五月の水仙は枯れない

 大学の正門をくぐると、桜はもうほとんど葉桜になっていた。散った花びらが、アスファルトの溝に薄く溜まって、人に踏まれて茶色くなっていた。

 門の脇には、サークルの勧誘の机が、どこまでも並んでいた。

 テニス、軽音、写真、映画、落語、登山。色とりどりの看板と、声を張り上げる上級生たち。チラシを差し出す手が、四方八方から伸びてきた。

 私は一枚ずつ受け取りながら、人の波に押されて歩いた。

 誰も、私を知らなかった。

 

 一人暮らしの部屋は、大学から電車で二駅の古いアパートの二階だった。

 六畳の部屋に、ベッドと、小さな机と、実家から送った段ボールが三つ。窓を開けると、隣の家の壁と、細く切り取られた空が見えた。

 台所は、玄関を入ってすぐの、コンロが一口だけの流しだった。蛇口をひねると、最初の少しだけ鉄の匂いのする水が出た。床のフローリングは、ところどころ色が褪せていて、前に住んでいた人の家具の跡が四角く残っていた。

 最初の夜、ベッドに寝転んで、天井を見ていた。

 知らない天井だった。

 この部屋には、何もなかった。あの人と歩いた道も、あの人と座った石段も、あの人の声が残っている教室も。

 窓の外で、知らない電車が、知らない駅へ走っていく音がした。

 

 息が、楽だった。

 初めて、そう思った。

 実家から通えない距離ではなかった。一時間半、電車に揺られれば着く。それでもこの部屋を選んだ。あの町から、あの駅から、あの坂から、毎晩、ちゃんと離れていられる場所を。

 高三の一年間、私はずっと息を止めていた気がする。廊下側の前から三番目の席で、背中の遠くの笑い声を聞かないようにして。交差点で左に曲がって。夏祭りの花火を、屋根のあいだから見て。

 ここには、それがなかった。

 息を吸っても、あの人の気配がしなかった。

 息を吐いても、誰も、それを聞いていなかった。

 

 次の日から、大学に通った。

 講義は面白かった。文学部の教室は、古い木の床がきしんで、窓の外に大きな欅が立っていた。

 朝の講義室は、まだ少し寒かった。後ろのほうの席に座ると、遅れて入ってくる学生の足音が、床板のきしみで、一つずつわかった。欅の若い葉が、窓ガラスに、薄い緑の影を落としていた。

 一年生向けの概論の授業で、教授が明治の小説家の手紙を読み上げた。好きな人に宛てた手紙で、肝心なことは何一つ書かれていなかった。

「書かれていないことのほうが、ずっと多くを語っていますね」

 教授はそう言って、眼鏡を押し上げた。

 私はノートを取りながら、ほんの少し笑った。

 言葉にしてないとこのほうが、ちゃんと聞こえてそう。

 あの人の声が一瞬だけ、耳の奥で鳴った。

 私はシャーペンを握り直した。

 

 昼は、学食で食べた。

 大きな学食だった。隣の県の国立大学の学食の、倍くらいの広さがあった。窓際の端の席は、いつも埋まっていた。

 券売機の前で、指が止まった。

 カレーのボタンが、一番上の段の、左の端にあった。

 押さなかった。

 隣の、日替わり定食のボタンを押した。

 日替わりは白身魚のフライだった。衣が少し湿っていた。

 トレーを持って、真ん中のあたりの空いている席に座った。トレーを置く音と、椅子を引く音と、食器の触れ合う音が、高い天井に溜まっていた。周りでは、知らない人たちが、知らない話をして笑っていた。

 大きな声で笑う人がいた。隣の人の肩を叩いて、手を叩いて。

 私はその人の顔を見なかった。

 知らない人だとわかっていても、見なかった。

 

 帰りの電車は、夕方になると混んだ。吊り革につかまって、二駅ぶん、知らない人たちの肩のあいだに立っていた。誰かのイヤホンから、小さく音楽が漏れていた。

 アパートに帰ると、まず窓を開けた。隣の家の壁に夕日が当たって、そこだけ橙色に光っていた。

 駅前のスーパーで買ったお惣菜を、机の上で、一人で食べた。テレビは、なかった。冷蔵庫の低い唸りだけが、部屋の中で鳴っていた。

 

 四月の終わりに、写真のサークルの新歓に行った。

 勧誘の机で、背の高い男の人が、チラシを渡してくれた。三年生だと言った。

「一眼、持ってなくても大丈夫。スマホでもいいし、部室のカメラ貸すから」

 低くて、落ち着いた声だった。

 なぜ写真のサークルを選んだのか、自分でもよくわからなかった。

 たぶん撮る側にいたかったのだと思う。レンズの向こうの誰かを、こちらから見ているだけでいい場所に。

 

 新歓の飲み会は、大学の近くの、安い居酒屋の座敷だった。

 畳は、ところどころ擦り切れていて、座布団が薄かった。焼き鳥の煙が、天井の近くで白く溜まっていた。

 私は隅の席に座って、ウーロン茶を飲んでいた。周りの一年生たちは、すぐに打ち解けて、出身地や学部の話で盛り上がっていた。私は話を振られるたびに、少し遅れて答えた。

「山吹さん、だっけ。出身どこ?」

 向かいの席の男の子に訊かれた。

 私は言葉を探した。

 町の名前を言えば、それで済む。でも、その町の名前を口にすると、坂の上の神社や、交差点や、角三つの帰り道が、一緒に出てきてしまう気がした。

「……えっと」

 言いよどんでいると、隣から声がした。

「関東の、海のほうじゃなかったっけ。さっき、そう言ってたよね」

 

 勧誘の机で、チラシを渡してくれた人だった。

 いつのまにか、私の隣に座っていた。

「……あ、はい」

 言っていなかった。

 でも、訂正する前に、向かいの男の子は「へえ、海いいなあ」と言って、次の話題に移っていった。

 隣の人が、私のほうを見て、小さく笑った。

「言葉、探してたでしょ。助け舟」

「……ありがとうございます」

「相良。相良将生(さがらまさき)。三年」

 その人は、ビールのジョッキを軽く持ち上げた。

「山吹さん、あんまり、しゃべるの得意じゃない?」

 

 私はウーロン茶のグラスを見た。

 しゃべるの遅いよね、と言われたのは、何年前だっただろう。

 あのときの人は、そのあとに、待ってると、ちゃんと来るじゃん、と言った。

「……遅いんです。言葉が、出てくるのが」

「そっか」

 相良さんは頷いた。

「じゃあ、困ったら、俺が代わりにしゃべるよ。そういうの、わりと得意だから」

 

 その夜、アパートに帰って、ベッドに倒れ込んだ。

 代わりにしゃべるよ、と、あの人は言った。

 違う。

 相良さんは、と言い直した。

 楽だった。

 言葉を探さなくていい。探しているあいだに、誰かが、先に答えを出してくれる。待たせる相手もいない。待ってもらう必要もない。

 それが、ひどく楽だった。

 楽なことが、なぜだか、少しだけ寂しかった。