こんなことを言ったら罰当たりだと思われるかもしれないが、喪服ってなんだかいやらしい。きっとこの背徳感に性欲を掻き立てられるのだ。だからアダルトビデオの未亡人というのは必ず喪服を脱がされる。
俺は慌てて駆けつけた葬儀場で、喪服を着ているその男を眺めながら、かなり不謹慎なことを考えていた。もし彼に喪服を脱がされたら、どんな気持ちになるだろう…?なんて。
「この度はご愁傷様です」
その男の無造作に真ん中で分けられた髪は、突然の涙雨に濡れ、艶やかに光っていた。無駄のない輪郭と均整の取れた顔立ちを、伏せられた切長の瞳がより一層際立たせている。そして顔だけではなく、スラリと伸びた長身も周囲の視線を集めていた。
「まあ、結城町議!わざわざすみません…!」
愛しい亭主が亡くなったと言うのに、明らかなイケメンの登場に、喪主の夫人の声は少し弾んでいた。これは仕方ない、何歳の女性でも、イケメンにはついうっとりとしてしまうものだ。例えそれが町会議員の点数稼ぎだったとしても、本能には抗えない。恋愛対象が男性である俺も、思わず彼を見つめていた。
その男は『結城隼人』。つい四ヶ月前、ここ大郷町議会の補欠選挙に当選した若干二十六歳の若手議員だ。大郷町や隣の市を地盤とする県会議員の息子で職業弁護士。トキメキ要素大渋滞の男である。
「この度は突然のことで…」
「そうなの。本当に困っちゃうわ。とくに困ったのが『大郷漆掻き保存会』の会長のことなんだけど…。あ…!」
喪主の夫人は突然振り返り、告別式の後そうっと帰ろうとお見送りの列に並んでいた俺に向かって大きく手を振る。
「黒澤くん、こっち!」
大声で呼ばれてしまい、俺は仕方なく夫人と結城のところへ走った。
「あの、この度はご愁傷さまです…」
人前に出るのは得意ではない。それなのにこんなに注目されている人の前に引っ張り出されてしまい、俺は萎縮しながらモゴモゴと挨拶した。
「主人が会長をしていた『大郷漆掻き保存会』の後任は彼に頼もうと思ってるの」
「えっ、それはお断りしたはずです!」
急逝した夫人の旦那様は『大郷漆掻き保存会』の会長で、俺にその跡を継げというのだ。祖父が農業の傍らやっていた漆掻きを趣味で引き継いだだけの俺は、生前会長にもきっぱりと断りを入れている。それなのにまた夫人に会長をと言われて俺は動揺した。会長なんかになったら、会合、イベント、取材と駆り出されて、静かな暮らしなど無縁の生活になってしまう!
「私は町役場職員なので、町の補助金が出ている団体の代表にはなれません!」
「ねえ、黒澤くんはこう言うんだけど、結城さん法律に詳しいでしょ?本当のところどうなの?」
夫人が俺を指差すと、結城と視線が合った。若干二十六歳の彼は弁護士だけあって出陣式でも驚くほど堂々と演説していたのに、俺を見た結城はなぜか驚いたように目を丸くして固まった。
「あら?二人は初めてだったかしら?黒澤くんは亡くなったおじいさんの跡を継いで漆掻き保存会に入ってるのよ。でも普段は役場の職員だから、てっきり知り合いかと思ってた」
「…存じ上げています。地域振興課の黒澤さんですよね?普段とイメージが違ったので、一瞬わかりませんでした」
俺はいつも、役場では地味な作業服を着ている。おしゃれでもない、若いってだけで全然目立たない俺のこと、知っていたのか?なぜか俺の喪服姿に驚いたらしい結城は少し頬を染め、どこか落ち着かなそうに視線を泳がせている。
「確かに、黒澤さんは町役場の職員ですし、利益相反と認定される可能性がありますね」
結城の発言に俺は頷いたが、夫人は悲しそうな顔をした。
「でも、主人はずっと漆掻き保存会は若い人に任せたいって言っていたの。大郷の伝統を守るには、若い人が参加しないとダメだって」
漆といえば輪島だと思っている人が多いが、実はこの街の隠れた名産なのだ。全国第三位の生産量を誇り、日光東照宮の補修にも使われる、品質は一級品。しかし限界集落と呼ばれる大郷では後継者不足に悩まされている。なにせ大郷は六十五歳以上の人口が四十五%超え、若年層六%以下だから当然の状況なのだが。
「だから私、ほら結城さんがやる街…、なんとかで漆の集まりをしたらいいんじゃないかって思ったのよ!黒澤くんならまだ25歳で若いから、ちょうどいいでしょ?」
「それって街コンで、大郷漆掻き保存会の体験会をするってことですか?!無理ですよ!」
街コンというのは、『街・合コン』の略で地域を舞台とした出会いイベントだ。結城が『ここで出会って結婚すれば、この街の住人になるんじゃないか?』と企画し、十二月に開催されると聞いている。
そんな出会い系若者イベントで爺さん婆さんしかいない漆掻き保存会の体験会をするなんて、場違い過ぎるだろ!
