「ずっと思ってたんだけどさ、紗希さんってメイクしてる?」
いつものように屋上のベンチに座っていると、昴が私の顔をまじまじと見て言った。
私がいつもしているメイクは、ほぼ整えるレベルしかしていない。だから昴が気がついたことに驚いた。
「……なんでわかったの?」
私はそう言うと、ハンドバッグから小さなメイクポーチを出し、ファスナーを開けてスバルに中身を見せた。
「ほぼ整えるレベルだけどしてるわ。
使ってるのが無色タイプの保護クリームとスキンケアパウダー、色付きリップ。睫毛はビューラーであげるだけ。眉はブラシで梳かして整えてるわ。
校則ギリギリのメイクをしている子達もいるけど、私には必要ないから」
私のポーチの中身は決して華やかではない、最低限だけどお気に入りの道具達ばかりが入っている。
それに私は、校則を破ってまでしてメイクをしたいと思ってはいない。
「私のメイクをみて、あれで可愛いと思ってるのかなとか可愛くないじゃんとかいう「心の声」も聞いたことがあるわね」
私は淡々と言った。
メイクをするようになってから、どれだけコントロールしていてもこういう「心の声」をよく聞くようになった。
「そうかな?俺は可愛いと思うけど……」
昴はさらりと言ってのけた。
私はこういうとき、どう反応していいかわからない。わからないから返答に困っていると
「紗希さんはどうしてメイクに興味をもったの?」
昴はそもそもの疑問を口にする。それに私は
「メイクって別人みたいになれるなって思ったから」
昴の方を見てそう答えてから、私は記憶を辿るようにゆっくりと話を続けた。
「1番最初に興味をもったのは、中学生ぐらいのときだったかしら。その当時のクラスメイトが美容について話しているのが聞こえたの。
そこから興味をもって、自分で調べたりしたわ」
私は前を向いて、水筒の中身を一口飲んで喉を潤してから続ける。
「調べてたときにたまたまメイク動画を観て、別人みたいになれるなって思ったの。それで、高校生になったらメイクしようと決めたわ」
「どうして高校生になったら?」
昴は首をかしげながら、そう聞いてきた。
「校則で禁止だったし、何より自分でメイク用品を買うお金がなかったから」
昴はなにも言わず、黙って続きを促した。
私は前を向いたままポツリポツリと話し出した。
「私は児童養護施設で育ったの。
早く自立したくて、私は寮のあるここ星蘭高校へ進学することを決めたわ。
施設から自立のために支給されたお金で、制服や教科書を揃えたあと、残ったお金で今のメイク用品を買ったの」
私の言葉に昴は目を見開いていた。
昴が口を開き、なにか言い出す前に私は続けた。
「私にとってのメイクはそうね、仮面みたいなものかしら」
昴は何も言わない。ただ真剣に、私の言葉に耳を傾けていることが判る。
「鎧で武装するというより、仮面を被って自分じゃない誰かになるみたいな感じかしら。私じゃない、誰かに。超能力者じゃない、私になれる気がしたの」
「心の声」なんて聞こえない、17歳のどこにでもいる普通の少女に。と私はポツリと呟いた。
私の言葉が静かな屋上へと響いていく。
柔らかく吹く風が私の髪を優しく靡かせた。
昴は私に肩を寄せ言葉に耳を傾け続ける。
「今使ってるメイク用品は、初めは肌トラブル対策で買った物だったわ。
フルメイクもしてみたくて、ファンデーションとかアイシャドウとか一通り買ってはみたわ。だけどファンデーションは色白だから色味が合わないことが多いし、肌トラブルが多くて。アイシャドウも同じで肌トラブルが多くて。それで私は自分が敏感肌なんだって気がついたわ。
それでファンデーションもアイシャドウとかも一切辞めて、今のメイク用品に固定にしたの」
