翌日の昼休み、私は友達の机にお菓子を置いた。
「なにこれ?」
「昨日のごめん料」
「なにそれ、いらんわ」
そう言いながら、友達は袋を開けた。
「でも、ありがと」
「どういたしまして」
これで昨日のことは終わり。
そういうことにしたかった。
友達はお菓子を口に入れスマホをこちらに向けた。
「ねえ、これ見て。昨日駅前で撮ったやつ」
画面には、誕生日プレゼントを買いに行ったときの写真が並んでいた。
「こっちとこっちで迷ったんよ。結局、こっちにした」
「いいじゃん。かわいい」
「でしょ?」
友達が笑う。
昨日、私がいなくても楽しかったらしい。
それなら、よかった。
そう思った。
「そういえばさ」
友達がスマホをしまう。
「昨日、誰と会っとったん?」
「え?」
「いや、ちょっと気になっただけ。別に言いたくないならいいけど」
私は箸を持ち直した。
「……あいつ」
「え、あいつって?」
「ほら、いつも一緒におる」
「あー!」
友達は妙に納得した顔をした。
「そっか。2人で出かけたんじゃ」
「本屋に行っただけよ」
「ふーん」
「ほんまにそれだけ」
聞かれてもいないのに、言い訳が先に出た。
ただ友達は「いいね」と言った。
その一言が引っかかった。
「何が?」
「いや、2人で本屋とか。仲いいなって」
「いつも一緒におるじゃん」
「そうだけど、うちとは最近あんまり出かけてくれんくなったし」
友達は冗談っぽく言った。
私は笑おうとした。
「そんなことないって」
「ほんま?」
「ほんまほんま」
「じゃあ、今度どっか行こうや」
「いいよ」
返事はすぐにできた。
予定も聞かなかった。
行く場所も決めなかった。
とりあえず約束だけしておけば、私は友達を大事にしていることになる。
*
放課後、彼は教室の後ろで男子たちと話していた。
私が鞄を持って近づくと、彼がこちらに気づいた。
「あ、ちょうどよかった」
「何?」
「今日さ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「なに?」
彼は手に持っていたプリントを見せた。
文化祭のクラス企画についてのアンケートだった。
うちのクラスは、展示をするか、出し物をするかで意見が割れている。
担任は今日中に希望をまとめてほしいと言っていた。
「これ、女子の意見も聞いてこいって言われた」
「自分で聞けばいいじゃん」
「聞いたんだけど、みんな好き勝手言うから、まとまらん」
「それは大変ですね」
「他人事だなあ」
彼が笑う。
私はプリントを受け取った。
「で、私に何をしろと?」
「一緒に考えてくれん?」
「私が?」
「お前、こういうの得意そうじゃん」
意外だった。
彼が私のことを、そういうふうに見ていたなんて。
「別に得意じゃないけど」
「そう?前に文化祭の案いろいろ出しとったじゃん」
覚えていたんだ。
去年の話だ。
私は友達とふざけながら、クラスでやる企画をいくつか提案しただけだった。
そんなことまで覚えているとは思わなかった。
「……まあ、いいけど」
「助かる!」
彼は本当に嬉しそうだった。
今度こそ、ちゃんと役に立てる。
教室の前方では実行委員がクラスメイトに意見を聞いていた。
「お化け屋敷がいい人!」
何人かが手を挙げる。
「喫茶店がいい人!」
また別の人たちが手を挙げた。
彼が小声で言った。
「どっちも面倒そうなんだよな」
「じゃあ何がいいの?」
「普通に展示とか?」
「絶対つまらんって言われるよ」
「だよなあ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
結局、私はクラスメイトの意見を1人ずつ聞いて回ることになった。
思っていたよりも面倒だった。
お化け屋敷がいいという人は、怖いものが好きだから。
喫茶店がいいという人は、衣装を着てみたいから。
展示がいいという人は、準備が楽そうだから。
みんな理由は違った。
しかも、自分の意見を聞いてもらえないと不機嫌になる人もいた。
「もう多数決でよくない?」
誰かが言った。
「それだと少数派がかわいそうじゃん」
別の誰かが返す。
私は、そのやりとりを聞きながら思った。
結局、全員が納得する答えなんてないのかもしれない。
それなら、どうやって決めればいいんだろう。
「どうした?」
隣に来た彼が、私の顔をのぞき込んだ。
