雨が降っていた。
それでも構わず、私は教室の喧騒を背中で聞きながら屋上に向かう。
屋上の扉の前には昴が待っていた。
昴はいつもそう。先に来ていも扉の前で待っていてくれる。
私が来たことが分かると、昴は優しく笑った。そして屋上の扉を開け、一緒に屋上に入る。
今日も屋上には私達以外、誰もいない。
この学校の屋上は快晴でも、豪雨でも、曇天でも、天気季節に関わらず、昼休みの時間だけ解放されている。
校則上、誰でも自由に来ていい場所だけど、ここに来る生徒は私達以外いない。
ここはクラスメイトや他の生徒にとって、存在を忘れているに等しい場所。
だからこそ、ここには誰も来ない。絶対的に独りになれる場所でもあった。
私と昴は屋根の下のベンチに並んで座った。昴は本を開き読書を、私は雨が煙る様子を見ていた。その雨を見ながら
「私に超能力があるって気づいたきっかけってなに?」
私はその静寂を破るように、ずっと聞きたかったことを思いきって聞いた。
昴は呼んでいた小説を閉じて顔をあげた。その表情はいつもと変わらない。じっと雨が煙る様子を見てから、記憶を辿るように話し出した。
「ほぼ直感的にだよ。なんとなくそうじゃないかって思ったんだ」
昴はそこで一旦言葉をきる。一呼吸置いてから続ける。
「俺は色んなジャンルの小説を読むから、それに当て嵌めることができたから判った。でもきっと、判ったきっかけってそれだけじゃきっとないと思うんだ。
直感ってさ、経験の積み重ねから得るものがあるんじゃないかって俺は思うんだ。俺の場合、相手に表情とか視線とかそういうのを、データとして無意識に記憶に蓄積してた。だから判ったのかなって思った」
そう言うと昴はいつもの穏やかな笑みを口元に浮かべた。
私は更に問いかけた。
「超能力についてどう思う?」
昴は考え込むように、手に持っている小説に目を落とした。昴は考えをまとめるようにゆっくり言葉を紡ぎ出す。
「小説の中で見ていると、便利そうだなとか、使えるのはいいなとか思うけど、実際はどうだろうな。俺はどうこう言える立場じゃないし、当事者ではないし」
「私は誰かに話したことはないわね。知られたくないって思っていたから。バレたことも、今までなかったわ」
屋根の下のベンチに座ったまま、雨が煙る屋上から見える遠くの景色を見ながら言った。
昴とこうして話すようになった今でも、私は人間は嫌いだし信じられない。そこは頑なに変わっていない。変わっていない、けれど。
「バレたのが昴で良かったかも」
私は昴に聞こえるかどうかの声でそう呟いた。
昴だったら、私のことを化け物と呼んだり異物扱いにしたりしないと私は思った。
「紗希さんはどんな超能力が遣えるの?」
「昴は超能力がほしいと思う?」
私達の問いが同時に重なった。
お互いがお互いの問いに首をかしげた。先に昴が話し出した。
「超能力ってさ、色んな種類があるだろ?ピンポイントで遣えるとか満遍なく遣えるとか。
「心の声」もそうだろうし、俺のスマホに直接動画を送ったのもそうだろう?それ以外にもあるなら、紗希さんが嫌じゃなければ見てみないなって思って」
昴は私に
「本当に嫌じゃなければでいいんだけど」
と付け足した。
正直、私は困惑した。
今までの私だったら断っていた。
誰にも知られたくないと思っていた。
だけど、昴だったら。昴にだけだったら。
「いいわよ」
知られても構わない。そう思って私がそう返事をすると、昴は顔を綻ばせた。
その様子を見て、私の口元に微かに笑みが浮かんだ。
そのまま昴の方を真っ直ぐに見つめた。昴と目が合う。
『私の声が聞こえる?』
「えっ?」
昴は驚いたような声を出し、声の出所を探すように周囲を見回してから、私の顔を凝視した。
唇は一切動かしていない私に、昴は困惑した表情を浮かべるていた。
「今、私がやったのは念話。声を出さなくても会話ができるわ。でも、一方的な通信しかできない、一方通行なの。昴が頭の中で返事をしても、私には聞こえない」
私はそこで一度言葉をきった。そしてゆっくり続ける。
「あの日のことを、覚えてる?」
私が朝教室に行きたくなくて、ここに来た日。超能力が暴走して、昴に感情の嵐をぶつけてしまった日。
昴はあの日の感情の嵐を思い出したのか、痛ましそうに顔を歪めた。
「そもそも私があの日の朝、屋上にいたのは念動力で屋上の扉の鍵を開けたから。
私が「心の声」が聞こえるのは接触感応があるから。触れたら心が読める。そうでなくても私の意思に関係なく、周囲の「心の声」が聞こえてくるの。
