蛍の季節に、キミはまた会いに来る


「今日、豊田さんも聖菜のことをすごく気にかけてたんだよ。ほら、今日は転校初日だっただろ? だから、お前が直接顔を見せて少し話をしてきたら、豊田さんも安心するんじゃないかなって思ってさ」
「あ〜……うん」

気乗りはしなかったけれど、お父さんが今一番お世話になっている人だ。
もし私たち親子が嫌われて「明日から来なくていい」なんて言われてしまったら、私たちは本当に路頭に迷うことになってしまう。
それだけは、絶対に避けなければいけない。

「お前が行ってくれてる間に、お父さんは洗濯物を洗って干しとくからさ。よろしく頼むな」
「う、うん」

ガサリ、と手に握らされたビニール袋の中には、筑前煮の詰まった重たいタッパー。
袋の隙間から、美味しそうな甘辛い匂いがふわりと漂ってくる。
人に「おすそ分け」をするくらいだから、きっとお父さんの中でも納得のいく出来栄えだったのだろう。

私は筑前煮の袋とスマホだけを手に取ると、そのまま玄関を出た。

こんな薄暗い夜道、誰かとすれ違うことなんてまずないだろうと思って、服装はスウェットのまま。
……夜の訪問だし、スウェットで行っても失礼じゃないよね? と自分に言い聞かせる。

豊田さんの家の周りには、広大な畑しか広がっていない。

引っ越し当日に挨拶へ伺ったときは昼間だったから、「のどかな田舎だなあ」くらいにしか思わなかった。
けれど、月明かりとわずかな街灯しかない真っ暗闇の中で歩いてみると、どこか不気味な気配すら漂っている。

家と家との距離が遠く離れているせいか、人の気配も、生活音もまったく感じられなかった。