放課後のチャイムが鳴る少し前、スマホが震えた。
『今日、帰り空いてる?』
彼からだった。
昨日、本屋に行こうと誘われた。
だから、聞かれるまでもなく行くつもりだったのに、わざわざ確認されるとなんだか嬉しくなる。
『空いてるよ』
送信してスマホを伏せた。
その直後、別の通知が届いた。
『今日駅前寄れる?誕プレ、一緒に選んでほしい!』
友達からだった。
そういえば、今週末は友達の誕生日会がある。
プレゼントを一緒に選ぶ約束をしていた気がする。
私はカレンダーを開いた。
今日の日付には何も書いていなかった。
約束したのは昨日でもなくもっと前だったはずだ。
それなのに、すっかり忘れていた。
『ごめん、今日ちょっと用事できた!また今度でもいい?』
指が止まった。
送信した。
友達からは、すぐに返事が来た。
『おっけー!じゃあ自分で見てくるね』
教室を出ると、廊下の窓際に彼がいた。
「お待たせ」
「いや、今来たとこ」
「それ、待ち合わせで言うやつじゃん」
「じゃあ、待ってました」
「素直かよ」
笑った。
いつもの会話だった。
こういうとき、私は自分のことを少しだけ好きになれる。
「何?」
「いや、なんでも」
見つめていたのがばれた。
彼は不思議そうに首を傾げたけれど、それ以上は聞いてこなかった。
駅前の本屋までは歩いて10分ほど。
途中、彼がコンビニに寄ろうと言った。
「飲み物買う?」
「いらない」
「じゃあ俺だけ」
彼は店に入ってペットボトルのお茶を買って出てきた。
そのまま歩き始める。
私は少しだけ拍子抜けした。
以前なら私の分も買ってくれたかもしれない。
いや、別に買ってほしかったわけじゃない。
自分でいらないと言ったのだから……。
それでも、ほんの少しだけ。
私の分も考えてくれたらよかったのに、と思った。
自分で断っておいて、勝手な話だった。
私たちは結局どうでもよい話ばかりしていた。
本屋に着くと、彼は参考書のコーナーではなく、資格について書かれた本の棚へ向かった。
「何か気になる仕事あるの?」
「いや。だから探しに来たんだって」
「そうでした」
彼は棚から一冊抜き出した。
表紙には、将来の仕事を考えるための入門書、と書かれている。
「こういうのってさ、読んだら何か変わるのかな」
「読まないよりはいいんじゃない?」
「それはそうだけど」
彼はページをめくった。
「でも、何か1つくらい得意なこととか、好きなこととかないの?」
私が聞くと、彼はしばらく考えた。
「人と話すのは、嫌いじゃないかも」
「へえ」
「お前は?」
「……さあ」
「ないの?」
「あるけど、仕事にできるようなものじゃないし」
本当は、少しだけあった。
物語を読むこと。
登場人物がどうしてそんなことを言ったのか、どうしてそんな選択をしたのか、考えること。
でも、そんなことを口にするのは恥ずかしかった。
好きなことがあるのに、何もしていない自分。
それを彼に知られるのが嫌だった。
「まあ、まだ時間あるしな」
彼は本を棚に戻した。
私はその横顔を見た。
彼は自分の将来が分からないと言った。
私は、それを聞いて安心した。
彼も私と同じ場所にいてくれると思ったから。
けれど本当は違う。
彼は分からないから探しに来た。
私は分からないままでいるために、考えることを避けていた。
同じ場所にいるように見えても、向いている方向は違うのかもしれなかった。
「ねえ」
私は別の棚に移動する彼を追いかけた。
「何?」
「もしさ、やりたいことが見つかったら、どうする?」
「どうするって?」
「例えば、すごく遠い大学に行かなきゃいけないとか。今の友達と離れるとか」
彼は少し考えた。
「行きたいなら行くんじゃない?」
あっさりした答えだった。
「友達と離れても?」
「そりゃ寂しいだろうけど、ずっと同じ場所にいるわけにもいかないし」
「……そっか」
「何、急に」
「別に」
私は笑った。
彼は何も気づいていない。
私が何を聞きたかったのか。
彼の将来に、自分がいるのかどうか。
そんなことを聞ける立場じゃない。
付き合っているわけでもないし将来を約束したわけでもない。
私は彼と付き合いたくない。
そう決めた。
けれど、彼には私の知らないところで幸せになってほしくない。
