静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

『選挙達磨ありがとう。すごく嬉しいです。黒澤くんの期待に応えられるよう頑張ります』

 結城からはどこか他人行儀な、まるで支援者に向けたようなメッセージが送られて来た。

 あんな、一方的に酷い事を言って投げつけた達磨を持って帰ってくれただけ、良かったと思うべきなのは分かっている。でも、戻って来てくれることを期待していたから、ショックを受けてしまった。

 選挙の情勢はというと、不正の疑惑がありながらも、『新道の駅』という公共工事を掲げた現職町長が手堅く票を集めており、結城が不利だと伝えられている。

 選挙では必ずしも正義が勝つわけではない。過去、有罪判決を受けても当選した例もあるくらいだ。

 根本町長は選挙期間中だけでなく普段から地域会合、冠婚葬祭へも徹底して出席するなど三百六十五日選挙体制だった。議員一期目の結城とは土台が違うのだ。結城はそれを分かっていて出馬した。その、熱意を買ってほしいけど…。現状、大郷の有権者には伝わっていない。

 そして、三月の最終週。ついに、地方統一選挙が始まった。

 地方統一選挙とは、全国の自治体で首長や議員をまとめて選ぶ大規模な選挙のこと。まずは都道府県で知事・県議会議員選挙が行われたあと、その三週間後に市区町村で町長選挙や町議会議員選挙が続けて実施される。

 県の選挙は基本、県の選挙管理委員会が行うが、投票所の運営は町役場が担当する。

 告示日の今日、俺も県知事、県会議員選挙の準備を手伝っていた。

「黒澤くん!ちょっと頼まれてくれない?」
「どうしました?」
「今日、駅の近くで結城県議の出陣式やってるでしょ?そこでチラシのことで揉めてるらしいの。確認してきてもらえる?」
「え…っ?!」
「チラシを受け取って、状況確認してきて。若いんだから動く!よろしく~!」

 結城の父親は県会議員だ。

 選挙の大票田は隣の市だが、午後から大郷でも出陣式をすると聞いていた。そこで、何かあった…?考えただけで、背筋が凍る。

 選挙は怖い。

 駅に近づくにつれて、普段は人影のない道に、ぽつぽつと人の姿が現れはじめた。出陣式は終わったようだが、出陣式が行われていた駅前の広場にはまだ人だかりが出来ている。

 選挙応援者らしい揃いのジャンパーを着た人たちが、落ちているビラを拾って、走って行った。俺はスタッフの人を追って、簡易で建てられた選挙スタッフ用と思われるテントの近くまで行った。

 声を掛けようとすると、中から話し声が聞こえて来る。

「選挙前に脇が甘すぎる!こんな写真ばら撒かれるなんて、なんてみっともないんだ!」
 
 怒りに震えたその声には聞き覚えがあった。県会議員の、結城の父親だ。

「すみません…」

 続けて結城の声も聞こえて来たので俺は声を掛けることもできず、その場で固まった。

「もう町長選への出馬はやめろ!根本町長は公認見送りも不正受給もなんのその、過半数の票を固めている!泡沫候補も出て無党派票が割れるお前に勝ち目はない!」
「…やめません!」
「目を覚ませ!ホモだなんだと噂を流された上に選挙で負けたら、いい笑い者だぞ!?」

 ホモだと、噂を流された…?

 チラシのことで揉めていると聞いていたけど、まさか…。

 俺は一気に目の前が暗くなった。

 結城が沈黙したことで父親の苛立ちは増したようだ。声がさらに荒くなる。

「出馬を諦めて町長の娘と結婚しろ!ずっと話はもらっていたんだ…。それが実現すればホモだなんて、ただの嫌がらせだと言い切れる。結婚したら四年後、私の跡を継いで次の県会議員選挙にでろ!」
「町長選に出ます!それに結婚はしません!」

 結城は父親の提案をキッパリと拒否した。

 きっとそんな保守通り越して旧態依然とした大郷を変えるために、立候補するつもりなんだ。でも、もしその信念を全うしたいなら、嫌なことも飲み込んで、まずは当選して町長になることが必要なんじゃないか…?

「ひょっとして町の選管の方ですか?」

テントの前に立ち尽くしていると後ろからスタッフジャンパーを着た人に声をかけられた。

「は、はい。チラシの件で、何かあったと聞いて…」
「そうなんですよ!これ!見てください。酷い誹謗中傷でしょう?!」

そう言って差し出されたチラシを見て、息が止まりそうになった。

 それは、あの雨の日。俺たちが車内でキスしているところだった。

 写真は正面から、すれ違いざまに撮られたようだ。結城が覆い被さるような体勢だったので、俺の顔は写っていない。

 しかし女性でないことはわかる。

 写真には『結城町議はホモ、子供を増やす気なんてない』と書かれていた。

 ーーどうして、こんな酷いことが出来るんだ?選挙に勝つためなら、人を傷つけてもいいのか…?

「戻って、県の選管に提出します」
「お願いします!こっちも警察に通報しましたから!」

俺は走って、その場から逃げ出した。