放課後。
進路指導室の前には、3人の生徒が並んでいた。
彼は私の隣で、スマホをいじっている。
「何見てるの?」
「大学」
「え、もう決めたの?」
「いや、調べてるだけ」
画面を覗くと、大学の一覧が表示されていた。
偏差値。学部。入試方式。
「……すごいね」
「何が?」
「ちゃんと調べてるじゃん」
彼は笑った。
「いや、今日までだからさ」
「そっか」
「お前は?」
「何が?」
「調べた?」
私は黙った。
スマホで大学を検索したことならある。
でも、3分くらいでやめた。
どこを見ても自分がそこに通っている姿が想像できなかったから。
「……まだ」
「そっか」
その沈黙がありがたかった。
ありがたかったのに。
「お前なら、何とかなるんじゃね?」
私は彼を見た。
「……何で?」
「いや、別に。お前、変なところでしっかりしてるし」
変なところ。
しっかり。
人を安心させる言葉って案外適当なのかもしれない。
「次の人、どうぞ」
先生の声がして彼が立ち上がった。
「行ってくる」
「うん」
扉が閉まった。
私は廊下の窓から、校庭を見下ろした。
運動部の生徒たちが走っていた。
あんなに走ってどこに行くんだろう。
目的地があるから走れるのかな。
それとも、走っているうちに目的地が決まるのかな。
*
「終わったー!」
扉が開いた瞬間、彼が大きな声を出した。
「うるさ」
「いや、マジで疲れた」
「何聞かれたの?」
「将来何したいの、だって」
「答えた?」
「答えられるわけないじゃん」
私は思わず吹き出した。
「いや、笑うなよ」
「ごめん。だって」
「お前も聞かれるんだからな」
「……うわ」
「現実を見ろ」
彼は偉そうに言った。
腹が立ったので、鞄で軽く肩を叩いた。
「痛っ。暴力反対」
「大げさ」
「訴えます」
「どうぞ」
「じゃ、帰るか」
「……うん」
昇降口まで歩く。
靴を履き替えていると、彼が思い出したように言った。
「あ、そうだ」
「何?」
「明日、放課後空いてる?」
私は顔を上げた。
「……何で?」
「いや、進路のこと。もうちょっと相談したい」
「自分で考えなよ」
冷たい声が出た。
彼は黙った。
「……まあ、そうだよな」
その言い方が、嫌だった。
あっさり引かれた。
「……別に、嫌ってわけじゃないけど」
彼が顔を上げる。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ明日も頼むわ」
彼は笑った。
私はほっとしてしまった。
*
駅に着くと、ちょうど電車が来ていた。
私たちは並んで乗り込んだ。
夕方の車内は混んでいて、立っている人も多かった。
彼がつり革につかまる。
私はその隣に立った。
「そういえばさ」
彼が言った。
「ん?」
「お前、最近なんか変じゃね?」
心臓が跳ねた。
「……は?」
「いや今日とか。朝からずっと眠そうだし」
「それは元から……っ」
「あと、なんか俺に冷たい」
私は息を止めた。
気づいていたんだ。
「……そう?」
「うん。俺、何かした?」
違う。
何もしていないから……。
「……別に」
彼は私の顔を見た。
「ならいいけど」
私は窓の外を見た。
暗くなりかけた景色が、後ろへ流れてく。
何かした?
彼は何もしていない。
私が勝手に好きになって、勝手に諦めようとしているだけだ。
今まで通りに接してほしい。
でも、今まで通りに接されたら、期待してしまう。
じゃあ、どうしてほしいんだろう。
優しくしないでほしい?
私だけを見てほしい?