私はそう言ってメイクポーチをそっと撫でた。
「辞めようとは思わなかったんだ?」
昴の問いに私は頷いた。
「社会人になっていきなりメイクしろって言われるのも嫌だったから」
「確かに。あれは理不尽だよなぁ。だったら練習する機会ぐらいくれよって思うよ。だからうちの高校、校則で華美じゃなければメイクしていいってなってるんじゃないかな」
昴は渋面を作ってから言った。
私はメイクポーチを見つめたまま昴に問いかける。
「昴からみたメイクってどう思う?」
私の問いに昴はうーん。と言って腕を組み、空を仰いだ。
暫し熟考して腕を組んだまま前を向いて
「俺からしたらだけど」
そう前置きをしてから昴は続けた。
「やりたかったら、やりたければやればいいと思うんだよね。それが男でも女でもさ。俺だって全くなにもやってないわけじゃないし、メイクとかだって興味がないわけじゃないさ。
服装とかも含めて言えば、女装したきゃすればいいと思うし、ロリータでもパンクでも好きな服着れば?って思うし。ネイルとかピアスも俺からしたらそうだね。男でも女でも、やりたかったらやればいいと思う。
というかむしろ、そんなことでいちいちどうこう言う奴はこっちから願い下げだね」
昴はバッサリとそう斬って捨てた。
偏見も、裏表もなにもない昴の言葉に私は
(らしいわ……)
と思った。
(メイクに興味、あるのね)
そのことを少し意外に思って、昴にそれを伝える。
「それにしても、少し意外だわ。昴も化粧品とか使うことあるの?正直申し訳ないのだけど、てっきり本にしか興味ないかと思ってたわ」
私の言葉を聞いた昴は屋上に響き渡るような大声で笑いだした。
「あはははっ!俺だって一応これでも色々やってるんだよ?それに美容系っていうの?そういう本だって読んだこともあるんだよ」
笑いすぎて出た涙を拭きながら昴は言った。
「本当に色んなジャンルの本を読んでるのね」
なんとも言えない感情を秘め、私は昴にそう言うのが精一杯だった。
「俺の父さんが弁護士でさ。子供の頃から「この仕事は清潔感が大事なんだぞ」って言って、肌とか眉を整えたりしてるのを毎朝見てるからね。そういうもんなんだなって思ってさ。
父さんの書斎にもメンズ美容関連の本があったりしてるんだ。それを読んだりとかあとは学校の図書館で借りたりとかもしてる。
俺は昔から、一度興味を持ったら調べないと気が済まない性質でさ。調べるっていうか読み漁るだけど。あとは自分が気になったらやってみたりとかもしてさ」
昴は行動派の読書家で本の虫なんだと、私は思わずにいられなかった。
私は昴に、まだ誰にも話したことのない夢を話し出した。
「私ね、将来メイク関係の仕事に就きたいと思っているの。
まだ漠然としているけど、化粧品開発もいいいなって思ってるわ。敏感肌でも色白でも使える、優しい化粧品を考えるの。あるいはそういう会社を創ってもいいかなって思ってるわ」
私の語る夢に、昴はどこか嬉しそうに
「いいな、それ。サキさんが考えた化粧品、俺も楽しみだな」
と言った。私は昴のその言葉が嬉しいと感じた。
すると昴はベンチから立ち上がり、私の目の前に立ってから唐突に言った。
「もしさ、会社を起業するってなったら俺を顧問弁護士にしてよ」
私は言われたことの意味が瞬時に理解できなかった。1人で戸惑っていると
「俺は将来、父さんと同じ弁護士になりたいって思ってるんだ。法律の力で守るよ」
私の瞳を覗き込むようにして昴は真剣に言った。
まるでは予言のようだとこのときの私は思った。
その言葉が現実になる日が来るのだろうか。
現実になったらきっと嬉しいことかもしれない。そのために、今の私が未来の私のためにできることを少しずつしていこう。
私達の暖かな会話が、屋上の暖かな陽気に穏やかに溶けていった。
