知らない土地に引っ越してきた上に、お母さんもいない。
そんな娘の気持ちを気遣って、お父さんなりに精いっぱい考えてやってくれたことなのだろう。
その優しさだけは、素直に受け取っておくことにする。
食事を終えると、お父さんは再びキッチンに向かい、大きめの鍋から何かをタッパーへと手際よく移し始めた。
冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぎながらなにげなく覗き込んでみると、それは筑前煮のようだった。
生前、お母さんがよく食卓に出してくれた、甘辛い匂いのする私の好きな和食。
「これさ、豊田さんのところに持って行ってくれないか?」
「え? 今から?」
壁の時計を見上げると、針はちょうど19時を指していた。
豊田さんというのは、この土地で農家をしているおじいさんの名前だ。
そして同時に——お母さんの学生時代の親友だった人のお父さんでもある。
東京での会社員生活を辞めたお父さんは今、生前のお母さんと縁の深かったその豊田さんの畑で働かせてもらっているのだ。
「いつもお世話になってるからさ、筑前煮をおすそ分けしたいんだよ。ただ、今日作ったやつだから、一晩置いた明日の方が味が染みて美味しいだろ?」
「まあ、確かにそうだけど……」
「今夜のうちに届けておけば、明日の朝ごはんにでも食べてもらえるかもしれないしな」
お父さんの言い分は理解できた。
理解はできたけれど……それなら別に私じゃなくて、お父さんが自分で行けばいいんじゃないの?



