放課後。
今日は女子に誘われなかったから、永桜のところに行く。この前は一足遅かったのか、もう帰ったあとだったから一週間ぶり。さすがの俺も永桜不足だ。
最近は疲れて寝ちゃってるのか、おかえりLIMEもくれないし。
「なーお!かーえろ!」
ぴょん、と跳ねるように教室を覗けば、永桜のいる窓際の席はからっぽだった。
「あれ?どこ行っちゃったんだろ」
そのとき、うしろからポンと肩をたたかれ、にんまりしつつ急くように振り向く。
「永桜―――」
けれど、そこにいたのはいつも永桜と一緒にいる友紀だった。
俺と同じくらいの身長だから、不機嫌そうに眉をひそめている顔が目の前にあって、俺もついイラッとしてしまう。
こいつが笑ってるところ見たことないんだけど、永桜にもこんな顔してるんかな。なんで友達やってんだろ。
「なんだ、友紀か」
あからさまに落胆して見せると、友紀の目元がさらに鋭く歪んだ。
「なんだじゃねーよ。永桜になんか用?また頼みごとか?」
「お前に関係ない」
身を乗り出して教室の中を見回すけれど、永桜の姿はない。
友紀は腕を組んだまま、廊下の壁に背中をもたれかけた。その眼光は今までにないほど冷ややかで、俺を見下すように笑う。
「永桜ならもう帰ったぜ。ていうか、お前ら別れたんだろ?」
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になって、言葉の意味を飲み込むことができなかった。気づいたときには友紀の肩を殴るように掴んでいて、そんな自分に驚く。
「冗談じゃない!」
「俺は永桜からそう聞いたけど?お前に本命ができたからって」
「本命ってなんだよ!」
俺に肩を掴まれても、友紀はやけに冷静だった。ただその低い声には、軽蔑と呆れが滲んでいる。
「LIMEだってブロックされてるだろ?まさか、気づいてねーの?」
「……ブロック?」
ポケットの上から確かめるように触れたスマホ。
この一週間、どれだけ『ただいま』を送っても返事が来ることはなかった。その理由が、ブロックされてたから……?
いや、そんなはずない!
永桜は俺のことが好きで……。俺だって……。
「……なんで……そんなことする理由、ないだろ」
「本気で分かんねーのか、お前」
友紀が鼻で笑った。その顔に、胸の奥にどす黒いものが広がる。
「お前が美術準備室でなにやってたか、それを見て永桜がどんなに傷ついたか、お前、なんにも分かってねーんだな」
「だからっ!あれは事故なんだって!俺はなにもしてないし、永桜にもちゃんと説明して――」
「説明?」
友紀が顔を歪めながら踏み出した一歩が、大きな影となって俺を覆う。
「あいつが笑ってたから許されたとでも思ったか?お前、あいつの顔ちゃんと見たのかよ」
頭の中で、あの日の永桜の顔が再生される。
伏せられた赤い目元。俺の言葉を遮った強い声。『今度はちゃんと大事にしろよ』と笑う鼻には、少しシワが寄っていた。
あれは、俺を信じている顔じゃなかったのか?
「あいつはな、お前に捨てられないように自由にさせてたんだよ!」
友紀の怒声が響く。
「お前が誰にでも優しいの、知ってるからな。頼まれたら断れないのも、相手を傷つけたくないのも。だからあいつは、自分が我慢すればいいって思ってたんだ」
愕然とする。
永桜がいつも『いいよ』って笑ってたのは、なにも気にせず許してくれてたからじゃなく、俺に嫌われたくなかったから……?