「いや、みんな意見が違いすぎて」
「まあ、そうなるよな」
「どうしたらいいと思う?」
「お前は?」
「え?」
「お前は何がいいの?」
私は口を開きかけて、閉じた。
自分の意見。
みんなの意見を聞いて、できるだけ揉めないようにまとめる。
それが私の役目だと思っていた。
「……私は、喫茶店かな」
「へえ。なんで?」
「楽しそうだから」
「じゃあ、そう言えばいいじゃん」
彼はそれだけ言って、別の男子に呼ばれて行ってしまった。
私は手元のプリントを見た。
喫茶店。
理由は、楽しそうだから。
私はプリントの端に、小さく丸をつけた。
*
その日の帰り、彼と駅まで歩いた。
文化祭の話をしていたらいつの間にか電車の時間が迫っていた。
「やば、急がんと」
彼が走り出す。
「待って、速い!」
私は笑いながら追いかけた。
改札を通り、ホームに着いたところで、電車が入ってきた。
「間に合った!」
「ぎりぎりじゃん」
「お前が遅いんだって」
「そっちが速いんでしょ!」
言い合いながら、電車に乗り込む。
車内は混んでいた。
私たちはドアの近くに立ち、揺れる車両の中でつり革につかまった。
彼のスマホが鳴った。
「ちょっとごめん」
画面を見た彼が、メッセージを返し始める。
私は窓の外を見た。
今日はいろいろあった。
「なあ」
彼がスマホをしまった。
「さっきのアンケート、ありがとな」
「うん」
「お前に頼んでよかったわ」
私は思わず顔を上げた。
「……何」
「いや、みんなの話ちゃんと聞いとったし。俺ああいうの苦手だから」
「別に、普通だよ」
「そうかな」
彼は笑った。
「俺だったら、途中で面倒になって多数決にしてる」
「それはそうかも」
「おい」
2人で笑った。
電車が駅に着く。
彼は降りる準備をしながら、ふと思い出したように言った。
「そうだ。今度、クラスのやつらと遊びに行くんだけど、お前も来る?」
「……え?」
「まだ決まってないけど。何人かで」
私は返事をしようとした。
けれど、すぐには言葉が出なかった。
2人きりではない。
私と彼だけの時間ではない。
「行くよ」
私は答えた。
「お、じゃあ聞いとくわ」
彼はホームへ降りていった。
私はその背中を追いかけながら、自分が何を期待していたのか考えた。
2人で出かけたいのか。
それとも、彼が誰といても、自分だけは特別だと確かめたいのか。
どちらなのか、まだ分からなかった。
翌日、文化祭の企画は喫茶店に決まった。
準備が大変そうだと文句を言う人もいたけれど、最終的にはみんな納得したらしい。
私はアンケートの集計を実行委員に渡した。
「ありがと!助かった!」
そう言われて、少し照れくさくなった。
席に戻ると、彼がこちらを見ていた。
「お疲れ」
「そっちもね」
「いや、俺は何もしてないけど」
「知ってる」
「ひどくね?」
笑い声が教室に広がる。
そのとき、友達が私の机にやってきた。
「ねえ、昨日の約束なんだけど」
「あ、うん!」
私は顔を上げた。
「今度の日曜、空いとる?」
日曜日。
彼が誘ってくれた、クラスの遊びの予定が頭に浮かんだ。
まだ、日にちは決まっていなかったはずだ。
「ちょっと待って。確認する」
私はスマホを取り出した。
彼にメッセージを送る。
『今度の遊びって日曜?』
返事はすぐに来た。
『そう!大丈夫そう?』
私は画面を見つめた。
友達との約束を断れば、彼と遊びに行ける。
友達との約束を優先すれば、彼らの集まりには参加できないかも。
どちらも、私が選べることだった。
私は友達を見た。
「ごめん、日曜日ちょっと予定入っとった」
「そっか!じゃあ別の日にしよ」
友達は笑った。
私は、ほっとした。
彼と遊びに行ける。
嬉しかった。
友達が席に戻ったあと、私は自分のスマホを見た。
彼に『大丈夫!』と送る。
すぐに返事が来た。
『よかった!』
私は机に頬杖をついた。
窓の外では、グラウンドを走る陸上部の姿が見えた。
その日の帰り道。
友達が、いつもより少しだけ先を歩いているのを見た。
私が声をかけると、友達は振り返った。
「ん?どうした?」
「いや、一緒に帰ろうと思って」
「あ、ごめん!今日ちょっと寄るとこあるんよ」
友達は笑って、手を振った。
「また明日ね!」
私は立ち止まった。
友達は、私を待たなかった。
それだけなのに、私はなぜか置いていかれたような気がした。
