蛍の季節に、キミはまた会いに来る


「喜美子さんは娘と喧嘩しているのに、わざわざここにきていたんだよ。変でしょう?」
「え? 黒崎くんのお母さんと喧嘩をしたのに……なんでですか?」

私が尋ねると、豊田さんは湯呑みにそっと口をつけながら、可笑しそうに肩をすくめた。

「私と話をすると、心が落ち着くんだって。ふふ、私って癒やし系なのかなぁ?」

お茶目に悪戯っぽく笑う豊田さん。
その温かい空気に、私の強張っていた肩の力が少しだけ抜けていく。

「聖菜ちゃんもね、何があったのかは詳しく知らないけれど……私でよかったら、なんでも相談に乗るからね。お父さんにはちょっと言いづらいようなことでも、なんでもさ」
「……あ、ありがとうございます」

私が小さく微笑むと、豊田さんは身を乗り出して、いたずらっぽく囁いた。

「もし達也のことで悩んでるんなら、私がビシッと達也をしつけてあげるから」
「い、いえっ! そんな……! く、黒崎くんは……全然関係ない、です……っ」

あまりにも動揺して声が裏返ってしまった。
嘘なんて丸見えだ。

こういう時、一体どう答えるのが正解なんだろう。
黒崎くんの名前が出た瞬間に心臓が跳ね上がり、私は別の話題を探そうと焦りながら、モジモジと身体を動かすことしかできなくなってしまう。

思っていることや、胸の奥で渦巻く苦しさをそのまま素直に口に出せたら、どんなに楽だろう。
でも、それが簡単にできないから苦労している。

……どこへ行っても上手くやっていけないということは、やっぱり私自身に一番大きな問題があるのかな。

「聖菜ちゃん。来週あたり、きっとホタルが見られると思うよ」

自己嫌悪の渦に沈みそうになっていた私を救うように、豊田さんが突然話題を変えた。

「ホタル……」
「気温や湿度も大切だけどねぇ。雨上がりの蒸し暑い日の午後7時頃、あの川辺に行ってみてごらん。……すっごく綺麗な景色が見られるから」

雨上がりの、午後7時以降——。

その言葉を聞いた瞬間、脳裏に浮かんだのは、あの日「また一緒にホタルを見ようね」と約束をした、幼い頃のあの温かい思い出だった。