「私ね、昔……ここで女の子と約束をしたの」
「…………」
「たぶん、ここなんだ。……たぶん、だけどね」
私が記憶を手繰り寄せるように曖昧に呟くと、黒崎くんは少し眉を寄せて不器用そうに笑った。
「幼稚園か、小学校低学年くらいのときかな。この辺りでさ、また一緒にホタルを見ようねって……指切りをして」
「へぇ。……覚えてるんだ、そんな昔のこと」
「うん」と、また曖昧に頷く。
「その女の子……たぶん、原田さんだと思うんだ」
意を決して口にすると、黒崎くんは喉を詰まらせたように軽く咳き込み、驚いたように私を見つめた。
「この前の清掃活動のとき、原田さん言ってたでしょ? 毎年おじいちゃんとここにホタルを見に来てたって。……だから、間違いないと思う」
「ふーん。……そっか」
「なんか、不思議だよね。一度離れ離れになって、もう二度と会えないって思ってたのに……またこうして同じ学校で出会えるなんて」
「……運命、なんだろうな」
彼の低くぽつりと漏らした呟きに、私は「え……?」と聞き返した。
「そういう再会ってさ。俺は、運命って呼ぶんだと思うけど」
女の子同士で『運命』なんて、どこか可笑しな感じがする。
……それに。
今の彼女は、私のことを心底嫌悪して、鋭い刃物みたいな視線を向けてくるのだから。
黒崎くんは、茜色から群青色へと移り変わる夕空の下で、ずっと私の横顔を見つめていた。
視線に気づかないふりをして川面を見つめ続けたけれど、心臓がうるさいくらいに跳ね上がって緊張を隠せない。
あんなに楽しくて、夢みたいに幸せな一日を過ごしたというのに——。
やっぱり私は、どうしても『人目』の恐怖から逃れることができなかった。
……明日、学校に行ったらどうなるんだろう。
もし、誰かに今日のデートを見られていたら……?
もし、黒崎くんと二人でいたことが原田さんたちの耳に届いてしまったら……?
楽しければ楽しいほど、眩しければ眩しいほど、その裏に潜む影の黒さに足元がすくむ。
前の学校で、一瞬で日常が崩れ去ったあの地獄のような光景が脳裏をよぎる。
信じていた人に裏切られ、あることないこと噂を立てられ、クラス全員から冷たい視線を向けられたあの絶望。
あんな思いをするのは、もう嫌だ。
絶対に耐えられない。
黒崎くんと過ごしたこの宝物のような時間は、明日からの私を待ち受ける恐怖の代償なのかもしれない。
幸せの余韻に浸るどころか、胸を強く締め付けるのは冷たい罪悪感と嫌な予感だった。
私の体は怯えるように、夕風の中で小さく震えていた。



