どうやって役場まで戻ったのか記憶がない。
県の選管にチラシを規定通り報告した後は仕事に忙殺され、何も考えていなかったと思う。
そしてついに、大郷町長選挙の告示日を迎えた。
当日の受付開始は八時三十分。通常、手続きに来るのは代理人のことが多い。実際根本町長や大和田さんは代理人が来たが、結城は本人自らやって来た。
選挙用ポスターは届出順で貼る場所が決まる。受付時間前に到着したものは全て八時三十分到着扱いなので、結城と根本町長のどちらが一番かは、くじを引いて決めることになった。
俺は選挙管理委員会の兼業職員として書類をチェックする係になっていたので、結城がくじを引くところを端っこで見ていた。
箱の中のくじをとって、番号が書かれた紙を見た結城は顔を上げ、俺を見る。そして、少しだけ表情を緩めて微笑んだ。
「結城さん、一番です」
「ありがとうございます!」
結城は弾んだ声をだすと、書類をチェックするためのテーブルにやって来た。あんなことがあったのに、結城は前向きだ。
ーーその時俺は、この人に当選してほしい!心から、そう思った。
色んなことを諦めて大郷に帰った俺は、今までこんなに、何かを強く願ったことはなかった。一緒に過ごすうちに、結城を好きになり、結城が好きな大郷を好きになり、いつしか結城の夢が俺の夢になっていた。
「書類に不備はありません。受理いたします」
そして結城はポスター掲示板の場所リスト受け取るともう一度お礼を言って出て行った。たぶんこれから手分けしてポスターを貼って、その後すぐ、出陣式をするはず。
一方で書類のチェックが済むと、一旦、兼業職員の仕事は終わりだ。一緒に書類をチェックしていた中年の職員二人は呑気におしゃべりを始める。
「結城さん、相変わらずかっこよかったわね~!」
「いやぁ~。パフォーマンスが過ぎるよ。ほら、例の中傷ビラのせいで、女性の支援者が減って、大変なんじゃない?苦し紛れっていうか…。ちょっと痛々しい」
「あ~、なるほどぉ…。彼なりに、頑張ってるんだ~!」
パフォーマンスだって、何だって、とにかく結城はいつも頑張ってる。街コンを成功させたし、妨害にも屈しない…!常に、目標のために行動している。
…そうだ。
夢を叶えるなら、何か行動しなければ。何もせずに、神様に祈っているだけでは、何も起こらない。
行動に、移さなければ…!
「あ、あの、すみません。俺、ちょっと具合が悪くなって…」
「ええ?!大丈夫?!」
「無理しないで帰っていいよ!一番忙しいのは投票日だから。体調整えて!」
俺は体調不良と嘘をついて、有給の届出を出し早退した。
結城の出陣式は、大郷地蔵尊がある空き地で行われる。駐車場は一杯かもしれないから、役場を出て車は駅の近くに停めて向かうことにした。
すると、駅の近くの広場では現職の根本町長が出陣式を行っていた。応援には、俺でも知っている市長や県会議員などが顔をそろえている。
「おいおい、結城の親父さんもいるじゃねーか」
「公認は貰ってないけど、実質、政党から公認されてるからじゃねえか?ほら、結城さん保守派だし」
「そっか。これは現職で決まりだな」
集まった人からそんな声が聞こえてきて、悔しくて唇を噛み締める。俺は、結城の出陣式の場所へ急いだ。大郷地蔵尊の隣の道の駅の駐車場は思ったより空いていたので、人が集まっていないのかもしれないとドキドキしながら会場へ入った。
会場に人はいたが、先ほどの根本町長の出陣式と比べると劣って見える。辺りを見回すと大郷地蔵尊の隣の小屋に、スタッフが入って行くのが見えた。そこが控え室なのだろう。俺が入り口まで行くと、スタッフジャンバーを着た人に声をかけられた。
「ひょっとして、この間の選管の方?」
「あっ、はい…。あの、結城議員は?」
声をかけて来たのは、例の中傷ビラを俺に渡した人だった。嘘はついていないが、ドキドキしながら入り口で結城を待つ。
「黒澤くん?!」
「あ、あの…」
結城はすぐ何か察したのか、人払いして俺を控え室に招き入れた。
「黒澤くん、どうしたの?」
「結城さん。この間の写真、俺が結城さんにしつこく迫って、ああなった。だから、結城さんは、悪くない。男は好きじゃないって…、誤解だって、みんなに言おうと思って…!」