あの日昴が体験した感情の嵐は、普段制御している接触感応が暴走したから起こったものになるわ」
見たくない、知りもしたくない人間の心の闇が嫌でも見える。見えてしまう。そういうリスクがある。
「私からしたら、昴のその慧眼も十分すごいと思うけど」
私は続けて
「私は超能力で、昴はその慧眼で人間の心の闇が判ってしまうっていうところは、本質的には同じね」
と言った。
「紗希さんのいじめの告発をするのに、証拠の提供をお願いしたとき俺のスマホに送ったのは?」
「あれは電脳操作。電子機器の電波だったりネットワークに自分の意識を流し込んで操作できるの」
私は自分のスマホを取り出し、ロック画面の状態になっているのを昴に見せる。昴も私の手元を覗き込んだ。
私は自分のスマホをじっと見つめ意識を集中させる。画面に指は置いていない。ただ持っているだけ。脳内でロック画面を開き、電子書籍アプリを開くのをイメージする。
指は画面に置いていないのにも関わらず、脳内の動きと同じように画面が動いた。昴は目を見開いていた。
「……それってその気になれば、ネットから何から何まで人一人丸裸にすることができるってこと?」
昴は恐る恐る私に聞いた。その問いに私は黙って頷いた。
「超能力があるって、こういうリスクと常に戦っているということよ」
私は昴の瞳を覗き込み、もう一度問いかけた。
「それでも、超能力がほしいと思う?」
その恐怖を身をもって知った今、昴はなにを思うのだろう。
昴は雨が降り、白く煙る屋上を見たままポツリと言った。
「……紗希さんが独りならないなら、いいよ」
私はその言葉に驚きを隠せなかった。
「どれだけ「心の声」が聞こえても?」
確認するように聞く私に、昴は
「うん。2人なら……、いいよ」
昴はしっかりとした声で言った。
私は昴と話すようになった今でも孤独のままだ。超能力を持つ私の孤独と、慧眼を持つ昴の孤独は同じものなのだろうか。
超能力があろうがなかろうが、孤独でも昴が隣にいてくれるのなら。
同じ孤独を昴と共有できるのなら。それは嬉しいことなのかもしれない。
雨の静寂の中、遠くから校舎の喧騒が聞こえてくる。その喧騒を聞きながら、私はそう思った。
それでも構わず、私は教室の喧騒を背中で聞きながら屋上に向かう。
屋上の扉の前には昴が待っていた。
昴はいつもそう。先に来ていも扉の前で待っていてくれる。
私が来たことが分かると、昴は優しく笑った。そして屋上の扉を開け、一緒に屋上に入る。
今日も屋上には私達以外、誰もいない。
この学校の屋上は快晴でも、豪雨でも、曇天でも、天気季節に関わらず、昼休みの時間だけ解放されている。
校則上、誰でも自由に来ていい場所だけど、ここに来る生徒は私達以外いない。
ここはクラスメイトや他の生徒にとって、存在を忘れているに等しい場所。
だからこそ、ここには誰も来ない。絶対的に独りになれる場所でもあった。
私と昴は屋根の下のベンチに並んで座った。昴は本を開き読書を、私は雨が煙る様子を見ていた。その雨を見ながら
「私に超能力があるって気づいたきっかけってなに?」
私はその静寂を破るように、ずっと聞きたかったことを思いきって聞いた。
昴は呼んでいた小説を閉じて顔をあげた。その表情はいつもと変わらない。じっと雨が煙る様子を見てから、記憶を辿るように話し出した。
「ほぼ直感的にだよ。なんとなくそうじゃないかって思ったんだ」
昴はそこで一旦言葉をきる。一呼吸置いてから続ける。
「俺は色んなジャンルの小説を読むから、それに当て嵌めることができたから判った。でもきっと、判ったきっかけってそれだけじゃきっとないと思うんだ。
直感ってさ、経験の積み重ねから得るものがあるんじゃないかって俺は思うんだ。俺の場合、相手に表情とか視線とかそういうのを、データとして無意識に記憶に蓄積してた。だから判ったのかなって思った」
そう言うと昴はいつもの穏やかな笑みを口元に浮かべた。
私は更に問いかけた。
「超能力についてどう思う?」
昴は考え込むように、手に持っている小説に目を落とした。昴は考えをまとめるようにゆっくり言葉を紡ぎ出す。
「小説の中で見ていると、便利そうだなとか、使えるのはいいなとか思うけど、実際はどうだろうな。俺はどうこう言える立場じゃないし、当事者ではないし」
「私は誰かに話したことはないわね。知られたくないって思っていたから。バレたことも、今までなかったわ」