第一俺は、若い女がいない大郷なら無理に縁談を勧められないから、祖父の家を相続して一人で大郷に住んでいるんだ。この山奥の村でひっそり趣味の漆掻きをして、暮らしていきたい。それなのに、若い女がくる街コンに出るなんて嫌すぎる!
「完全に無理ってことでもないかと。例えば…」
結城が口を開きかけた時、高級そうな甘い匂いがふわっと鼻をくすぐった。その匂いの主に気づいた夫人は少し表情をこわばらせる。
「根本町長の奥様…!」
「この度は、ご愁傷さまです…」
香りの主は大郷町長の奥さんだった。彼女は滑らかな生地の喪服を着こなし、上品に頭を下げた。会長の生前『保存会』に顔を出したことはないが、役職者の葬式には来なければならない、町長の妻としての仕事を完璧にこなしている。
喪主の夫人同様、俺はビクビクしていた。
なぜなら結城は、本命の町長選挙に出馬するため任期十ヶ月しかない補欠選挙に出たと言われている。つまり現町長と結城は来年四月の地方統一選挙で町長選を戦うのだ。
奇しくも俺は今、現町長の妻と下剋上を目論む若者に挟まれてしまっている…!周囲の人たちの、好奇の目が注がれる。嫌すぎる!俺はこんなことが一番嫌いなのに!
「あら、結城くんじゃない」
「これは町長の奥様、ご無沙汰しています」
二人は視線などどこ吹く風で、簡単な挨拶を笑顔で交わす。なんか、逆に怖いんですけど!?
「結城くん、相変わらずかっこいいわね~。街コンもいいけどうちの娘なんてどう?今年二十五なんだけど、まだ独身なのよ~」
「私は町議一年目ですし、身を固めることは考えていません」
「町議は一年目だけど、弁護士としては数年キャリアがあるんでしょ?こんな田舎で政治家するより、そっちの方がいいわよ!」
「いえ、私は地方創生を使命だと思っています。もっとこの大郷町を住みやすい町にしたいんです!」
立派だ。立派な考えだ!けど今ここで表明しなくてもいいんじゃないか?二人はこの狭い町では有名人だ。あっという間に別の人が二人を取り囲み、俺は難を逃れた。その隙に夫人に会釈し会場から逃げ出す。逃げ出す途中で、集まった人たちの会話が自然と聞こえてきた。
「町長の奥さんと結城町議、やりあってんな。いやどうも、おっかねぇ~」
「結城さん、根本町長の新道の駅構想反対って議会で大演説したらしいよ。なんでも反対すりゃ良いってもんじゃないと思うがな~」
「若えからな、地元のことが分かってねぇんだ。公共工事なかったら俺たちやってけねえよ」
新道の駅構想とは古くなった旧道の駅を廃止して、新たな道の駅を建てるという現町長の目玉政策である。道の駅は既にあるのだが別な場所に新たに建てるという、かなり強引な箱物行政だが、滝の見える公園しか観光資源がない地方には公共工事が必要だと、歓迎する者も多い。一時期場所について揉めたものの、計画は進行している。
それなのに、反対し続けるなんて。努力家なのか、夢見る乙メンか、どっちかだ。いずれにせよこの町は、今いる人達が食えるだけの仕事をして、静かに老いて朽ちていく場所なんだ。夢みる若者が来るところじゃない…。俺もここで趣味の漆掻きをしながら、ひっそり朽ちていくつもりだ。
もう、同性の友人を好きになって失恋して絶望したりしない。平和に、日々を過ごすんだ…!