「え…?」
「俺、結城さんに町長になってほしい。ここまで頑張って、街コンも成功させたし、根本町長の疑惑も追求した。負けてほしくないんだ!」
「負けないよ」
「でも、今日だって人が少ないじゃないか…!やっぱりあの、中傷ビラのせいなんだろ?あのビラ撒いたのは大和田さんかもしれない。俺が選挙協力しなかったから、俺たちの写真を……!」
「黒澤くん…!」
俺はもう、勝手にステージに立って話をするつもりだった。
結城に背を向けて、控え室を出ようと、ドアの方へ走る。すると、ドアに手をかける直前で、結城に後ろから抱きすくめられてしまった。
「黒澤くん。震えてる…」
「……っ…」
やってやるって決めたのに、俺は意気地なしだ。
結城の言う通り身体がガタガタと震えている。
「黒澤くん、大丈夫。だって選挙戦は今日、始まったばかりだよ?まだ、投票日まで五日もある!」
「でも、あの噂をなんとかしないと…!」
「黒澤くん」
結城の俺を抱きしめる腕にぎゅっと力がこもった。
耳元で結城の声が、静かに響く。
「黒澤くん、俺、黒澤くんが好きだ。それなのに俺が黒澤くんを何とも思ってないなんて、嘘をつきたくない」
「それと、これとは違うだろ…!」
言い返したのに、結城の声はすごく優しかった。
「俺は聞かれて黙ってる方がしんどいから、友だちにはカミングアウトしてるけど、黒澤くんはそうじゃないだろ?俺は黒澤くんが安心して住める町にしたい。だから俺のために黒澤くんが無理したら、意味がないよ」
「でも…」
「今日、黒澤くんの大郷漆だるまに一つ目を入れる。5日後、ぜったい、二個目も入れる。約束する…!」
結城は一度、体を離すと、俺の体をくるっと回した。そして向かい合うと笑顔で小指をさし出す。
俺も恐る恐る指を絡めて、二人で指切りをした。
「じゃ、行ってくる!」
結城は短く言うと、控え室を出て行った。
県の選管にチラシを規定通り報告した後は仕事に忙殺され、何も考えていなかったと思う。
そしてついに、大郷町長選挙の告示日を迎えた。
当日の受付開始は八時三十分。通常、手続きに来るのは代理人のことが多い。実際根本町長や大和田さんは代理人が来たが、結城は本人自らやって来た。
選挙用ポスターは届出順で貼る場所が決まる。受付時間前に到着したものは全て八時三十分到着扱いなので、結城と根本町長のどちらが一番かは、くじを引いて決めることになった。
俺は選挙管理委員会の兼業職員として書類をチェックする係になっていたので、結城がくじを引くところを端っこで見ていた。
箱の中のくじをとって、番号が書かれた紙を見た結城は顔を上げ、俺を見る。そして、少しだけ表情を緩めて微笑んだ。
「結城さん、一番です」
「ありがとうございます!」
結城は弾んだ声をだすと、書類をチェックするためのテーブルにやって来た。あんなことがあったのに、結城は前向きだ。
ーーその時俺は、この人に当選してほしい!心から、そう思った。
色んなことを諦めて大郷に帰った俺は、今までこんなに、何かを強く願ったことはなかった。一緒に過ごすうちに、結城を好きになり、結城が好きな大郷を好きになり、いつしか結城の夢が俺の夢になっていた。
「書類に不備はありません。受理いたします」
そして結城はポスター掲示板の場所リスト受け取るともう一度お礼を言って出て行った。たぶんこれから手分けしてポスターを貼って、その後すぐ、出陣式をするはず。
一方で書類のチェックが済むと、一旦、兼業職員の仕事は終わりだ。一緒に書類をチェックしていた中年の職員二人は呑気におしゃべりを始める。
「結城さん、相変わらずかっこよかったわね~!」
「いやぁ~。パフォーマンスが過ぎるよ。ほら、例の中傷ビラのせいで、女性の支援者が減って、大変なんじゃない?苦し紛れっていうか…。ちょっと痛々しい」
「あ~、なるほどぉ…。彼なりに、頑張ってるんだ~!」
パフォーマンスだって、何だって、とにかく結城はいつも頑張ってる。街コンを成功させたし、妨害にも屈しない…!常に、目標のために行動している。
…そうだ。
夢を叶えるなら、何か行動しなければ。何もせずに、神様に祈っているだけでは、何も起こらない。
行動に、移さなければ…!
