蛍の季節に、キミはまた会いに来る


「古川」

黒崎くんの低くて優しい声に導かれて、隣に立つ彼を見上げた。

「……そういうことだよ」

その言葉の意味がすぐに飲み込めなくて、私は小さく首を捻った。

「古川の中で今抱えてる悩みって、自分じゃどうしようもないくらいめちゃめちゃ大きいものなのかもしれないけどさ」
「…………」
「この大自然の中じゃ、そんなのほんとにちっぽけなことだってこと」

……黒崎くん。

「俺らだけじゃなくてさ、周りのめんどくさい奴らも、みんなそう。め〜っちゃちっさい存在」

『もうね、こんくらい』
そう言って、黒崎くんは親指と人差し指がくっつきそうなくらい間隔を狭め、おまけに目を細めてみせる。
そのおちゃめな仕草に、思わず胸がキュッと締め付けられた。

「どんな悩みがあったのかは知らないけどさ……ここに来て、全部あの川に流しちまえばいいんだよ」
「…………」
「そしたらさ、嫌なことなんて、もう、コロコロコロコロ〜ってあっという間に下流へ流れて見えなくなるんだからさ」

そう言って、黒崎くんはからかうように、だけどどこまでも温かく不敵に笑った。
その言葉があまりにも軽やかで、一瞬虚を突かれたあと——私は思わず、ふっと吹き出して笑ってしまった。

「……っ、ふふ」
「あ、笑った」
「え……?」
「その顔。……やっぱり、笑った顔のほうが、よっぽどいいよ」

その瞬間、ボッと顔全体に火がついたかのように、急激に熱が昇ってきた。
ようやく静まったばかりだったはずの鼓動が、またドクンと激しい音を立てて、肺が酸欠になりそうなくらい苦しくなる。

……もうすっかり辺りが薄暗くなっていて、本当によかった。
こんなに真っ赤になった私の顔なんかを見られたら、恥ずかしさで今度こそ消えてしまいそうになるから。

恥ずかしさを隠すように俯きかけたその時、スーッと私の頬の横を、ぽっと淡い光を放つ小さな影が横切った。

——見上げれば、黒崎くんの顔の周りにも。

1匹、2匹……。
暗がりの中で徐々に数を増していくホタルの光が、まるで私たち二人を祝福するかのように、そっと優しく包み込んでいく。

「……キレイ……」

言葉を失った私がそう呟くと、黒崎くんも静かに上を見上げた。