「それなのにお前は誰にでもいい顔して、永桜をないがしろにしてた。……永桜のこと、別に好きじゃなかったんだろ?」
「違う!!」
がむしゃらに叫んでいた。
俺たちの剣幕に、あちこちの教室から息を呑むようないくつもの視線が注がれた。でも、そんなことどうでもよくなるくらい、喉の奥が熱くてたまらなかった。
「好きだよ! 永桜がいいんだよ! 他のやつじゃだめなんだ。俺だけに笑ってほしいし、俺だけが触れていたいって思うんだよ……」
シン、と静まり返った廊下に、友紀のため息が落ちる。
「永桜もそうだった。本当はずっとそう思ってた」
「そんな……。同じなのに」
「遅ぇんだよ」
小さく吐き捨てる声に、頭のてっぺんから足のつま先まで、急速に冷えていく。
「あいつはもう忘れることにしたんだ。お前にできることは、永桜がこれ以上傷つかないように離れることだけだ」
「そんなの―――」
『できない』と続けようとした言葉が、音にならないまま空気に溶けていく。
話は終わりだとばかりに、友紀は頭を振って歩き出した。すれ違いざま、その肩を掴もうとした手が空を切る。固唾を呑んで見守る傍観者には一瞥もくれず、ピンと伸ばした背中が遠ざかっていく。
静かなざわめきが広がっていく放課後の廊下で、俺はたった一人たたずんでいた。
永桜の隣から離れない友紀を見て、いつも苛ついていた。永桜があいつの肩に触れるたび、自分でも気づかないうちに拳を握っていた。
そんな心が脆くなるような感情を、俺はとっくに知っていたはずなのに。
都合よく頼って、置いてけぼりにして、平気で女子とくっついて。
楽だ、穏やかだ、なんて軽く考えている裏で、永桜はどんなに苦しんでいたんだろう。
……俺、最低だ。
「永桜……っ」
胸の奥のモヤモヤが大きな塊となり、ドクドクと脈打ち始める。
それはきっと、執着や後悔をたっぷり吸い込んで、淀んだ色をしているんだろう。
夜、メッセージ欄を開く。
昨日の二十三時に送信した『ただいま』はまだ既読になっていなかった。昨日だけじゃない。その前も、その前も……。
スクロールする指が止まった。
永桜からの最後の返信は、美術準備室でのことがあった日の前夜、『おかえり!もう遅いからさっさと寝なよ』だった。
さらにスクロールする。
先週の日曜日、クラスの女子に『一人じゃ怖いから』と泣きつかれて、モキュメンタリー映画を観に行った。それを報告するLIMEには、『楽しんできてね。終わったら連絡して』という返信。
結局、カラオケまでつきあわされて疲れた俺は、『ただいま』を忘れて寝てしまった。
永桜はそのことについて全く触れなかった。
俺が永桜をないがしろにしてきた揺るぎない証拠が、画面いっぱいに並んでいる。
このメッセージを打っているとき、永桜はどんな顔をしていたんだろう。俺はきっと、なにも考えずに笑っていた。
自分の低劣さに吐き気がする。
今日は女子に誘われなかったから、永桜のところに行く。この前は一足遅かったのか、もう帰ったあとだったから一週間ぶり。さすがの俺も永桜不足だ。
最近は疲れて寝ちゃってるのか、おかえりLIMEもくれないし。
「なーお!かーえろ!」
ぴょん、と跳ねるように教室を覗けば、永桜のいる窓際の席はからっぽだった。
「あれ?どこ行っちゃったんだろ」
そのとき、うしろからポンと肩をたたかれ、にんまりしつつ急くように振り向く。
「永桜―――」
けれど、そこにいたのはいつも永桜と一緒にいる友紀だった。
俺と同じくらいの身長だから、不機嫌そうに眉をひそめている顔が目の前にあって、俺もついイラッとしてしまう。
こいつが笑ってるところ見たことないんだけど、永桜にもこんな顔してるんかな。なんで友達やってんだろ。
「なんだ、友紀か」
あからさまに落胆して見せると、友紀の目元がさらに鋭く歪んだ。
「なんだじゃねーよ。永桜になんか用?また頼みごとか?」
「お前に関係ない」
身を乗り出して教室の中を見回すけれど、永桜の姿はない。
友紀は腕を組んだまま、廊下の壁に背中をもたれかけた。その眼光は今までにないほど冷ややかで、俺を見下すように笑う。
「永桜ならもう帰ったぜ。ていうか、お前ら別れたんだろ?」
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になって、言葉の意味を飲み込むことができなかった。気づいたときには友紀の肩を殴るように掴んでいて、そんな自分に驚く。
「冗談じゃない!」
「俺は永桜からそう聞いたけど?お前に本命ができたからって」
「本命ってなんだよ!」
俺に肩を掴まれても、友紀はやけに冷静だった。ただその低い声には、軽蔑と呆れが滲んでいる。
「LIMEだってブロックされてるだろ?まさか、気づいてねーの?」
「……ブロック?」
ポケットの上から確かめるように触れたスマホ。
この一週間、どれだけ『ただいま』を送っても返事が来ることはなかった。その理由が、ブロックされてたから……?
いや、そんなはずない!