「あ、あの、すみません。俺、ちょっと具合が悪くなって…」
「ええ?!大丈夫?!」
「無理しないで帰っていいよ!一番忙しいのは投票日だから。体調整えて!」
俺は体調不良と嘘をついて、有給の届出を出し早退した。
結城の出陣式は、大郷地蔵尊がある空き地で行われる。駐車場は一杯かもしれないから、役場を出て車は駅の近くに停めて向かうことにした。
すると、駅の近くの広場では現職の根本町長が出陣式を行っていた。応援には、俺でも知っている市長や県会議員などが顔をそろえている。
「おいおい、結城の親父さんもいるじゃねーか」
「公認は貰ってないけど、実質、政党から公認されてるからじゃねえか?ほら、結城さん保守派だし」
「そっか。これは現職で決まりだな」
集まった人からそんな声が聞こえてきて、悔しくて唇を噛み締める。俺は、結城の出陣式の場所へ急いだ。大郷地蔵尊の隣の道の駅の駐車場は思ったより空いていたので、人が集まっていないのかもしれないとドキドキしながら会場へ入った。
会場に人はいたが、先ほどの根本町長の出陣式と比べると劣って見える。辺りを見回すと大郷地蔵尊の隣の小屋に、スタッフが入って行くのが見えた。そこが控え室なのだろう。俺が入り口まで行くと、スタッフジャンバーを着た人に声をかけられた。
「ひょっとして、この間の選管の方?」
「あっ、はい…。あの、結城議員は?」
声をかけて来たのは、例の中傷ビラを俺に渡した人だった。嘘はついていないが、ドキドキしながら入り口で結城を待つ。
「黒澤くん?!」
「あ、あの…」
結城はすぐ何か察したのか、人払いして俺を控え室に招き入れた。
「黒澤くん、どうしたの?」
「結城さん。この間の写真、俺が結城さんにしつこく迫って、ああなった。だから、結城さんは、悪くない。男は好きじゃないって…、誤解だって、みんなに言おうと思って…!」
「え…?」
「俺、結城さんに町長になってほしい。ここまで頑張って、街コンも成功させたし、根本町長の疑惑も追求した。負けてほしくないんだ!」
「負けないよ」
「でも、今日だって人が少ないじゃないか…!やっぱりあの、中傷ビラのせいなんだろ?あのビラ撒いたのは大和田さんかもしれない。俺が選挙協力しなかったから、俺たちの写真を……!」
「黒澤くん…!」
俺はもう、勝手にステージに立って話をするつもりだった。
結城に背を向けて、控え室を出ようと、ドアの方へ走る。すると、ドアに手をかける直前で、結城に後ろから抱きすくめられてしまった。
「黒澤くん。震えてる…」
「……っ…」
やってやるって決めたのに、俺は意気地なしだ。
結城の言う通り身体がガタガタと震えている。
「黒澤くん、大丈夫。だって選挙戦は今日、始まったばかりだよ?まだ、投票日まで五日もある!」
「でも、あの噂をなんとかしないと…!」
「黒澤くん」
結城の俺を抱きしめる腕にぎゅっと力がこもった。
耳元で結城の声が、静かに響く。
「黒澤くん、俺、黒澤くんが好きだ。それなのに俺が黒澤くんを何とも思ってないなんて、嘘をつきたくない」
「それと、これとは違うだろ…!」
言い返したのに、結城の声はすごく優しかった。
「俺は聞かれて黙ってる方がしんどいから、友だちにはカミングアウトしてるけど、黒澤くんはそうじゃないだろ?俺は黒澤くんが安心して住める町にしたい。だから俺のために黒澤くんが無理したら、意味がないよ」
「でも…」
「今日、黒澤くんの大郷漆だるまに一つ目を入れる。5日後、ぜったい、二個目も入れる。約束する…!」
結城は一度、体を離すと、俺の体をくるっと回した。そして向かい合うと笑顔で小指をさし出す。
俺も恐る恐る指を絡めて、二人で指切りをした。
「じゃ、行ってくる!」
結城は短く言うと、控え室を出て行った。

