黒崎くんのどこか照れくさそうな言葉に少しだけ笑って、私はまだ胸の奥で激しく打つ心臓を落ち着かせるために、静かに深呼吸をした。
「……だって、ずっと女の子だと思ってたから。あの時のあの子が、まさか黒崎くんだなんて思わないよ」
「ハハハ。まあ、確かにそうだよな」
夜の静寂の中に、穏やかに流れる川のせせらぎが優しく響いている。
心地よい風が吹くたびに、青草の甘い匂いを含んだ草木がサラサラと音を立てて揺れていた。
夢中で走り続けて疲労困憊だった身体が、この美しい空間と温かい気配に包まれて、解きほぐされていくような気がした。
「……どう?」
不意に尋ねられて、私は「うん?」と小さく首を傾げる。
「自然の音」
黒崎くんはそう呟くと、風に揺れる木々の葉を見上げて、そっと瞼を閉じた。
「古川も、聞いてみ」
彼に言われるがまま、私は黒崎くんの隣でそっと静かに目を閉じる。
サラサラと絶え間なく流れる川のせせらぎ。
その上で不規則に重なり合う、木々の葉が擦れ合う微かな音。
そこへ遠くから響くカエルの声や、夜の静けさに溶け込む鳩の鳴き声が、優しく重なっていく。
自然のオーケストラが奏でる壮大なメロディを、こうして彼の隣という最高の特等席で聴けるなんて……なんて贅沢で、幸せな瞬間なんだろう。
「……ここで目を閉じてさ、静かに周りの音を聞いてると……なんか、自分の存在とか抱えてる悩みなんて、物凄く小さいんだなって思わない?」
目を開けると、夜空を見上げる黒崎くんの横顔があった。
「……うん。本当に……そう思う」
自然の圧倒的な強さと優しさの前では、人間なんて本当にちっぽけで勝てない。
そして、私をずっと縛りつけていた恐怖やちっぽけなプライドさえも、この広大な夜の中に溶けていってしまう気がした。