「黒澤さん!」
それなのに、結城隼人は俺の肩を叩いた。
俺は慌てて駆けつけた葬儀場で、喪服を着ているその男を眺めながら、かなり不謹慎なことを考えていた。もし彼に喪服を脱がされたら、どんな気持ちになるだろう…?なんて。
「この度はご愁傷様です」
その男の無造作に真ん中で分けられた髪は、突然の涙雨に濡れ、艶やかに光っていた。無駄のない輪郭と均整の取れた顔立ちを、伏せられた切長の瞳がより一層際立たせている。そして顔だけではなく、スラリと伸びた長身も周囲の視線を集めていた。
「まあ、結城町議!わざわざすみません…!」
愛しい亭主が亡くなったと言うのに、明らかなイケメンの登場に、喪主の夫人の声は少し弾んでいた。これは仕方ない、何歳の女性でも、イケメンにはついうっとりとしてしまうものだ。例えそれが町会議員の点数稼ぎだったとしても、本能には抗えない。恋愛対象が男性である俺も、思わず彼を見つめていた。
その男は『結城隼人』。つい四ヶ月前、ここ大郷町議会の補欠選挙に当選した若干二十六歳の若手議員だ。大郷町や隣の市を地盤とする県会議員の息子で職業弁護士。トキメキ要素大渋滞の男である。
「この度は突然のことで…」
「そうなの。本当に困っちゃうわ。とくに困ったのが『大郷漆掻き保存会』の会長のことなんだけど…。あ…!」
喪主の夫人は突然振り返り、告別式の後そうっと帰ろうとお見送りの列に並んでいた俺に向かって大きく手を振る。
「黒澤くん、こっち!」
大声で呼ばれてしまい、俺は仕方なく夫人と結城のところへ走った。
「あの、この度はご愁傷さまです…」
人前に出るのは得意ではない。それなのにこんなに注目されている人の前に引っ張り出されてしまい、俺は萎縮しながらモゴモゴと挨拶した。
「主人が会長をしていた『大郷漆掻き保存会』の後任は彼に頼もうと思ってるの」
「えっ、それはお断りしたはずです!」
急逝した夫人の旦那様は『大郷漆掻き保存会』の会長で、俺にその跡を継げというのだ。祖父が農業の傍らやっていた漆掻きを趣味で引き継いだだけの俺は、生前会長にもきっぱりと断りを入れている。それなのにまた夫人に会長をと言われて俺は動揺した。会長なんかになったら、会合、イベント、取材と駆り出されて、静かな暮らしなど無縁の生活になってしまう!
「私は町役場職員なので、町の補助金が出ている団体の代表にはなれません!」
「ねえ、黒澤くんはこう言うんだけど、結城さん法律に詳しいでしょ?本当のところどうなの?」
夫人が俺を指差すと、結城と視線が合った。若干二十六歳の彼は弁護士だけあって出陣式でも驚くほど堂々と演説していたのに、俺を見た結城はなぜか驚いたように目を丸くして固まった。
「あら?二人は初めてだったかしら?黒澤くんは亡くなったおじいさんの跡を継いで漆掻き保存会に入ってるのよ。でも普段は役場の職員だから、てっきり知り合いかと思ってた」
「…存じ上げています。地域振興課の黒澤さんですよね?普段とイメージが違ったので、一瞬わかりませんでした」
俺はいつも、役場では地味な作業服を着ている。おしゃれでもない、若いってだけで全然目立たない俺のこと、知っていたのか?なぜか俺の喪服姿に驚いたらしい結城は少し頬を染め、どこか落ち着かなそうに視線を泳がせている。
「確かに、黒澤さんは町役場の職員ですし、利益相反と認定される可能性がありますね」
結城の発言に俺は頷いたが、夫人は悲しそうな顔をした。
「でも、主人はずっと漆掻き保存会は若い人に任せたいって言っていたの。大郷の伝統を守るには、若い人が参加しないとダメだって」
漆といえば輪島だと思っている人が多いが、実はこの街の隠れた名産なのだ。全国第三位の生産量を誇り、日光東照宮の補修にも使われる、品質は一級品。しかし限界集落と呼ばれる大郷では後継者不足に悩まされている。なにせ大郷は六十五歳以上の人口が四十五%超え、若年層六%以下だから当然の状況なのだが。
「だから私、ほら結城さんがやる街…、なんとかで漆の集まりをしたらいいんじゃないかって思ったのよ!黒澤くんならまだ25歳で若いから、ちょうどいいでしょ?」
「それって街コンで、大郷漆掻き保存会の体験会をするってことですか?!無理ですよ!」
街コンというのは、『街・合コン』の略で地域を舞台とした出会いイベントだ。結城が『ここで出会って結婚すれば、この街の住人になるんじゃないか?』と企画し、十二月に開催されると聞いている。
そんな出会い系若者イベントで爺さん婆さんしかいない漆掻き保存会の体験会をするなんて、場違い過ぎるだろ!