永桜は俺のことが好きで……。俺だって……。
「……なんで……そんなことする理由、ないだろ」
「本気で分かんねーのか、お前」
友紀が鼻で笑った。その顔に、胸の奥にどす黒いものが広がる。
「お前が美術準備室でなにやってたか、それを見て永桜がどんなに傷ついたか、お前、なんにも分かってねーんだな」
「だからっ!あれは事故なんだって!俺はなにもしてないし、永桜にもちゃんと説明して――」
「説明?」
友紀が顔を歪めながら踏み出した一歩が、大きな影となって俺を覆う。
「あいつが笑ってたから許されたとでも思ったか?お前、あいつの顔ちゃんと見たのかよ」
頭の中で、あの日の永桜の顔が再生される。
伏せられた赤い目元。俺の言葉を遮った強い声。『今度はちゃんと大事にしろよ』と笑う鼻には、少しシワが寄っていた。
あれは、俺を信じている顔じゃなかったのか?
「あいつはな、お前に捨てられないように自由にさせてたんだよ!」
友紀の怒声が響く。
「お前が誰にでも優しいの、知ってるからな。頼まれたら断れないのも、相手を傷つけたくないのも。だからあいつは、自分が我慢すればいいって思ってたんだ」
愕然とする。
永桜がいつも『いいよ』って笑ってたのは、なにも気にせず許してくれてたからじゃなく、俺に嫌われたくなかったから……?
「それなのにお前は誰にでもいい顔して、永桜をないがしろにしてた。……永桜のこと、別に好きじゃなかったんだろ?」
「違う!!」
がむしゃらに叫んでいた。
俺たちの剣幕に、あちこちの教室から息を呑むようないくつもの視線が注がれた。でも、そんなことどうでもよくなるくらい、喉の奥が熱くてたまらなかった。
「好きだよ! 永桜がいいんだよ! 他のやつじゃだめなんだ。俺だけに笑ってほしいし、俺だけが触れていたいって思うんだよ……」
シン、と静まり返った廊下に、友紀のため息が落ちる。
「永桜もそうだった。本当はずっとそう思ってた」
「そんな……。同じなのに」
「遅ぇんだよ」
小さく吐き捨てる声に、頭のてっぺんから足のつま先まで、急速に冷えていく。
「あいつはもう忘れることにしたんだ。お前にできることは、永桜がこれ以上傷つかないように離れることだけだ」
「そんなの―――」
『できない』と続けようとした言葉が、音にならないまま空気に溶けていく。
話は終わりだとばかりに、友紀は頭を振って歩き出した。すれ違いざま、その肩を掴もうとした手が空を切る。固唾を呑んで見守る傍観者には一瞥もくれず、ピンと伸ばした背中が遠ざかっていく。
静かなざわめきが広がっていく放課後の廊下で、俺はたった一人たたずんでいた。
永桜の隣から離れない友紀を見て、いつも苛ついていた。永桜があいつの肩に触れるたび、自分でも気づかないうちに拳を握っていた。
そんな心が脆くなるような感情を、俺はとっくに知っていたはずなのに。
都合よく頼って、置いてけぼりにして、平気で女子とくっついて。
楽だ、穏やかだ、なんて軽く考えている裏で、永桜はどんなに苦しんでいたんだろう。
……俺、最低だ。
「永桜……っ」
胸の奥のモヤモヤが大きな塊となり、ドクドクと脈打ち始める。
それはきっと、執着や後悔をたっぷり吸い込んで、淀んだ色をしているんだろう。
夜、メッセージ欄を開く。
昨日の二十三時に送信した『ただいま』はまだ既読になっていなかった。昨日だけじゃない。その前も、その前も……。
スクロールする指が止まった。
永桜からの最後の返信は、美術準備室でのことがあった日の前夜、『おかえり!もう遅いからさっさと寝なよ』だった。
さらにスクロールする。
先週の日曜日、クラスの女子に『一人じゃ怖いから』と泣きつかれて、モキュメンタリー映画を観に行った。それを報告するLIMEには、『楽しんできてね。終わったら連絡して』という返信。
結局、カラオケまでつきあわされて疲れた俺は、『ただいま』を忘れて寝てしまった。
永桜はそのことについて全く触れなかった。
俺が永桜をないがしろにしてきた揺るぎない証拠が、画面いっぱいに並んでいる。
このメッセージを打っているとき、永桜はどんな顔をしていたんだろう。俺はきっと、なにも考えずに笑っていた。
自分の低劣さに吐き気がする。



