蛍の季節に、キミはまた会いに来る


こんなに早く教室に姿を現すなんて。
さっき廊下で会っていなければ、ここまで怯えることもなかったのに。

彼が、私の名前さえ、大声で呼ばれなければ。
こんな息もできないような恐怖を感じずに済んだのに。

黒崎(くろさき)、達也(たつや)。

さっき担任の先生が呼んでいた苗字と、いま瀬戸くんが口にした名前が結びついて、彼のフルネームが頭の中に浮かび上がる。
それが、あの“彼”の名前。

「なぁなぁ達也! この子、転校生の古川さん! うちの学校に転校生とかマジで久しぶりだしテンション上がるよな」

瀬戸くんが、あいかわらずの能天気な調子で後ろに向かって騒ぎ立てる。

……お願いだから、もうやめて。
私のことなんて、どうだっていいから放っておいて。

「……別に、そんなテンション上がるまでないだろ」

背後から、低く短く落ちてきた声。
その一言を聞いた瞬間、ぎゅっと固まっていた胸の奥の力が、ふっと抜けた。

——よかった。

無関心でいてくれる。
私に興味なんて持たないでいてくれる。
ただそれだけでいい。

やっぱり、さっき廊下で言っていた「知ってる」なんて言葉は、ただの口実だったんだ。
朝のホームルームをサボりたくて、先生を煙に巻くための適当な嘘。

「なんだよ、なんでそんな冷たいんだよ。知らない土地に来て心細いんだからさ、少しくらい気遣ってやれって。なぁ、古川さん?」

突然こちらに話を振られて、思わず喉が詰まる。

「え……あ、私は、その……大丈夫、ですので……」

自分でも嫌になるくらい、ぎこちない声で答える。

とにかく波風を立てないように。
これ以上、彼の興味を惹かないように。

——お願い。
お願いだから、もうそっとしておいて。

「……ああ、そうだ。古川」

安堵しかけたそのとき。
背後から、またあの低くて硬い声が落ちてきた。