静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

「選挙管理委員会、兼任職員に、俺が…?」
「そう。四月頭の県会議員選挙とその三週間後の町長、町会議員選挙までだけど」
「そんなに長く…?!」
「仕方ないだろ。地方統一地方選挙は、そういうもんだ。公務員は指名されたら断れないんだよ!」

 課長に呼び出された時点で嫌な予感はしていたが、やはり選挙管理委員会の兼任職員の指名だった。

 兼任職員は当日、十五時間以上の勤務になる過酷なもの。ひょっとして先日の助成金の件で嫌がらせされてるのかもしれない…。

 モヤモヤ考え事をしていると、突然来客だと呼び出された。

「黒澤くん。お久しぶりです!」
「え、大和田さん?!」

 来客は、街コンを主催したイベント会社社長の大和田さんだった。なぜ、こんな所に…?!

「私ね、大郷町長選挙に出ることにしたの。先日の立候補者説明会に参加できなかったから、必要な書類や広告のルールを教えて欲しくて」
「大郷町長選挙に、でる…!?」

 驚き過ぎて、声が裏返った。

 そう言えば大和田さんも同郷だと言っていたが。なぜ突然?それに…。

「大郷町長選挙に出るには、大郷での選挙権が必要です。そのためには三ヶ月以上前から大郷に居住していなければなりません」
「だからちょうど街コンで来た時に、住民票を移しました!」
「え…っ?!」
「街コンの時、根本町長に言われたんですよ。女性首相も誕生した今のタイミングで街コンを成功させた大和田さんが出たら強敵だな~って!」

それは完全にお世辞だろう…。まさかそれを真に受けて、本当に出馬する気なのか?!

「私も地元のために何かしたいって気持ちがずっとあって、それで結城さんと街コンを企画、運営してきたんだけど。彼、反対派に押されて会場使えなくなったり、すごく頼りないじゃない?」
「は、はあ…」
「しかも今、根本町長って不正疑惑で追い詰められてるんでしょう?」
「それは、あくまで疑惑です…」

かなりダメージを与えたことは確かだが、捜査は公にされておらず、現状分かっている事実は入札の不正をしていたと思われる菊池部長と町長が親戚というだけ。いくら部長といえど、何の後ろ盾もなく計画図面を勝手にいじれないと思うが…。

 しかし、あくまで疑惑は疑惑、なのだ。

「疑惑といえど、町長のイメージダウンは間違いない。それなのに結城くんは公認もとれてないのよ?!この状況、私に風が吹いてるでしょ!」

大和田さんに風が吹いているとは思わないが、結城にとっては痛手だ。

 大和田さんは殆ど地元で活動しておらず、当選する見込みは薄い、いわゆる泡沫候補だが…。それでも反新道の駅派の票を減らすことはできるだろう。

 せっかく『新道の駅構想』反対派をまとめているというのに…、なんてことだ。

 まさか町長のやつ、それを狙って、大和田さんを煽ったのか…?!

 

「…大和田さん、選挙に出るには供託金も必要ですよ」
「それは知ってます」

経営者にとって供託金なんてたいして足枷にはならないようだ。他に、止められそうな理由は思い浮かばない。

「供託金の話すれば私が引くと思った?やっぱり結城くんの恋人としては、私が立候補するの、気に入らない?」
「先日も言いましたが、俺、結城さんの恋人ではありません」
「ふーん…?」

しまった。余計なことを言った…。大和田さんは結城のセクシャリティも知ってる。

 万が一、機嫌を損ねてその事をばらされたりしたら、大郷では致命的。俺は必死に、笑顔を作った。

「告示日に持って来ていただくものは、立候補届出書、宣誓書、戸籍謄本、それに印鑑、選挙広報用の原稿と写真…」

しかし、説明しながらどうしても震えてしまう。

 必死で説明を終えると、大和田さんは俺に顔を近づけた。

「黒澤くん、あのさ。私のこと応援してくれない?」
「え……?」
「地元こっちなんでしょ?市役所の中とか、親戚とか、大郷漆保存会とか、何人くらいお願いできる?」
「先日のイベントではお世話になりましたが、公務員は中立が原則なので、選挙協力はできません」
「でも、協力してくれないと、結城くんが大変な事になっちゃうかもしれないよ?ほら、結城くんはさ~…。こんな田舎だと、そんなこと理解されないでしょ?」

大和田さんは暗に俺を脅してきた。同郷の、友人ではないのか?信じられない…!

