蛍の季節に、キミはまた会いに来る


お母さんが住んでいた場所は、市内から車で一時間ほど走らせたところにある、見渡す限り何もない田舎だった。
高い建物なんてひとつもなくて、目に入るのは見渡す限りの田んぼと畑、それから青々とした山ばかり。

よく言えば、大自然の中で静かに過ごせる場所。
ビル群に切り取られていた東京の空とは違って、どこまでも遠くが見渡せる。

一車線の舗装道路には、通り過ぎる車すらほとんどない。
引っ越してきた日も、お昼過ぎだというのに、家に到着するまで人の姿をただの一度も見かけなかった。

あまりにも違いすぎる環境に戸惑いながらも、あの息の詰まるような日々から解放されるのだと思うと、胸の奥がほんの少しだけ軽くなった気がした。

「はぁ……行かなきゃ、だよね」

新しい高校へ行く、初めての登校日。
重たい足をすり寄せるようにして通学路を進み、学校へ続く最後の上り坂の前で、私は立ち止まった。

ここを上りきれば、また『日常』が始まってしまう。
環境を変えたからといって、結局、学校という箱からは逃げられない。

けれど、唯一の救いは——ここには、私の過去も、あの日々のことも知っている人間がひとりもいないこと。

目立たず、気配を消して、静かに息をしておけばいい。
誰の記憶にも残らないまま、この二年間をやり過ごして卒業できれば、それでいいんだ。

友達なんて、はじめからいらない。

朝は静かに席に座って、昼休みは誰も来ないようなデッドスペースで過ごして、放課後になったら真っ直ぐ家に帰る。

明日も、明後日も、同じことの繰り返し。
それでいい。
それがいい。

そうやって何事もなかったみたいに、私の青春をやり過ごしたい。