これにて、恋を卒業します。

翌日の朝、教室に入ると、友達が机に突っ伏していた。

「おはよ」
「……おはよ」

「何、死んでるの?」
「数学の課題」

「あー」
私は自分の席に鞄を置いた。
そういえば、昨日の数学の課題があった。
もちろんやっていない。

「見せて」
「は?」
「私もやってない」
友達が顔を上げた。

「最悪じゃん」
「お互い様でしょ」
2人で笑った。

私は友達のノートを借りて、慌てて書き写し始めた。
こういうとき、学校って便利だと思う。
勉強が分からなくても、隣の人に聞けば何とかなる。
少なくとも、数学に関しては。

「そういえばさ」

友達がシャープペンシルを動かしながら言った。
「昨日、彼と帰った?」

私は手を止めた。
「……何で?」

「いや、昨日、駅前で見たって子がいて」
「ふーん」

私はノートに目を落とした。
知っている。
見たから。

「そうなんだ」
「え、気にならないの?」

「何が?」
「いや、だから。彼と女の子が2人でいたんでしょ?」

友達は、私の顔を覗き込んだ。

私は笑った。

「別に、彼氏じゃないし」

そうだ、彼氏じゃない。

「まあ、そうだけどさ」
友達は納得したようなしていないような顔をした。
「でも、仲いいじゃん」

「普通だよ」
「普通ねえ」

「何?」
「いや」

友達は笑ってノートを指さした。

「そこ、式間違ってる」
「えっ、うそ」

「うそ」
「は?」

友達が声を出して笑った。
私は消しゴムを投げるふりをした。

……よかった。
話が変わった。
正直彼の話をされなくて、ほっとした。
自分でも説明のできないこの感情を、誰かに見透かされるような気がするから。

*

1時間目が始まる直前、彼が教室に入ってきた。

「おはよ」
私の机の横で立ち止まる。

「……おはよ」
「今日、課題やった?」
「やってない」

「だよな」
「何で分かるの」
「顔」
「どんな顔だよ」

彼は笑った。
「見せてやろうと思ったのに」

「え、やったの?」
「一応」

「見せて!」
「ほら、やっぱりやってないじゃん」

「うるさいなぁもう!」

彼はノートを開いて、私の机に置いた。

私は慌てて写し始めた。
「ありがとう。助かった」

「今度ジュースな」
「高いの?」
「百円くらいの」
「安っ」

「じゃあ自分でやれ」
「ごめんなさい」

彼が笑った。


私はノートを返した。
「ありがと」

「おう」
彼は自分の席に戻っていった。

私は、書き写した数式を見た。
ほとんど理解していない。
でも、答えは合っている。

*

昼休み。
私は友達と購買に向かっていた。

廊下の向こうから、彼が歩いてくる。
その隣には、昨日の女の子がいた。

私は一瞬、足を緩めた。
女の子は何かを話していて、彼はそれを聞きながら笑っていた。
楽しそうだった。
……そりゃ、そうだろう。

別に、彼が笑ってはいけない理由なんてない。

「ねえ、あの子じゃない?」
友達が小声で言った。

「何が?」
「昨日、彼と帰ってた子」

「……そうだね」
「かわいくない?」
私は女の子を見た。
確かに、かわいかった。

髪もきれいだし、制服の着こなしも上手だった。
笑ったときの顔も、明るくて感じがいい。
私は、自分の前髪を触った。

「……別に普通じゃない?」
口に出してから、後悔した。

友達が私を見る。
「え、そう?」

「うん」
「私はかわいいと思うけどな」

「ふーん」
私は歩く速度を上げた。

何を言っているんだろう。
かわいいものは、かわいい。

「ねえ」
友達が言った。

「嫉妬してる?」
私は立ち止まった。

「……は?」
「いや、だって」

「してないけど」
「本当に?」

「しつこいな……!」
思ったより大きな声が出た。

友達が黙った。
私はすぐに後悔した。

「……ごめん」
「いや、別に」
友達は前を向いた。

「ごめんね。からかいすぎた」
その言葉を聞いて、胸の奥が重くなった。

違う。
からかわれたから怒ったんじゃない。
当たっていたから、怒ったのだ。
私はそれを、友達のせいにした。