと俺だけではない。近くのおばさんたちもキャーキャー騒いで写真を撮っていたし、俺も思わずスマートフォンのカメラで写真を撮った。
好きなことってやっぱり布教したくなる。もっと、知ってほしい。結城を、みんなに…!
この場にいる人が同じ気持ちでありますように。そう願った。
そして…。
「行ってまいります!」
結城は手を振り、街宣車に乗り込むと遊説へ出て行った。
ーーついに町長選挙が、始まった。
出陣式は、応援者のスピーチから始まるのが通例だが、始まる直前ポツポツと雨が降って来てしまい、天候を考慮して、応援者のスピーチは割愛され紹介のみになった。
根本町長の陣営には、父親まで顔を出していたと言うのに、天候にまで見放されてずいぶん寂しい出陣式だ。
雨足が強まる中、結城はステージに立った。演説の第一声が、雨の降る広場に響く。
「今日は足元の悪い中、お集まりいただき、ありがとうございます。いよいよ、決戦の時が来ました。思い起こせば十ヶ月前、町会議員に立候補したことが始まりでした」
通常、町会議員の補欠選挙は実施されないが、当時議会は新道の駅という重大事案の審議中で、一人でも多くの民意を反映させようと特例的に選挙が行われたのだ。
「当時、街コンを誘致した私は新道の駅構想に疑問を感じていて、立候補を決めました」
大郷の観光名所に近い建設予定地と、そこから遠く、取り残される街中の商店街。動線が繋がらない計画を強行する町長に、結城は真っ向から異を唱えた。
「町議として新道の駅構想の見直しを訴え、議会でも質問、追及してきました!しかし、まだ道半ばです。どうか、大郷の未来のために、私に町長を任せていただけないでしょうか!」
結城は真剣な表情で、一段と声を張り上げた。
しかし、その直後…。
「きれいごとを言うな!」
後方の傘の群れから鋭い声が飛んだ。たぶん、位置的にも応援者じゃない。町長派が勢いを削ごうとヤジを飛ばしているんだ…!
「大郷には公共工事が必要だ!」
「道の駅には観光客もくる!お前がやってることは町の発展の邪魔をしてるだけだ!」
それを合図に、周囲からも同調するような声がパラパラと上がり始めた。
「そうだ、反対すれば良いってもんじゃないぞ!」
「そうだそうだ、大郷に住んでもない余所者のくせに!」
ヤジを飛ばす連中はきっと嫌がらせに来たんだと、分かってはいても支持者たちの表情には不安が過り、動揺が広がる。
「私はなにも、公共事業をやらないとはいっていません。公約にもこう書いています。現在の道の駅の改装、駐車場整備、大郷地蔵尊の移設…!一部の利益を考えた政策ではなく、街全体が発展し、効率の良い投資をしていきたい!」
結城はあくまで冷静に、自分の主張をしっかりと説明した。
しかしそれが、逆に火をつけてしまったようだ。怒鳴り声はさらに強まる。
「きれいごとだ!現実見てねえだろ!」
「現実は見ています。大郷はこの十五年で五千人以上人口が減っている。だから、街コンを誘致しました」
「街コンなんかやっても自分は子作りしないんだろ!見たぞ、あの写真をっ!」
一瞬、会場の空気が冷たく張り詰める。
……ああ、やっぱり、その批判が来た。結城が否定して、ことなきを得るよう、俺は祈るような気持ちだった。
しかし結城は、やはりすごく真面目な顔で答えた。
「おっしゃる通り、私は同性愛者です」
驚くほどあっさり、結城はそれを認めてしまった。
そして一旦、言葉を切る。
結城は躊躇していたのではない。ステージ上から、俺を探していたのだ。遠くから目が合うと、結城はにっこりと、口角を上げる。
「マイノリティだから、まあまあ嫌な思いをすることが、今もそうですけど、過去にもありました。でも、それが自分を強くしたと、私は思っています…!」
結城は少し、戯けて見せた。今まさに嫌味を言われた結城の発言に、張り詰めていた空気が和らぐのを感じた。
「この限界集落と呼ばれる大郷も、いわば私と同じ、マイノリティ。子どもはいないけど、同じマイノリティだからこそ、大郷のことを理解できる。大郷の子供から大人、年配の方、福祉が必要な方、カミングアウトしたい人、したくない人…。いろいろな人たちに寄り添った政治ができると思っています!」
結城は俺に無理しなくていいといった。
引っ込み思案な俺に、どこまでも寄り添ってくれるつもりなんだ。
その気持ちが、嬉しかった…。
結城が言い終わるとヤジは消えて、一瞬広場は静かになった。
緊張が解けてきたとは言え、先ほどのヤジが影響してみんな、反応に困っているのかもしれない。
しんと静まる会場で、俺は誰よりも先に、大きく手を叩いた。誰かが後ろ指をさしても、誰も、賛同しなくても、俺は絶対に結城の味方だから…!
一人でもいいと思っていたが、少しして俺の拍手につられたのか周囲から少しずつ、パチパチと拍手が上がった。
それは波のように、ゆっくり広がって大きくなっていく。
すごく、暖かな拍手だった。
壇上の結城にも伝わったのか、結城は笑顔だった。
「以前、私はすごいプラス思考だって、褒められたことがあるんです」
それ、以前、俺が結城に言ったことだ。思い出しておかしかったのか、結城は話しながら少し吹き出した。しかし、すぐに真面目な顔に戻る。
「だから今の逆境も、大郷の人口減も、いつかプラスにして見せます!そのために、今、皆さんの力を分けてください!私に、町長を任せてください!」
結城がそう言って深々と頭を下げると、雨の中なのに、今度は割れんばかりの歓声が上がる。
そして、俺が作った大郷漆達磨が運ばれて来た。
「これは大郷漆の特別な達磨です。必勝を期して目入れを行います!」
司会の人の掛け声で結城は達磨に目を入れた。そこで雨は本格的に降り始め、出陣式は終了となった。
壇上にいる結城は雨に濡れて、髪からは雨水が滴り落ちている。それを拭うようにかき上げる仕草は、どこか憂いを帯びていた。選挙のために新調された清潔なスーツとの対比が、やけに扇情的だ。
そう思ったのは、きっと俺だけではない。近くのおばさんたちもキャーキャー騒いで写真を撮っていたし、俺も思わずスマートフォンのカメラで写真を撮った。
好きなことってやっぱり布教したくなる。もっと、知ってほしい。結城を、みんなに…!
この場にいる人が同じ気持ちでありますように。そう願った。
そして…。
「行ってまいります!」
結城は手を振り、街宣車に乗り込むと遊説へ出て行った。
ーーついに町長選挙が、始まった。

