どんよりとした雲が漂うなか、私と昴はいつものように屋上に居た。だけど、この日はよく座っているベンチではなくテーブルがセットになっている椅子に座っていた。
昼食を食べ終え、一息ついてから私は切り出した。
「天野恵のいじめから助けてくれて、味方でいてくれてありがとう」
私は昴にそう言って頭を下げた。ずっと言いたかったことをやっと伝えることができ、ホッとしていた。
「お礼を言われる立場じゃないよ、俺は。もっと早く助けてくれなかったんだって責められてもおかしくないんだ」
私の言葉に、昴は悔しそうな表情を作って言った。
「結果的に天野恵が退学になったから、良かったわ」
私は首を横に振ってからそう言った。
「それは確かに」
昴はそう言ってから頷いた。
私達はお互いなにも話さず、暫し無言になった。
沈黙を破るように先に口を開いたのは昴の方だった。
「紗希さんはさ、前に児童養護施設で育ったって言ってたよね?
俺から見たらどう見ても、天野さんから執着されてた理由があるように見えるけど、明らかに何か関係あるよね?」
昴の慧眼に私は曖昧な表情を作った。昴は辛抱強く私が話し出すのを待っている。
「あまりいい話でも、気分のいい話でもないわよ?」
私はそう前置きをした。昴が頷くのを確認してから、私は自分の指先を見ながら話し出した。
「私ね、小さい頃両親を交通事故で亡くしたの。運良く、私だけが生き残ったわ。物心ついたときから超能力があってね、交通事故のことも何となく予知していたの。でも子供だったから、それを防ぐことができなかったわ」
視線を昴の方に移すと、私の言葉を痛ましそうな顔をして聞いていた。
昴のほうから自分の指先に視線を戻し、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「両親を亡くしてからも頼れる親戚がいなくて。だから、児童養護施設の陽だまりの家に小学生のときに引き取られたわ。
陽だまりの家での生活は穏やかそのものだったわ。園長先生も優しかったし、他の職員さんも、そこにいた子供達も皆、優しかったわ」
一度そこで言葉を止めた。あの当時のことを思い出しながら、私は話すのを再開した。
「そのときはもう既に超能力が遣えたけど、コントロールの方法はまだ知らなかったわ。私がある意味で恵まれていたのは、超能力で相手の考えることが解って、それを言っても「勘のいい子」で済んだことだと思うわ。今になって思えば小学生だったから、とも言えるわね。
だけど私は、あの当時からもう既に他の子達と違うのは解っていたから、どんなに優しくされても孤独感は深まる一方だったわ」
誰も悪くないのにね。と言い私は続ける。
「児童養護施設で育ったこととか、両親がいないことを同情されたくなくて、小学校でも中学校でも必死に勉強したわ。時には本の世界に没頭したりもしたわ。
そんなときに中学生の時に、天野恵と同じクラスになったことが1度だけあったの。その時はいじめのターゲットにされなかった。だけど、異物扱いはされたし、天野恵の「心の声」を聞いたことがあったわ」
昴はなにも言わない。
「中学生だったのもあって、今よりもっとコントロールが上手くできなくて。あのとき聞いた「心の声」は、異物扱いされる時に言われた言葉よりどす黒いものだったわね」
ーー見透かしたような瞳でこっちを見てんじゃねーよ。
ーーなにあいつ、気持ち悪い。
あの当時聞いた「心の声」が脳内に甦ってくる。
昴は気がつくと、私の隣に椅子を移動して座っていた。昴は黙って私の手に触れようとする。
「中学時代は「心の声」の悪意に晒され続けたわ。そのときに私は誰も信じないことを決めたわ。正直、天野恵がこの高校を選んでいて、また同じクラスになるなんて思わなかったわ。それにまさかいじめられるとはね」
私の手に触れようとする昴の手を咄嗟に払いながら言った。
「昴は怖くないの?」
「え、何が?」
首をかしげながら昴は聞き返してきた。
「超能力がある私に触れるということは、心を読まれるかもしれないという可能性があるということよ。理解してる?」
私の強い言葉にも昴は動じなかった。
「うん、もちろん」
昴は真っ直ぐに私を見ながら静かに笑った。昴は黙って手をとり、そのまま優しく包み込んだ。
