「古川……?」
私の全身が小刻みに震えていることに気づいたのか、黒崎くんが心配そうに覗き込んでくる。
その真っ直ぐで温かい眼差しすら、今の私にはあまりにも眩しすぎて、胸が押し潰されそうに痛かった。
こんなに優しい人と、昼休みに二人で図書室で話して、休日に一緒に出かけて……。
そんな奇跡みたいな時間を過ごしてしまった。
……ダメなんだ。
私みたいな人間が、こんな幸せを望んじゃいけない。
脳裏に浮かぶのは、前の学校で見た地獄。
一瞬で手のひらを返したクラスメイトたちの冷酷な視線。
あることないこと囁かれる心ない噂。
そして、逃げ場のない教室の空気。
もし、今日私たちが二人で出かけていたことが原田さんたちに知れたら?
もし、黒崎くんと仲良くしていることがバレてしまったら……?
想像しただけで、息が上手く吸えなくなる。
原田さんの冷たい笑顔と、教室での不穏なヒソヒソ話が、冷たい凶器になって私の胸を刺す。
「古川? 顔色悪いぞ。大丈夫か……?」
黒崎くんが心配そうに手を伸ばして、私の肩に触れようとした。
「……やめてっ!」
私は思わず悲鳴のような声を上げて、彼の差し出した手を強く弾いてしまった。
「え……」
拒絶された黒崎くんの手が、途中でぴたりと止まる。
驚きに目を見開く彼の顔が見れなくて、私は溢れ出しそうになる涙を必死に堪えながら、必死に首を振った。
「ご、ごめん……」
「………」
「あの……お願いが、あるの……」
掠れた声で、泣きそうになりながら深呼吸する。
「明日からは……学校で、私に話しかけないでほしい」
「え……なんでだよ。今日、なんか気に入らなかった?」
「違うの。そうじゃないの」
「じゃ、なんで?」
黒崎くんの真っ直ぐな視線に捕まる。
「お願い……。ただ、話しかけないでいてくれたら、それだけでいいの」
「そんなことできるわけ……」
「私、もう……これ以上傷つくのが怖いの。お願いだから、私を一人にして……!」
叫ぶようにそう言い捨てて、すぐに後悔した。
黒崎くんが、ショックを受けたような表情で私を見ていたから。
「ご、ごめんっ」
私は、これ以上傷付く黒崎くんの顔を見ていられなくて、その場から走り去った。
「古川! 待てよ!」
後ろから彼が叫ぶ声が聞こえたけれど、私は一度も振り返らなかった。
夕闇が迫る川辺の道を、涙で視界を滲ませながら、ただひたすら夢中で駆け抜けた。
黒崎くんの温もりと、今日一日楽しかった思い出が、切ない痛みに変わってボロボロと頬を伝っていった。