屋根の下のベンチに座ったまま、雨が煙る屋上から見える遠くの景色を見ながら言った。
昴とこうして話すようになった今でも、私は人間は嫌いだし信じられない。そこは頑なに変わっていない。変わっていない、けれど。
「バレたのが昴で良かったかも」
私は昴に聞こえるかどうかの声でそう呟いた。
昴だったら、私のことを化け物と呼んだり異物扱いにしたりしないと私は思った。
「紗希さんはどんな超能力が遣えるの?」
「昴は超能力がほしいと思う?」
私達の問いが同時に重なった。
お互いがお互いの問いに首をかしげた。先に昴が話し出した。
「超能力ってさ、色んな種類があるだろ?ピンポイントで遣えるとか満遍なく遣えるとか。
「心の声」もそうだろうし、俺のスマホに直接動画を送ったのもそうだろう?それ以外にもあるなら、紗希さんが嫌じゃなければ見てみないなって思って」
昴は私に
「本当に嫌じゃなければでいいんだけど」
と付け足した。
正直、私は困惑した。
今までの私だったら断っていた。
誰にも知られたくないと思っていた。
だけど、昴だったら。昴にだけだったら。
「いいわよ」
知られても構わない。そう思って私がそう返事をすると、昴は顔を綻ばせた。
その様子を見て、私の口元に微かに笑みが浮かんだ。
そのまま昴の方を真っ直ぐに見つめた。昴と目が合う。
『私の声が聞こえる?』
「えっ?」
昴は驚いたような声を出し、声の出所を探すように周囲を見回してから、私の顔を凝視した。
唇は一切動かしていない私に、昴は困惑した表情を浮かべるていた。
「今、私がやったのは念話。声を出さなくても会話ができるわ。でも、一方的な通信しかできない、一方通行なの。昴が頭の中で返事をしても、私には聞こえない」
私はそこで一度言葉をきった。そしてゆっくり続ける。
「あの日のことを、覚えてる?」
私が朝教室に行きたくなくて、ここに来た日。超能力が暴走して、昴に感情の嵐をぶつけてしまった日。
昴はあの日の感情の嵐を思い出したのか、痛ましそうに顔を歪めた。
「そもそも私があの日の朝、屋上にいたのは念動力で屋上の扉の鍵を開けたから。
私が「心の声」が聞こえるのは接触感応があるから。触れたら心が読める。そうでなくても私の意思に関係なく、周囲の「心の声」が聞こえてくるの。
あの日昴が体験した感情の嵐は、普段制御している接触感応が暴走したから起こったものになるわ」
見たくない、知りもしたくない人間の心の闇が嫌でも見える。見えてしまう。そういうリスクがある。
「私からしたら、昴のその慧眼も十分すごいと思うけど」
私は続けて
「私は超能力で、昴はその慧眼で人間の心の闇が判ってしまうっていうところは、本質的には同じね」
と言った。
「紗希さんのいじめの告発をするのに、証拠の提供をお願いしたとき俺のスマホに送ったのは?」
「あれは電脳操作。電子機器の電波だったりネットワークに自分の意識を流し込んで操作できるの」
私は自分のスマホを取り出し、ロック画面の状態になっているのを昴に見せる。昴も私の手元を覗き込んだ。
私は自分のスマホをじっと見つめ意識を集中させる。画面に指は置いていない。ただ持っているだけ。脳内でロック画面を開き、電子書籍アプリを開くのをイメージする。
指は画面に置いていないのにも関わらず、脳内の動きと同じように画面が動いた。昴は目を見開いていた。
「……それってその気になれば、ネットから何から何まで人一人丸裸にすることができるってこと?」
昴は恐る恐る私に聞いた。その問いに私は黙って頷いた。
「超能力があるって、こういうリスクと常に戦っているということよ」
私は昴の瞳を覗き込み、もう一度問いかけた。
「それでも、超能力がほしいと思う?」
その恐怖を身をもって知った今、昴はなにを思うのだろう。
昴は雨が降り、白く煙る屋上を見たままポツリと言った。
「……紗希さんが独りならないなら、いいよ」
私はその言葉に驚きを隠せなかった。
「どれだけ「心の声」が聞こえても?」
確認するように聞く私に、昴は
「うん。2人なら……、いいよ」
昴はしっかりとした声で言った。
私は昴と話すようになった今でも孤独のままだ。超能力を持つ私の孤独と、慧眼を持つ昴の孤独は同じものなのだろうか。
超能力があろうがなかろうが、孤独でも昴が隣にいてくれるのなら。
同じ孤独を昴と共有できるのなら。それは嬉しいことなのかもしれない。
雨の静寂の中、遠くから校舎の喧騒が聞こえてくる。その喧騒を聞きながら、私はそう思った。