私は振りほどこうとした。けど昴は包み込んだ手に力を込め、離さない。
「この前、俺が肩を寄せたときなにもなかっただろ?」
確かになかった。
それに、今も触れている手からはなにも相変わらず聞こえてこない。
「言っただろう。紗希さんが独りにならないならいいよ」
優しく、諭すように昴は言った。
「自分の心が暴かれても?」
確認するように言う私に、昴ははっきりと言った。
「いいよ。そもそも俺の「心の声」は今は聞こえていないんだろう?」
昴は私をじっと見つめながら言った。
これには私も驚く。
「……なんでそれが解るの?」
昴の「心の声」が聞こえたのは、天野恵からのいじめを受けていたときに仲裁をしようとしたあのときだけだ。
「なんとなく、そうかなって思ってさ」
昴は穏やかに笑いながら言った。私は昴に包み込まれた手を見ながら話し出した。
「……昴だけよ。「心の声」が聞こえないのは」
昴は驚いた様子がない。
「でも、1度だけ聞こえたことがあったわ」
「そうなの?」
私は頷いた。
「天野恵からいじめを受けていたときに仲裁をしようとしたときがあったでしょう?あのときだけよ」
あのとき初めて、昴から聞いた「心の声」は悪意があるものでもなかったわ。と私は昴に言った。
少しの沈黙を経て、私は話し出した。
「昴も解っていると思うけど、天野恵は何も変わっていないわ。中学時代も今も」
私は昴にそう言うと
「クラスの女王様的な存在でカースト最上位者。
でも、学年トップの成績の紗希さんに敵わなくて、プライドを刺激されていじめに発展した」
くだらないな。と昴は言った。
「昴はどうなの。いじめられたこと、あるの?」
私の問いに昴は
「いいや」
と返した。
「俺の場合はいじめに発展させなかったな。父さんが弁護士だからどうしたらいいか相談してたのもあるけど」
昴は曇天の空を見上げて言う。
「俺の家は父子家庭なんだ。母さんは俺が小学生のときに病死したんだ。そこから父さんと2人で生きてきた」
「そう、なの」
昴は頷き、ゆっくりと続ける。
「前にも話したと思うけど、物心ついたときからすでに人より飛び抜けて観察力も観察眼も洞察力が鋭かった。それで気味悪がられることもあったんだ。
だからいじめに発展する前に父さんに相談して、それ相応の対応をしていじめに発展させなかったんだ」
昴は続ける。
「俺も同情されたくなくて必死に勉強したよ。父さんも俺と同じで本が好きでさ。父さんの書斎に、大きな本棚がいくつもあって、そこにたくさんの本があるんだ。ジャンルも問わずになんでもあるな。今でも増えてるし。子供の頃、俺は本の世界を逃げ場にしてたんだ」
私は黙って昴の話を聞いていた。
「中学生になった時点で、俺はもう人間関係に疲れてさ。だから自分の意思で孤独を選んだんだ」
昴はそう言うとふうと息を吐いた。
「紗希さんは、どうしていじめがなくならないと思う?」
昴は私の顔を覗き込むようにして聞いた。
私は少し考えて
「自分の普通を、押し付けて決めつけているから」
と答えた。
「俺もそう思う」
昴はそう同意して
「前に俺、弁護士志望だって言っただろう?いじめとかをメインにした弁護士になりたいと思っているんだ。
できれば自分の事務所を創って、心の相談をしたりできる場所を創りたいとも思ってるんだ」
だからこの前も言ったけど、紗希さんが起業したら俺を顧問弁護士にしてよ。と昴は言った。
「いい夢ね、昴」
その言葉に昴は
「お互いに、な」
そう言って昴はニッと笑った。
昼食を食べ終え、一息ついてから私は切り出した。
「天野恵のいじめから助けてくれて、味方でいてくれてありがとう」
私は昴にそう言って頭を下げた。ずっと言いたかったことをやっと伝えることができ、ホッとしていた。
「お礼を言われる立場じゃないよ、俺は。もっと早く助けてくれなかったんだって責められてもおかしくないんだ」
私の言葉に、昴は悔しそうな表情を作って言った。
「結果的に天野恵が退学になったから、良かったわ」
私は首を横に振ってからそう言った。
「それは確かに」
昴はそう言ってから頷いた。
私達はお互いなにも話さず、暫し無言になった。
沈黙を破るように先に口を開いたのは昴の方だった。
「紗希さんはさ、前に児童養護施設で育ったって言ってたよね?