「これ、私の後援会の申し込み書だから!足りなかったら言ってね♡」

彼女はそういうと、笑顔で帰って行った。

 告示日前の候補者は表立って選挙活動が出来ないため、後援会加入をお願いする形で票を集める。

 渡された大和田さんの後援会のパンフレットなんて捨ててしまいたかったが、仕方なくそれを鞄にしまった。パンフレットを入れた鞄は、ずっしりと重い。

 家に帰ってから土間に置いた達磨を見た。

 素人なので若干見劣りするが、俺は大郷漆で色を染め選挙達磨を完成させていた。選挙が終わったら俺も結城を好きだと告白して、一緒に目をいれようと思って、浮かれて作ったのだ。

 そこへ今日、冷水を浴びせられ、震えが止まらない…。

 その時、スマートフォンに着信が来た。相手は結城だった。

「黒澤くん、今、大丈夫?」
「結城さん…」
「実はもう、家の前まで来てるんだけど、会える?」
「え…?」

 俺は慌てて、家の外に出た。するとちょうど結城が車から降りてくるところだった。俺は慌てて、結城を引っ張って家の中に入る。

「この辺、家は少ないけど、もし誰かに見られたらどうするんですか!」
「別に、見られたってどうってことないよ。黒澤くん、俺は大丈夫」

結城は俺の目をしっかり見つめて、子供に言い聞かせるように大丈夫だと言った。けれど俺は首を振る。

「大郷の高齢者率は四六%以上!六十五歳以上のLGBTの受容度は五十%を下回ってる!もし、ゲイだって噂を流されたりしたら、大丈夫なわけない!」
「……黒澤くん、今日大和田さんに会ったんだろ?ひょっとして、俺がゲイだってバラすとか脅された?」

 結城は俺が大和田さんと今日会ったことを聞いて、ここに来たようだ。俺を、心配して?

「……」
「やっぱり、そうなんだ…。でも、黒澤くんが気にすることないから。俺は別に、昔から聞かれたら言ってるし、隠してない」
「でも、大郷では…!」
「それを変えるために、俺は立候補する!」
「立候補したって当選しなきゃ意味がないだろ!?」
「黒澤くん、俺が落ちると思ってんの?」
「公認取れなくて、泡沫候補まで現れて。その上ゲイって噂まで流されたりしたら…。そうなったら大郷で票は集まらない!」
「見損なうな!!」

 結城に怒鳴られて、頭に来た。

 結城のこれまでの頑張りが、大郷が好きで住みやすい街にしたいっていう、前向きな気持ちが、全部無かった事になるんじゃないかって…すごく不安なのに。

 それなのに…!

 俺の発言が気に入らなかったのか、結城は怒って背を向けた。土間から玄関へ向かい、扉を勢いよく開けると出て行ってしまう。

 俺は咄嗟に土間にあった大郷漆の達磨を持って、結城を追いかけた。

 玄関を出たところでそれを背中に投げつけると、そのまま、勢いよく玄関の扉を閉める。

 達磨が結城の背中に当たって、芝生に落ちる鈍い音が聞こえた。

 ーー最悪、最悪だ…。俺、自分の不安を結城にぶつけた…。

 自分にもっと力があって強かったら、大和田さんに脅されたりしなかったはずだ。

 なのに、結城に酷い事を言って達磨を投げつけたりして…。

 自己嫌悪に陥り、玄関で丸くなっていると、車のエンジン音が聞こえた。その音は次第に遠ざかっていく。