蛍の季節に、キミはまた会いに来る


思わず、勢いよく振り返ってしまった。
あまりにも自然に、当たり前みたいに名前を呼ばれたから。

「お、急に振り向いた」

隣の瀬戸くんが目を丸くして驚くほど、大きな動作だったらしい。
けれど、そんなことどうでもよかった。
私の視線は、後ろの席に座る“彼”に釘づけになっていた。

「俺、親から頼まれてることがあってさ」
「え……なに……?」

かろうじてひねり出した声は、惨めなくらいかすれていた。
急激に喉の奥がカラカラに乾いていく。

「まあ、そのうち分かるだろ」

黒崎くんはそれだけ言うと、つまらなそうに私から視線を外した。

……なに、それ。
意味が、まったく分からない。

親?
頼まれてることって……一体、なに?
どうしてそんな話を、初対面の私にするの?
もしかして……彼は本当に、私のことを知っているんだろうか。

嫌な予感で、胸の奥が不気みにざわつき始める。
問い詰めたいのに、恐ろしくて言葉が出てこない。

黒崎くんはそれ以降、私に一度も視線を向けることなく、何も言わなかった。
まるで、最初からそんな会話なんて存在しなかったみたいに。

それから数日が過ぎても、私と彼の間に特別な会話は一度もなかった。

誰も私に干渉してこない、静かで影の薄い学校生活。
それは、私が喉から手が出るほど望んでいたはずのものだったのに……。

あのとき彼が落とした言葉だけが、棘のようにずっと胸の奥に引っかかっている。

——『親から頼まれてることがあってさ』

別に、深い意味なんてない。
ただの気まぐれ。
何度もそう自分に言い聞かせようとするのに。

あの静かで落ち着いた声が、頭から離れてくれなかった。