俺から見たらどう見ても、天野さんから執着されてた理由があるように見えるけど、明らかに何か関係あるよね?」
昴の慧眼に私は曖昧な表情を作った。昴は辛抱強く私が話し出すのを待っている。
「あまりいい話でも、気分のいい話でもないわよ?」
私はそう前置きをした。昴が頷くのを確認してから、私は自分の指先を見ながら話し出した。
「私ね、小さい頃両親を交通事故で亡くしたの。運良く、私だけが生き残ったわ。物心ついたときから超能力があってね、交通事故のことも何となく予知していたの。でも子供だったから、それを防ぐことができなかったわ」
視線を昴の方に移すと、私の言葉を痛ましそうな顔をして聞いていた。
昴のほうから自分の指先に視線を戻し、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「両親を亡くしてからも頼れる親戚がいなくて。だから、児童養護施設の陽だまりの家に小学生のときに引き取られたわ。
陽だまりの家での生活は穏やかそのものだったわ。園長先生も優しかったし、他の職員さんも、そこにいた子供達も皆、優しかったわ」
一度そこで言葉を止めた。あの当時のことを思い出しながら、私は話すのを再開した。
「そのときはもう既に超能力が遣えたけど、コントロールの方法はまだ知らなかったわ。私がある意味で恵まれていたのは、超能力で相手の考えることが解って、それを言っても「勘のいい子」で済んだことだと思うわ。今になって思えば小学生だったから、とも言えるわね。
だけど私は、あの当時からもう既に他の子達と違うのは解っていたから、どんなに優しくされても孤独感は深まる一方だったわ」
誰も悪くないのにね。と言い私は続ける。
「児童養護施設で育ったこととか、両親がいないことを同情されたくなくて、小学校でも中学校でも必死に勉強したわ。時には本の世界に没頭したりもしたわ。
そんなときに中学生の時に、天野恵と同じクラスになったことが1度だけあったの。その時はいじめのターゲットにされなかった。だけど、異物扱いはされたし、天野恵の「心の声」を聞いたことがあったわ」
昴はなにも言わない。
「中学生だったのもあって、今よりもっとコントロールが上手くできなくて。あのとき聞いた「心の声」は、異物扱いされる時に言われた言葉よりどす黒いものだったわね」
ーー見透かしたような瞳でこっちを見てんじゃねーよ。
ーーなにあいつ、気持ち悪い。
あの当時聞いた「心の声」が脳内に甦ってくる。
昴は気がつくと、私の隣に椅子を移動して座っていた。昴は黙って私の手に触れようとする。
「中学時代は「心の声」の悪意に晒され続けたわ。そのときに私は誰も信じないことを決めたわ。正直、天野恵がこの高校を選んでいて、また同じクラスになるなんて思わなかったわ。それにまさかいじめられるとはね」
私の手に触れようとする昴の手を咄嗟に払いながら言った。
「昴は怖くないの?」
「え、何が?」
首をかしげながら昴は聞き返してきた。
「超能力がある私に触れるということは、心を読まれるかもしれないという可能性があるということよ。理解してる?」
私の強い言葉にも昴は動じなかった。
「うん、もちろん」
昴は真っ直ぐに私を見ながら静かに笑った。昴は黙って手をとり、そのまま優しく包み込んだ。
私は振りほどこうとした。けど昴は包み込んだ手に力を込め、離さない。