その2つが同時に存在していることを、私はまだ認めたくなかった。
「これ、どう思う?」
彼が差し出してきたのは、職業について紹介された本だった。
「いいんじゃない?」
「適当だな」
「だって、まだ読んでないし」
「じゃあ一緒に見ようぜ」
彼が本を開いた。
肩が触れそうな距離で、2人でページをのぞき込む。
それから私たちは、気になる職業をいくつか探した。
彼は営業職の説明を読んで「人と話すって、こういうことも含まれるのか」とつぶやいた。
私は編集者という文字を見つけたけれど、何も言わずにページをめくった。
結局、彼はその本を買わなかった。
「もうちょっと考えるわ」
「うん」
「付き合ってくれてありがとな」
「……うん」
帰り道も、いつもと同じ距離を歩いた。
駅に着くと、彼は改札の前で立ち止まった。
「じゃあ、また明日」
「うん。またね」
彼が手を振る。
私も振り返した。
彼の姿が人混みに消えてから、スマホを取り出した。
友達からメッセージが届いていた。
『プレゼント決まった!これどうかな?』
写真が1枚添付されていた。
かわいい雑貨だった。
『いいじゃん!絶対喜ぶと思う』
そう返信してスマホをしまいかけた。
そのとき、もう一通届いた。
『そういえば今日、何の用事だったの?』
私は画面を見つめた。
『ちょっと人と会ってた』
そう打って、送信した。
すぐに返事が来た。
『そっか!』
私はスマホを閉じた。
友達は、誰と会っていたのか聞かなかった。
電車に乗り、窓に映った自分を見る。
私はイヤホンを耳に入れた。
音楽を流して、目を閉じる。
今日のことを考えるのは、もうやめよう。
明日になれば、いつもどおり彼と話せる。
何も変わらない。
そう思った。
けれど、家に帰ってスマホを開くと、彼からメッセージが届いていた。
『今日の本、ちょっと気になったから、今度また見に行こうかな』
私はすぐに返信した。
『いいじゃん!また一緒に行く?』
送信してから、画面を見つめた。
また一緒に。
その言葉を打つのに、迷いはなかった。
私は彼と、これからも一緒にいたい。
『今日、帰り空いてる?』
彼からだった。
昨日、本屋に行こうと誘われた。
だから、聞かれるまでもなく行くつもりだったのに、わざわざ確認されるとなんだか嬉しくなる。
『空いてるよ』
送信してスマホを伏せた。
その直後、別の通知が届いた。
『今日駅前寄れる?誕プレ、一緒に選んでほしい!』
友達からだった。
そういえば、今週末は友達の誕生日会がある。
プレゼントを一緒に選ぶ約束をしていた気がする。
私はカレンダーを開いた。
今日の日付には何も書いていなかった。
約束したのは昨日でもなくもっと前だったはずだ。
それなのに、すっかり忘れていた。
『ごめん、今日ちょっと用事できた!また今度でもいい?』
指が止まった。
送信した。
友達からは、すぐに返事が来た。
『おっけー!じゃあ自分で見てくるね』
教室を出ると、廊下の窓際に彼がいた。
「お待たせ」
「いや、今来たとこ」
「それ、待ち合わせで言うやつじゃん」
「じゃあ、待ってました」
「素直かよ」
笑った。
いつもの会話だった。
こういうとき、私は自分のことを少しだけ好きになれる。
「何?」
「いや、なんでも」
見つめていたのがばれた。
彼は不思議そうに首を傾げたけれど、それ以上は聞いてこなかった。
駅前の本屋までは歩いて10分ほど。
途中、彼がコンビニに寄ろうと言った。
「飲み物買う?」
「いらない」
「じゃあ俺だけ」
彼は店に入ってペットボトルのお茶を買って出てきた。
そのまま歩き始める。
私は少しだけ拍子抜けした。
以前なら私の分も買ってくれたかもしれない。
いや、別に買ってほしかったわけじゃない。
自分でいらないと言ったのだから……。
それでも、ほんの少しだけ。
私の分も考えてくれたらよかったのに、と思った。
自分で断っておいて、勝手な話だった。
私たちは結局どうでもよい話ばかりしていた。
本屋に着くと、彼は参考書のコーナーではなく、資格について書かれた本の棚へ向かった。
「何か気になる仕事あるの?」
「いや。だから探しに来たんだって」
「そうでした」
彼は棚から一冊抜き出した。
