「悪い悪い! マジで寝坊した!」
家からずっと走り詰めでやってきたのだろう。
川辺に滑り込むように駆け込んできた黒崎くんは、膝に手をついて荒い肩で息を吐き出していた。
「いや〜焦った。起きた瞬間にスマホ見たら、もう集合時間だったわ」
息を激しく切らしながら、彼は眉をハの字にして「参った」というように苦笑した。
「去年は一番乗りだったのにな。まぁでも、寝坊はお前らしくていいんじゃない?」
瀬戸くんが軍手をはめた手で黒崎くんを指さし、可笑しそうに笑う。
「黒崎くん! 早くこっち来て〜! 一緒に綺麗にしようよ」
遠くから原田さんが甲高い声を弾ませる。
黒崎くんが現れた途端、彼女のやる気スイッチがあからさまに入ったのが遠目からでもはっきりと分かった。
けれど、そんな原田さんの呼びかけには目もくれず、黒崎くんはぐっと私の方を向き直ると、手招きをして見せた。
ドキリと、胸の奥が跳ねる。
だめ。こんな風に彼の一挙一動にときめいちゃいけないのに。
自分にそう言い聞かせようとしても、跳ね上がる胸の鼓動はどうしても制御が利いてくれない。
「古川、ここ。……このあたりがさ、初夏になると一番綺麗にホタルが見えるんだよ」
彼が指さした川辺の風景を見つめ、静かに頷いて答えた——その瞬間。
頭の奥底で、ずっと眠っていた懐かしい風景が、ふっと光を帯びて鮮やかに蘇ってきた。
……見たことが、ある……?
全身の細胞が、ざわざわと波打つように騒ぎ出していく。
幼い頃の記憶にうっすらと刻まれていた、ずっと忘れかけていた温かな思い出。
夜の暗闇、川のせせらぎ、暗闇に浮かぶ小さな光。
自分と同じくらいの年齢の女の子と、小さな小指をキュッと絡め合わせて、「また来年も、絶対に一緒にホタルを見ようね」と誓い合った——あの場所。
……間違いない。
私が子どもの頃にホタルを見たのは、絶対にこの場所だ。



