「はいはい、ストップストップ」
今度は腕ではなく、後ろから両肩をガシッと掴まれて足止めされた。
「何……? 放してよ! 私といるとイライラするんでしょ!? だったら私なんかに関わらないで……」
「だーかーら。理由が分かればイライラしないの」
強引に私の目の前に回り込んできた彼が、覗き込むように視線を合わせてくる。
「何がそんなに不満なわけ? 転校したこと? ……それとも、前の学校の友達と離れたから?」
“友達”——。
その単語が耳に届いた瞬間、底知れない吐き気が喉元まで押し寄せてきた。
『私、聖菜と友達なんかじゃないよ』
頭の中で、あの嘲笑うような甲高い声が嫌悪感とともに蘇る。
親友だと信じて疑わなかった子たちの、冷え切った眼差し。
根も葉もない噂話を面白おかしくSNSに書き立てられ、クラス全体から存在を消されたあの日々。
廊下をすれ違うたびに向けられるクスクス笑いと、心当たりさえない悪意の刃。
結局、上手く空気を読めないヤツは、簡単に使い捨てられて排斥されるのだ。
胸が締めつけられ、息の吸い方が分からなくなる。
消せるものなら、今すぐ脳内から永遠に消去してしまいたい不快な記憶。
「……おい、どうした? 突然」
蘇った悪夢と吐き気に溺れかけていた私は、頭上から落ちてきた彼の声で、かろうじて現実へと引き戻された。
ハッと息を呑んで顔を上げる。
彼の表情には、さっきまでの苛立ちや軽薄さは欠片も残っていなかった。
暗がりの中でもはっきりと分かるほど、心底心配そうに私を見つめている。
「顔色、めちゃくちゃ悪いぞ……急に苦しそうな顔して、体調でも悪いのか?」
「……なんでも、ない」
私は彼を無視するように視線を逸らし、再び前へ足を踏み出そうとした。
けれど、彼は大きな身体で壁を作るようにして、私の行く手を拒んだ。
「まあ待てって。そんな窮屈な考え方すんのやめてさ……ほら、空見ろって」
彼がすっと長くて細い人差し指を、頭上の暗闇へと向けた。
意図が分からず、吸い寄せられるようにゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、私の瞳全体に、溢れんばかりの輝きを放つ無数の星々が飛び込んできた。
東京の濁った夜空では決して見ることのできなかった、圧倒的な星の瞬き。
——綺麗。
息をのむほど美しい光景に触れ、素直に「美しい」と感じてしまった自分自身に、冷や汗が出るほどの強い焦りを覚えた。
こんな美しさに心を動かされてしまえば、私が必死に作り上げてきた壁が、簡単に崩れていってしまう気がして。



