静かに暮らしたいのに町長選挙に巻き込まれました

 迎えに行って以降、二月に入ってからは結城と会っていないが、俺は浮かれていた。最高に浮かれて直径三十五cmの白だるまを特注で購入してしまった。

 もちろん結城の『選挙に勝って大郷漆達磨に目を入れたい』という夢を叶えるため…。この白だるまに大郷漆を塗って、プレゼントするんだ!

「大きいな~…。しかも選挙の達磨って『必勝』って文字入れるのか…めちゃくちゃ難しそう…」

 漆掻きは祖父から習っていたが、塗る方はど素人。取り敢えず練習から始めることにしたが、こんなペースであと二ヶ月で完成するのか…?!

 まだ完成の目処が立たないまま3月を迎え、町役場では最後の議会が開催された。

 職員は担当でなければ議会を傍聴することはできない。俺はいつものように、ロビーで会場整備を担当しながら近くに置かれたテレビで配信を見ていた。町長は今年度最後の議会で新道の駅の予算を成立させ、その勢いで町長選を戦う目論みだ。担当課長の発表内容は、完璧だった。

「ではこれより質疑に入ります。通告に従い、結城議員」

 結城もここが正念場だ。この質問で新道の駅の異議を明確かつ納得できるものにしておかないと選挙戦は不利になる。

 結城が登壇する間、議場は静まり返った。

「議案第四号、令和九年度一般会計予算のうち、道の駅整備事業費について質疑いたします」

 結城の声は落ち着いていたが、俺は落ち着かずそわそわしていた。しかし、結城の次の発言で画面に釘付けになる。

「事業費の質問の前に、Uターン助成金について確認したいことがあります。議長、許可をお願いします」
「それは、事前に通告のない内容ですが…」
「事業費の質問に関連し、必要な内容です」

 町長派の議員からはヤジが飛んだが、議長と結城は事前に話し合っていたのだろう。少し間をとったあと、議長は質問を許可した。

「資料を写しながら説明します。前方のスクリーンをご覧ください」

 結城が議場前方に映したのは、俺が指摘した石窯ピザ店のUターン助成金の支払い通知だった。

「この通知にある女性は県北の短大を卒業後、そのままその周辺で暮らしています。それなのにUターン助成金の申請が行われていました。本人は、『給料は町の事業として半額支払われる』と聞かされていたようです」

つまり、労働契約の半分を助成金で賄い、実質その分を着服していたということか。議会はざわざわと騒がしくなり、波紋が広がり始めた。

「給料の件は、女性が労働基準監督署に相談していて、まもなく労働基準監督署の立入検査が行われる見込みです」

 結城は酔っ払っていたけど俺の話は聞いていたらしい。そもそもあのピザ店に俺を連れて行った時点で、結城は、元々なにか怪しんでいたのかもしれない。あれから今日までの間に、かなり調査を進めている様子。

「結城議員。その件はわかりました。しかしそれが道の駅とどのような関係が?」
「このピザ店の申請書を確認した地域振興課の担当者は、女性のSNS投稿を偶然見て事業計画書を確認すべきと進言したそうです。しかし、その申請を強引に押し切ったのは都市計画課の担当部長でした。彼は新道の駅担当部長です。そうですね、菊池部長?」

 新道の駅の担当である菊池部長は、結城を睨みつけている。この様子では素直に認めたりはしないだろう。

「結城議員、質問は…」
「質問は議長を通すんでしたね、申し訳ありません、新人なもので…。では次に、新道の駅の計画図面をご確認ください。今回特に確認いただきたいのはここです。ここの、飲食店の配置。それに排煙設備。ずいぶん特殊な作りだし、予算も多く取っています。入札前だというのにまるで、ここに『石窯ピザ店』を設置するかのような状況です」

 結城が発言するとすぐ、町長派の議員たちからヤジが飛んだ。

「おい結城!お前、証拠があって言っているのか!?下手したら名誉毀損だぞ!」

 あの日も、結城は資料を見ながら何か考えていたようだったが。こんな事、考えていたのか?

 だが先ほどの話から察するに、状況だけで証拠はない。

 地方議員の議会での発言に免責特権はないが、町のためなら自由な発言が認められている。名誉毀損にはならないとふんで、賭けに出たのだ。仕掛けた結城は、落ち着き払っている。

「不正の可能性がある助成金が支払われたこと。新道の駅の図面が予め特定の飲食店を想定して作られたのではないかということ。その二つの飲食店が同じで、二件とも菊池部長が関わっている。私は、状況をもとに事実を言っているだけです」
「嘘をつけ!」
「嘘は言っていません、ただ、質問しているだけです。教えていただけませんか、菊池部長…。なぜ、入札前なのにこんな特殊な図面になっているのか。なぜ、不正受給を認めたのか…」

結城が質問すると、菊池部長はワナワナと震えながら結城を睨みつけた。しかし何も答えられないでいると、結城は少し口角をあげる。

「菊池部長、答えられないんですか?まさか、もっと上の、誰かに頼まれたとか…?そう言えば『菊池』さんて、大郷には多い苗字ですね。確か町長の奥様の旧姓も……」

そう結城が問いかけると、都市計画課の部長は途端に青ざめた。

「申し訳ありません、旧姓、思い出せません。奥様の旧姓、ご存知でしたら教えていただけませんか?」
「や、やめろっ!」

とうとう我慢できなくなったのか菊池部長は叫んだ。そうだ、確か町長の奥さんの旧姓…!

「奥さんたしか、菊池だったな…」

 ロビーのモニターを見ていた職員から、奥さんの旧姓が囁かれる。それは議場も、同じだったようで、道の駅反対派から怒声が飛ぶ。

 菊池部長は都市計画の担当になり、知り合いに助成金の便宜を図っていた。さらにその菊池部長が、町長の奥さんの親戚だとすると、根本町長の関与も疑わしい…!

「では、改めて道の駅整備事業費について伺います」

 結城の凛とした声が、議場に響いた。

「この新道の駅予算。本当に正しく決定されているのでしょうか?この内訳について、担当部長の答弁を求めます!」

 結城の質問が終わるとすぐに、賛成派反対派入り乱れて議場は騒音に包まれた。

「印象操作だ!」
「印象操作はどちらだ!答弁できないのがおかしい!説明しろ!」
「静粛に願います!」

 議長が木槌を強く打ち鳴らす。それでもなおヤジは止まらない。

「録音を止めてください。暫時休憩とします!」

 議長の声に合わせて議場の扉が開き、町長選の取材に来ていたはずの記者たちが一斉に駆け出してきた。きっと、根本町長の奥さんの登記を調べるつもりだ。

 そして、町長が新道の駅や助成金について親戚に便宜を図ったのではないかという疑惑は地元マスコミに報じられた。

 かなり致命的なダメージを負わせたと、俺は思った。

 ——普通の感覚なら、これで新町長は結城のはず。

 しかし、喉から手が出るほど欲しかった保守政党の公認。政党側は根本町長への公認を見送ったものの、結城を推薦することもなかった。