「この前、俺が肩を寄せたときなにもなかっただろ?」
確かになかった。
それに、今も触れている手からはなにも相変わらず聞こえてこない。
「言っただろう。紗希さんが独りにならないならいいよ」
優しく、諭すように昴は言った。
「自分の心が暴かれても?」
確認するように言う私に、昴ははっきりと言った。
「いいよ。そもそも俺の「心の声」は今は聞こえていないんだろう?」
昴は私をじっと見つめながら言った。
これには私も驚く。
「……なんでそれが解るの?」
昴の「心の声」が聞こえたのは、天野恵からのいじめを受けていたときに仲裁をしようとしたあのときだけだ。
「なんとなく、そうかなって思ってさ」
昴は穏やかに笑いながら言った。私は昴に包み込まれた手を見ながら話し出した。
「……昴だけよ。「心の声」が聞こえないのは」
昴は驚いた様子がない。
「でも、1度だけ聞こえたことがあったわ」
「そうなの?」
私は頷いた。
「天野恵からいじめを受けていたときに仲裁をしようとしたときがあったでしょう?あのときだけよ」
あのとき初めて、昴から聞いた「心の声」は悪意があるものでもなかったわ。と私は昴に言った。
少しの沈黙を経て、私は話し出した。
「昴も解っていると思うけど、天野恵は何も変わっていないわ。中学時代も今も」
私は昴にそう言うと
「クラスの女王様的な存在でカースト最上位者。
でも、学年トップの成績の紗希さんに敵わなくて、プライドを刺激されていじめに発展した」
くだらないな。と昴は言った。
「昴はどうなの。いじめられたこと、あるの?」
私の問いに昴は
「いいや」
と返した。
「俺の場合はいじめに発展させなかったな。父さんが弁護士だからどうしたらいいか相談してたのもあるけど」
昴は曇天の空を見上げて言う。
「俺の家は父子家庭なんだ。母さんは俺が小学生のときに病死したんだ。そこから父さんと2人で生きてきた」
「そう、なの」
昴は頷き、ゆっくりと続ける。
「前にも話したと思うけど、物心ついたときからすでに人より飛び抜けて観察力も観察眼も洞察力が鋭かった。それで気味悪がられることもあったんだ。
だからいじめに発展する前に父さんに相談して、それ相応の対応をしていじめに発展させなかったんだ」
昴は続ける。
「俺も同情されたくなくて必死に勉強したよ。父さんも俺と同じで本が好きでさ。父さんの書斎に、大きな本棚がいくつもあって、そこにたくさんの本があるんだ。ジャンルも問わずになんでもあるな。今でも増えてるし。子供の頃、俺は本の世界を逃げ場にしてたんだ」
私は黙って昴の話を聞いていた。
「中学生になった時点で、俺はもう人間関係に疲れてさ。だから自分の意思で孤独を選んだんだ」
昴はそう言うとふうと息を吐いた。
「紗希さんは、どうしていじめがなくならないと思う?」
昴は私の顔を覗き込むようにして聞いた。
私は少し考えて
「自分の普通を、押し付けて決めつけているから」
と答えた。
「俺もそう思う」
昴はそう同意して
「前に俺、弁護士志望だって言っただろう?いじめとかをメインにした弁護士になりたいと思っているんだ。
できれば自分の事務所を創って、心の相談をしたりできる場所を創りたいとも思ってるんだ」
だからこの前も言ったけど、紗希さんが起業したら俺を顧問弁護士にしてよ。と昴は言った。
「いい夢ね、昴」
その言葉に昴は
「お互いに、な」
そう言って昴はニッと笑った。