表紙には、将来の仕事を考えるための入門書、と書かれている。
「こういうのってさ、読んだら何か変わるのかな」
「読まないよりはいいんじゃない?」
「それはそうだけど」
彼はページをめくった。
「でも、何か1つくらい得意なこととか、好きなこととかないの?」
私が聞くと、彼はしばらく考えた。
「人と話すのは、嫌いじゃないかも」
「へえ」
「お前は?」
「……さあ」
「ないの?」
「あるけど、仕事にできるようなものじゃないし」
本当は、少しだけあった。
物語を読むこと。
登場人物がどうしてそんなことを言ったのか、どうしてそんな選択をしたのか、考えること。
でも、そんなことを口にするのは恥ずかしかった。
好きなことがあるのに、何もしていない自分。
それを彼に知られるのが嫌だった。
「まあ、まだ時間あるしな」
彼は本を棚に戻した。
私はその横顔を見た。
彼は自分の将来が分からないと言った。
私は、それを聞いて安心した。
彼も私と同じ場所にいてくれると思ったから。
けれど本当は違う。
彼は分からないから探しに来た。
私は分からないままでいるために、考えることを避けていた。
同じ場所にいるように見えても、向いている方向は違うのかもしれなかった。
「ねえ」
私は別の棚に移動する彼を追いかけた。
「何?」
「もしさ、やりたいことが見つかったら、どうする?」
「どうするって?」
「例えば、すごく遠い大学に行かなきゃいけないとか。今の友達と離れるとか」
彼は少し考えた。
「行きたいなら行くんじゃない?」
あっさりした答えだった。
「友達と離れても?」
「そりゃ寂しいだろうけど、ずっと同じ場所にいるわけにもいかないし」
「……そっか」
「何、急に」
「別に」
私は笑った。
彼は何も気づいていない。
私が何を聞きたかったのか。
彼の将来に、自分がいるのかどうか。
そんなことを聞ける立場じゃない。
付き合っているわけでもないし将来を約束したわけでもない。
私は彼と付き合いたくない。
そう決めた。
けれど、彼には私の知らないところで幸せになってほしくない。
その2つが同時に存在していることを、私はまだ認めたくなかった。
「これ、どう思う?」
彼が差し出してきたのは、職業について紹介された本だった。
「いいんじゃない?」
「適当だな」
「だって、まだ読んでないし」
「じゃあ一緒に見ようぜ」
彼が本を開いた。
肩が触れそうな距離で、2人でページをのぞき込む。
それから私たちは、気になる職業をいくつか探した。
彼は営業職の説明を読んで「人と話すって、こういうことも含まれるのか」とつぶやいた。
私は編集者という文字を見つけたけれど、何も言わずにページをめくった。
結局、彼はその本を買わなかった。
「もうちょっと考えるわ」
「うん」
「付き合ってくれてありがとな」
「……うん」
帰り道も、いつもと同じ距離を歩いた。
駅に着くと、彼は改札の前で立ち止まった。
「じゃあ、また明日」
「うん。またね」
彼が手を振る。
私も振り返した。
彼の姿が人混みに消えてから、スマホを取り出した。
友達からメッセージが届いていた。
『プレゼント決まった!これどうかな?』
写真が1枚添付されていた。
かわいい雑貨だった。
『いいじゃん!絶対喜ぶと思う』
そう返信してスマホをしまいかけた。
そのとき、もう一通届いた。
『そういえば今日、何の用事だったの?』
私は画面を見つめた。
『ちょっと人と会ってた』
そう打って、送信した。
すぐに返事が来た。
『そっか!』
私はスマホを閉じた。
友達は、誰と会っていたのか聞かなかった。
電車に乗り、窓に映った自分を見る。
私はイヤホンを耳に入れた。
音楽を流して、目を閉じる。
今日のことを考えるのは、もうやめよう。
明日になれば、いつもどおり彼と話せる。
何も変わらない。
そう思った。
けれど、家に帰ってスマホを開くと、彼からメッセージが届いていた。
『今日の本、ちょっと気になったから、今度また見に行こうかな』
私はすぐに返信した。
『いいじゃん!また一緒に行く?』
送信してから、画面を見つめた。
また一緒に。
その言葉を打つのに、迷いはなかった。
私は彼と、これからも一緒にいたい。