第一俺は、若い女がいない大郷なら無理に縁談を勧められないから、祖父の家を相続して一人で大郷に住んでいるんだ。この山奥の村でひっそり趣味の漆掻きをして、暮らしていきたい。それなのに、若い女がくる街コンに出るなんて嫌すぎる!
「完全に無理ってことでもないかと。例えば…」
結城が口を開きかけた時、高級そうな甘い匂いがふわっと鼻をくすぐった。その匂いの主に気づいた夫人は少し表情をこわばらせる。
「根本町長の奥様…!」
「この度は、ご愁傷さまです…」
香りの主は大郷町長の奥さんだった。彼女は滑らかな生地の喪服を着こなし、上品に頭を下げた。会長の生前『保存会』に顔を出したことはないが、役職者の葬式には来なければならない、町長の妻としての仕事を完璧にこなしている。
喪主の夫人同様、俺はビクビクしていた。
なぜなら結城は、本命の町長選挙に出馬するため任期十ヶ月しかない補欠選挙に出たと言われている。つまり現町長と結城は来年四月の地方統一選挙で町長選を戦うのだ。
奇しくも俺は今、現町長の妻と下剋上を目論む若者に挟まれてしまっている…!周囲の人たちの、好奇の目が注がれる。嫌すぎる!俺はこんなことが一番嫌いなのに!
「あら、結城くんじゃない」
「これは町長の奥様、ご無沙汰しています」
二人は視線などどこ吹く風で、簡単な挨拶を笑顔で交わす。なんか、逆に怖いんですけど!?
「結城くん、相変わらずかっこいいわね~。街コンもいいけどうちの娘なんてどう?今年二十五なんだけど、まだ独身なのよ~」
「私は町議一年目ですし、身を固めることは考えていません」
「町議は一年目だけど、弁護士としては数年キャリアがあるんでしょ?こんな田舎で政治家するより、そっちの方がいいわよ!」
「いえ、私は地方創生を使命だと思っています。もっとこの大郷町を住みやすい町にしたいんです!」
立派だ。立派な考えだ!けど今ここで表明しなくてもいいんじゃないか?二人はこの狭い町では有名人だ。あっという間に別の人が二人を取り囲み、俺は難を逃れた。その隙に夫人に会釈し会場から逃げ出す。逃げ出す途中で、集まった人たちの会話が自然と聞こえてきた。
「町長の奥さんと結城町議、やりあってんな。いやどうも、おっかねぇ~」
「結城さん、根本町長の新道の駅構想反対って議会で大演説したらしいよ。なんでも反対すりゃ良いってもんじゃないと思うがな~」
「若えからな、地元のことが分かってねぇんだ。公共工事なかったら俺たちやってけねえよ」
新道の駅構想とは古くなった旧道の駅を廃止して、新たな道の駅を建てるという現町長の目玉政策である。道の駅は既にあるのだが別な場所に新たに建てるという、かなり強引な箱物行政だが、滝の見える公園しか観光資源がない地方には公共工事が必要だと、歓迎する者も多い。一時期場所について揉めたものの、計画は進行している。
それなのに、反対し続けるなんて。努力家なのか、夢見る乙メンか、どっちかだ。いずれにせよこの町は、今いる人達が食えるだけの仕事をして、静かに老いて朽ちていく場所なんだ。夢みる若者が来るところじゃない…。俺もここで趣味の漆掻きをしながら、ひっそり朽ちていくつもりだ。
もう、同性の友人を好きになって失恋して絶望したりしない。平和に、日々を過ごすんだ…!
「黒澤さん!」
それなのに、結城隼人は俺の肩を叩いた。

