桜の咲くころに笑う。

 ――ぴちゃ――


 埃っぽく乾いた美術準備室から、湿ったような水音が聞こえる。

 シーズン真っ只中の台風のせいで雨漏りでもしてるんじゃないだろうか、そうだったら卒業していった名前も知らない先輩たちの作品やらが駄目になってしまうんじゃないか、そう思ったのはほんの一欠片の良心からだ。

 担任に頼まれた資料を抱えたまま、俺は準備室のドアを開けて、電気のスイッチを手探りで押す。

 「きゃっ!」

 ジジっと音がして、クリーム色の蛍光灯がつくと、短い悲鳴が上がった。まさか人がいるなんて思わず、心臓が飛び上がる。

 パチパチと瞬きをして目を凝らすと、上に乗っている女性が体を起こして振り向いた。

 上半身は完全に裸。張りのある大きな胸のふくらみに、否が応でも目が吸い寄せられる。制服のスカートからのぞく白い太ももは、下にいる男の両足をがっちりと掴んでいた。

 頬を赤く染めたその女性は、今にも泣きそうに顔を歪めている。羞恥心が浮かぶ表情の中に、とてつもない怒りが混ざっていることに気づいた。

 「最っ低……!!」

 目をそらして吐き捨てた言葉に、思わず後退りする。

 そんなこと言われたって、俺は悪くないよな?そもそも学校で盛るなって話だし。

 俺がそれ以上動かないと分かると、女性は脱いだ衣服を胸に抱えて、準備室を飛び出していった。俺の肩に盛大にぶつかりながら。


 大きくため息をついて中の様子を伺う。

 床に仰向けで寝そべる男は、ワイシャツの前を半分はだけさせ、スラックスのファスナーが広がって下着の前が見えていた。少なくとも最中ではなかったらしい。

 一歩前に進み、男の顔を確認した俺の腕から、バサバサと資料が落ちて散らばる。

 「さ、咲也(さくや)……!」

 目の前に広がる光景になすすべもなく、掠れた声で男の名前を呼ぶ。男もまた、その端正な目元を見開いて、俺の顔を凝視した。

 「っ!永桜(なお)!」

 唇の周りが不自然に染まり、てらてらと光っている。さっき逃げた女の、乱れた赤いリップが一瞬で蘇る。

 咲也はハッとして、両手を床につっぱった。それが合図となって、俺の足が鞭で打たれたように動き出す。

 心臓がドクドクと大きく脈打ち、あふれてくる涙に呼吸もままならないまま、俺はただひたすら走り続けた。



 終わった……。
 結局二ヶ月ももたなかったな。でも、これでよかったんだ。

 咲也は優しすぎるくらい優しくて、人を傷つけることも嘘をつくこともできないやつだから、本当はずっと苦しかったのかもしれない。

 俺も苦しかった。
 咲也を信じて、許して、物分かりのいいふりをしながら、自分勝手な欲を募らせた。それを言葉にして伝える勇気もないくせに。

 やっと。
 やっと本当の意味で自由にしてやれる。
 今まで俺のわがままで縛りつけてごめんな。ありがとう。


 ―――さようなら、咲也。