「なにこれ?」
「昨日のごめん料」
「なにそれ、いらんわ」
そう言いながら、友達は袋を開けた。
「でも、ありがと」
「どういたしまして」
これで昨日のことは終わり。
そういうことにしたかった。
友達はお菓子を口に入れスマホをこちらに向けた。
「ねえ、これ見て。昨日駅前で撮ったやつ」
画面には、誕生日プレゼントを買いに行ったときの写真が並んでいた。
「こっちとこっちで迷ったんよ。結局、こっちにした」
「いいじゃん。かわいい」
「でしょ?」
友達が笑う。
昨日、私がいなくても楽しかったらしい。
それなら、よかった。
そう思った。
「そういえばさ」
友達がスマホをしまう。
「昨日、誰と会っとったん?」
「え?」
「いや、ちょっと気になっただけ。別に言いたくないならいいけど」
私は箸を持ち直した。
「……あいつ」
「え、あいつって?」
「ほら、いつも一緒におる」
「あー!」
友達は妙に納得した顔をした。
「そっか。2人で出かけたんじゃ」
「本屋に行っただけよ」
「ふーん」
「ほんまにそれだけ」
聞かれてもいないのに、言い訳が先に出た。
ただ友達は「いいね」と言った。
その一言が引っかかった。
「何が?」
「いや、2人で本屋とか。仲いいなって」
「いつも一緒におるじゃん」
「そうだけど、うちとは最近あんまり出かけてくれんくなったし」
友達は冗談っぽく言った。
私は笑おうとした。
「そんなことないって」
「ほんま?」
「ほんまほんま」
「じゃあ、今度どっか行こうや」
「いいよ」
返事はすぐにできた。
予定も聞かなかった。
行く場所も決めなかった。
とりあえず約束だけしておけば、私は友達を大事にしていることになる。
*
放課後、彼は教室の後ろで男子たちと話していた。
私が鞄を持って近づくと、彼がこちらに気づいた。
「あ、ちょうどよかった」
「何?」
「今日さ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「なに?」
彼は手に持っていたプリントを見せた。
文化祭のクラス企画についてのアンケートだった。
うちのクラスは、展示をするか、出し物をするかで意見が割れている。
担任は今日中に希望をまとめてほしいと言っていた。
「これ、女子の意見も聞いてこいって言われた」
「自分で聞けばいいじゃん」
「聞いたんだけど、みんな好き勝手言うから、まとまらん」
「それは大変ですね」
「他人事だなあ」
彼が笑う。
私はプリントを受け取った。
「で、私に何をしろと?」
「一緒に考えてくれん?」
「私が?」
「お前、こういうの得意そうじゃん」
意外だった。
彼が私のことを、そういうふうに見ていたなんて。
「別に得意じゃないけど」
「そう?前に文化祭の案いろいろ出しとったじゃん」
覚えていたんだ。
去年の話だ。
私は友達とふざけながら、クラスでやる企画をいくつか提案しただけだった。
そんなことまで覚えているとは思わなかった。
「……まあ、いいけど」
「助かる!」
彼は本当に嬉しそうだった。
今度こそ、ちゃんと役に立てる。
教室の前方では実行委員がクラスメイトに意見を聞いていた。
「お化け屋敷がいい人!」
何人かが手を挙げる。
「喫茶店がいい人!」
また別の人たちが手を挙げた。
彼が小声で言った。
「どっちも面倒そうなんだよな」
「じゃあ何がいいの?」
「普通に展示とか?」
「絶対つまらんって言われるよ」
「だよなあ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
結局、私はクラスメイトの意見を1人ずつ聞いて回ることになった。
思っていたよりも面倒だった。
お化け屋敷がいいという人は、怖いものが好きだから。
喫茶店がいいという人は、衣装を着てみたいから。
展示がいいという人は、準備が楽そうだから。
みんな理由は違った。
しかも、自分の意見を聞いてもらえないと不機嫌になる人もいた。
「もう多数決でよくない?」
誰かが言った。
「それだと少数派がかわいそうじゃん」
別の誰かが返す。
私は、そのやりとりを聞きながら思った。
結局、全員が納得する答えなんてないのかもしれない。
それなら、どうやって決めればいいんだろう。
「どうした?」
隣に来た彼が、私の顔をのぞき込んだ。
「いや、みんな意見が違いすぎて」