いつものように屋上のベンチに座っていると、昴が私の顔をまじまじと見て言った。
私がいつもしているメイクは、ほぼ整えるレベルしかしていない。だから昴が気がついたことに驚いた。
「……なんでわかったの?」
私はそう言うと、ハンドバッグから小さなメイクポーチを出し、ファスナーを開けてスバルに中身を見せた。
「ほぼ整えるレベルだけどしてるわ。
使ってるのが無色タイプの保護クリームとスキンケアパウダー、色付きリップ。睫毛はビューラーであげるだけ。眉はブラシで梳かして整えてるわ。
校則ギリギリのメイクをしている子達もいるけど、私には必要ないから」
私のポーチの中身は決して華やかではない、最低限だけどお気に入りの道具達ばかりが入っている。
それに私は、校則を破ってまでしてメイクをしたいと思ってはいない。
「私のメイクをみて、あれで可愛いと思ってるのかなとか可愛くないじゃんとかいう「心の声」も聞いたことがあるわね」
私は淡々と言った。
メイクをするようになってから、どれだけコントロールしていてもこういう「心の声」をよく聞くようになった。
「そうかな?俺は可愛いと思うけど……」
昴はさらりと言ってのけた。
私はこういうとき、どう反応していいかわからない。わからないから返答に困っていると
「紗希さんはどうしてメイクに興味をもったの?」
昴はそもそもの疑問を口にする。それに私は
「メイクって別人みたいになれるなって思ったから」
昴の方を見てそう答えてから、私は記憶を辿るようにゆっくりと話を続けた。
「1番最初に興味をもったのは、中学生ぐらいのときだったかしら。その当時のクラスメイトが美容について話しているのが聞こえたの。
そこから興味をもって、自分で調べたりしたわ」
私は前を向いて、水筒の中身を一口飲んで喉を潤してから続ける。
「調べてたときにたまたまメイク動画を観て、別人みたいになれるなって思ったの。それで、高校生になったらメイクしようと決めたわ」
「どうして高校生になったら?」
昴は首をかしげながら、そう聞いてきた。
「校則で禁止だったし、何より自分でメイク用品を買うお金がなかったから」
昴はなにも言わず、黙って続きを促した。
私は前を向いたままポツリポツリと話し出した。
「私は児童養護施設で育ったの。
早く自立したくて、私は寮のあるここ星蘭高校へ進学することを決めたわ。
施設から自立のために支給されたお金で、制服や教科書を揃えたあと、残ったお金で今のメイク用品を買ったの」
私の言葉に昴は目を見開いていた。
昴が口を開き、なにか言い出す前に私は続けた。
「私にとってのメイクはそうね、仮面みたいなものかしら」
昴は何も言わない。ただ真剣に、私の言葉に耳を傾けていることが判る。
「鎧で武装するというより、仮面を被って自分じゃない誰かになるみたいな感じかしら。私じゃない、誰かに。超能力者じゃない、私になれる気がしたの」
「心の声」なんて聞こえない、17歳のどこにでもいる普通の少女に。と私はポツリと呟いた。
私の言葉が静かな屋上へと響いていく。
柔らかく吹く風が私の髪を優しく靡かせた。
昴は私に肩を寄せ言葉に耳を傾け続ける。
「今使ってるメイク用品は、初めは肌トラブル対策で買った物だったわ。
フルメイクもしてみたくて、ファンデーションとかアイシャドウとか一通り買ってはみたわ。だけどファンデーションは色白だから色味が合わないことが多いし、肌トラブルが多くて。アイシャドウも同じで肌トラブルが多くて。それで私は自分が敏感肌なんだって気がついたわ。
それでファンデーションもアイシャドウとかも一切辞めて、今のメイク用品に固定にしたの」
私はそう言ってメイクポーチをそっと撫でた。
