蛍の季節に、キミはまた会いに来る


「ただいま」

私は料理に没頭しているお父さんの背中に短く声をかけ、そのまま隣の和室へと足を進めた。

「おー、聖菜、帰ってたのか。おかえり」

数秒遅れてリビングから返ってきた声に小さく苦笑しながら、仏壇の前に正座する。
マッチで線香に火をつけ、そっと立ててからお母さんに手を合わせた。

「……なんとか無事に、初日終わったよ。なんとかね。お母さんは何も心配しないで。ここなら、うまくやっていけそうだから」

さっき学校で変な男子に絡まれたことは、秘密にしておくことにした。
お母さんは生前、誰よりも心配性だったから。
亡くなってまで余計な心配をかけてしまっては、本当の親不孝者だ。

私は小さく息を吐き出して微笑むと、静かに合わせた手を下ろした。

写真の中で柔らかく微笑むお母さんの顔を一度見つめてから、ゆっくりと立ち上がる。

その瞬間、身体が起こしたかすかな風に乗って、線香の甘く静かな香りがふわりと空間に舞った。
まるで、立ち去る私のあとをお母さんがそっとついてきているみたいに。

和室を出て二階の自分の部屋へ向かい、制服を脱いで着心地のいいスウェットに着替える。
いつもならすぐに階下へ降りてお父さんの夕飯作りを手伝うのに、今日はなぜかそんな気分になれなくて、そのままベッドの端に腰かけた。

……絶対に、あの男子のせいだ。
意味の分からないことを言われて、心がざわざわして落ち着かない。

しばらくの間ぼんやりとベッドで過ごしてから、重い腰を上げて再びリビングへと向かうと、お父さんはまだキッチンでフライパンと悪戦苦闘していた。