「まあ、そうなるよな」
「どうしたらいいと思う?」
「お前は?」
「え?」
「お前は何がいいの?」
私は口を開きかけて、閉じた。
自分の意見。
みんなの意見を聞いて、できるだけ揉めないようにまとめる。
それが私の役目だと思っていた。
「……私は、喫茶店かな」
「へえ。なんで?」
「楽しそうだから」
「じゃあ、そう言えばいいじゃん」
彼はそれだけ言って、別の男子に呼ばれて行ってしまった。
私は手元のプリントを見た。
喫茶店。
理由は、楽しそうだから。
私はプリントの端に、小さく丸をつけた。
*
その日の帰り、彼と駅まで歩いた。
文化祭の話をしていたらいつの間にか電車の時間が迫っていた。
「やば、急がんと」
彼が走り出す。
「待って、速い!」
私は笑いながら追いかけた。
改札を通り、ホームに着いたところで、電車が入ってきた。
「間に合った!」
「ぎりぎりじゃん」
「お前が遅いんだって」
「そっちが速いんでしょ!」
言い合いながら、電車に乗り込む。
車内は混んでいた。
私たちはドアの近くに立ち、揺れる車両の中でつり革につかまった。
彼のスマホが鳴った。
「ちょっとごめん」
画面を見た彼が、メッセージを返し始める。
私は窓の外を見た。
今日はいろいろあった。
「なあ」
彼がスマホをしまった。
「さっきのアンケート、ありがとな」
「うん」
「お前に頼んでよかったわ」
私は思わず顔を上げた。
「……何」
「いや、みんなの話ちゃんと聞いとったし。俺ああいうの苦手だから」
「別に、普通だよ」
「そうかな」
彼は笑った。
「俺だったら、途中で面倒になって多数決にしてる」
「それはそうかも」
「おい」
2人で笑った。
電車が駅に着く。
彼は降りる準備をしながら、ふと思い出したように言った。
「そうだ。今度、クラスのやつらと遊びに行くんだけど、お前も来る?」
「……え?」
「まだ決まってないけど。何人かで」
私は返事をしようとした。
けれど、すぐには言葉が出なかった。
2人きりではない。
私と彼だけの時間ではない。
「行くよ」
私は答えた。
「お、じゃあ聞いとくわ」
彼はホームへ降りていった。
私はその背中を追いかけながら、自分が何を期待していたのか考えた。
2人で出かけたいのか。
それとも、彼が誰といても、自分だけは特別だと確かめたいのか。
どちらなのか、まだ分からなかった。
翌日、文化祭の企画は喫茶店に決まった。
準備が大変そうだと文句を言う人もいたけれど、最終的にはみんな納得したらしい。
私はアンケートの集計を実行委員に渡した。
「ありがと!助かった!」
そう言われて、少し照れくさくなった。
席に戻ると、彼がこちらを見ていた。
「お疲れ」
「そっちもね」
「いや、俺は何もしてないけど」
「知ってる」
「ひどくね?」
笑い声が教室に広がる。
そのとき、友達が私の机にやってきた。
「ねえ、昨日の約束なんだけど」
「あ、うん!」
私は顔を上げた。
「今度の日曜、空いとる?」
日曜日。
彼が誘ってくれた、クラスの遊びの予定が頭に浮かんだ。
まだ、日にちは決まっていなかったはずだ。
「ちょっと待って。確認する」
私はスマホを取り出した。
彼にメッセージを送る。
『今度の遊びって日曜?』
返事はすぐに来た。
『そう!大丈夫そう?』
私は画面を見つめた。
友達との約束を断れば、彼と遊びに行ける。
友達との約束を優先すれば、彼らの集まりには参加できないかも。
どちらも、私が選べることだった。
私は友達を見た。
「ごめん、日曜日ちょっと予定入っとった」
「そっか!じゃあ別の日にしよ」
友達は笑った。
私は、ほっとした。
彼と遊びに行ける。
嬉しかった。
友達が席に戻ったあと、私は自分のスマホを見た。
彼に『大丈夫!』と送る。
すぐに返事が来た。
『よかった!』
私は机に頬杖をついた。
窓の外では、グラウンドを走る陸上部の姿が見えた。
その日の帰り道。
友達が、いつもより少しだけ先を歩いているのを見た。
私が声をかけると、友達は振り返った。
「ん?どうした?」
「いや、一緒に帰ろうと思って」
「あ、ごめん!今日ちょっと寄るとこあるんよ」
友達は笑って、手を振った。
「また明日ね!」
私は立ち止まった。
友達は、私を待たなかった。
それだけなのに、私はなぜか置いていかれたような気がした。