「辞めようとは思わなかったんだ?」
昴の問いに私は頷いた。
「社会人になっていきなりメイクしろって言われるのも嫌だったから」
「確かに。あれは理不尽だよなぁ。だったら練習する機会ぐらいくれよって思うよ。だからうちの高校、校則で華美じゃなければメイクしていいってなってるんじゃないかな」
昴は渋面を作ってから言った。
私はメイクポーチを見つめたまま昴に問いかける。
「昴からみたメイクってどう思う?」
私の問いに昴はうーん。と言って腕を組み、空を仰いだ。
暫し熟考して腕を組んだまま前を向いて
「俺からしたらだけど」
そう前置きをしてから昴は続けた。
「やりたかったら、やりたければやればいいと思うんだよね。それが男でも女でもさ。俺だって全くなにもやってないわけじゃないし、メイクとかだって興味がないわけじゃないさ。
服装とかも含めて言えば、女装したきゃすればいいと思うし、ロリータでもパンクでも好きな服着れば?って思うし。ネイルとかピアスも俺からしたらそうだね。男でも女でも、やりたかったらやればいいと思う。
というかむしろ、そんなことでいちいちどうこう言う奴はこっちから願い下げだね」
昴はバッサリとそう斬って捨てた。
偏見も、裏表もなにもない昴の言葉に私は
(らしいわ……)
と思った。
(メイクに興味、あるのね)
そのことを少し意外に思って、昴にそれを伝える。
「それにしても、少し意外だわ。昴も化粧品とか使うことあるの?正直申し訳ないのだけど、てっきり本にしか興味ないかと思ってたわ」
私の言葉を聞いた昴は屋上に響き渡るような大声で笑いだした。
「あはははっ!俺だって一応これでも色々やってるんだよ?それに美容系っていうの?そういう本だって読んだこともあるんだよ」
笑いすぎて出た涙を拭きながら昴は言った。
「本当に色んなジャンルの本を読んでるのね」
なんとも言えない感情を秘め、私は昴にそう言うのが精一杯だった。
「俺の父さんが弁護士でさ。子供の頃から「この仕事は清潔感が大事なんだぞ」って言って、肌とか眉を整えたりしてるのを毎朝見てるからね。そういうもんなんだなって思ってさ。
父さんの書斎にもメンズ美容関連の本があったりしてるんだ。それを読んだりとかあとは学校の図書館で借りたりとかもしてる。
俺は昔から、一度興味を持ったら調べないと気が済まない性質でさ。調べるっていうか読み漁るだけど。あとは自分が気になったらやってみたりとかもしてさ」
昴は行動派の読書家で本の虫なんだと、私は思わずにいられなかった。
私は昴に、まだ誰にも話したことのない夢を話し出した。
「私ね、将来メイク関係の仕事に就きたいと思っているの。
まだ漠然としているけど、化粧品開発もいいいなって思ってるわ。敏感肌でも色白でも使える、優しい化粧品を考えるの。あるいはそういう会社を創ってもいいかなって思ってるわ」
私の語る夢に、昴はどこか嬉しそうに
「いいな、それ。サキさんが考えた化粧品、俺も楽しみだな」
と言った。私は昴のその言葉が嬉しいと感じた。
すると昴はベンチから立ち上がり、私の目の前に立ってから唐突に言った。
「もしさ、会社を起業するってなったら俺を顧問弁護士にしてよ」
私は言われたことの意味が瞬時に理解できなかった。1人で戸惑っていると
「俺は将来、父さんと同じ弁護士になりたいって思ってるんだ。法律の力で守るよ」
私の瞳を覗き込むようにして昴は真剣に言った。
まるでは予言のようだとこのときの私は思った。
その言葉が現実になる日が来るのだろうか。
現実になったらきっと嬉しいことかもしれない。そのために、今の私が未来の私のためにできることを少しずつしていこう。
私達の暖かな会話が、屋上の暖かな陽気に穏やかに溶けていった。