「次、降りるよ」
彼の声で我に返った。
「あ、うん」
慌ててドアの前に移動する。
電車が止まった。
ホームに降りると、彼が私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……何が?」
「変だから」
私は笑った。
「大丈夫だって」
「ならいいけど」
彼は少し考えてから、言った。
「何かあったら言えよ」
言えるわけがない。
あなたが好きです。
でも付き合いたくありません。
だから、今まで通りに勝手に笑っといてください。
私が傷つくのでどうか何も変わらないでください。
……そんなこと、言えるわけがないじゃん。
「うん。ありがと」
私は笑った。
そして、いつものように手を振って、別々の道を歩き始めた。
私は何度も振り返りそうになった。
でも振り返ったところで、何も変わらない。
*
家に帰ると、母からメッセージが届いていた。
『進路希望調査、出した?』
私は鞄から紙を取り出した。
『まだ』
そう返信すると、すぐに既読がついた。
『今日まででしょ。ちゃんと考えなさい』
自分が知っている中で頭のいい大学の名前を書いてから、すぐに消した。
そんなことを進路希望調査に書いて何になる。
私は、自分のことを何も決められないくせに。
その夜、私は初めて気づいた。
恋を諦めると決めたのは、彼のためじゃない。
彼に選ばれなかったとき、傷つかずに済むように。
自分から終わりにしたことにしておけば、負けたことにならないから。
私は、そんなことを考えていたのかもしれない。
……最低だ。
明日になれば、また何か変わるかな。
進路指導室の前には、3人の生徒が並んでいた。
彼は私の隣で、スマホをいじっている。
「何見てるの?」
「大学」
「え、もう決めたの?」
「いや、調べてるだけ」
画面を覗くと、大学の一覧が表示されていた。
偏差値。学部。入試方式。
「……すごいね」
「何が?」
「ちゃんと調べてるじゃん」
彼は笑った。
「いや、今日までだからさ」
「そっか」
「お前は?」
「何が?」
「調べた?」
私は黙った。
スマホで大学を検索したことならある。
でも、3分くらいでやめた。
どこを見ても自分がそこに通っている姿が想像できなかったから。
「……まだ」
「そっか」
その沈黙がありがたかった。
ありがたかったのに。
「お前なら、何とかなるんじゃね?」
私は彼を見た。
「……何で?」
「いや、別に。お前、変なところでしっかりしてるし」
変なところ。
しっかり。
人を安心させる言葉って案外適当なのかもしれない。
「次の人、どうぞ」
先生の声がして彼が立ち上がった。
「行ってくる」
「うん」
扉が閉まった。
私は廊下の窓から、校庭を見下ろした。
運動部の生徒たちが走っていた。
あんなに走ってどこに行くんだろう。
目的地があるから走れるのかな。
それとも、走っているうちに目的地が決まるのかな。
*
「終わったー!」
扉が開いた瞬間、彼が大きな声を出した。
「うるさ」
「いや、マジで疲れた」
「何聞かれたの?」
「将来何したいの、だって」
「答えた?」
「答えられるわけないじゃん」
私は思わず吹き出した。
「いや、笑うなよ」
「ごめん。だって」
「お前も聞かれるんだからな」
「……うわ」
「現実を見ろ」
彼は偉そうに言った。
腹が立ったので、鞄で軽く肩を叩いた。
「痛っ。暴力反対」
「大げさ」
「訴えます」
「どうぞ」
「じゃ、帰るか」
「……うん」
昇降口まで歩く。
靴を履き替えていると、彼が思い出したように言った。
「あ、そうだ」
「何?」
「明日、放課後空いてる?」
私は顔を上げた。
「……何で?」
「いや、進路のこと。もうちょっと相談したい」
「自分で考えなよ」
冷たい声が出た。
彼は黙った。
「……まあ、そうだよな」
その言い方が、嫌だった。
あっさり引かれた。
「……別に、嫌ってわけじゃないけど」
彼が顔を上げる。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ明日も頼むわ」
彼は笑った。
私はほっとしてしまった。
*
駅に着くと、ちょうど電車が来ていた。
私たちは並んで乗り込んだ。
夕方の車内は混んでいて、立っている人も多かった。
彼がつり革につかまる。
私はその隣に立った。
「そういえばさ」
彼が言った。
「ん?」
「お前、最近なんか変じゃね?」
心臓が跳ねた。
「……は?」
「いや今日とか。朝からずっと眠そうだし」
「それは元から……っ」
「あと、なんか俺に冷たい」
私は息を止めた。
気づいていたんだ。
「……そう?」
「うん。俺、何かした?」
違う。
何もしていないから……。
「……別に」
彼は私の顔を見た。
「ならいいけど」
私は窓の外を見た。
暗くなりかけた景色が、後ろへ流れてく。
何かした?
彼は何もしていない。
私が勝手に好きになって、勝手に諦めようとしているだけだ。
今まで通りに接してほしい。
でも、今まで通りに接されたら、期待してしまう。
じゃあ、どうしてほしいんだろう。
優しくしないでほしい?
私だけを見てほしい?
「次、降りるよ」
彼の声で我に返った。
「あ、うん」
慌ててドアの前に移動する。
電車が止まった。
ホームに降りると、彼が私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……何が?」
「変だから」
私は笑った。
「大丈夫だって」
「ならいいけど」
彼は少し考えてから、言った。
「何かあったら言えよ」
言えるわけがない。
あなたが好きです。
でも付き合いたくありません。
だから、今まで通りに勝手に笑っといてください。
私が傷つくのでどうか何も変わらないでください。
……そんなこと、言えるわけがないじゃん。
「うん。ありがと」
私は笑った。
そして、いつものように手を振って、別々の道を歩き始めた。
私は何度も振り返りそうになった。
でも振り返ったところで、何も変わらない。
*
家に帰ると、母からメッセージが届いていた。
『進路希望調査、出した?』
私は鞄から紙を取り出した。
『まだ』
そう返信すると、すぐに既読がついた。
『今日まででしょ。ちゃんと考えなさい』
自分が知っている中で頭のいい大学の名前を書いてから、すぐに消した。
そんなことを進路希望調査に書いて何になる。
私は、自分のことを何も決められないくせに。
その夜、私は初めて気づいた。
恋を諦めると決めたのは、彼のためじゃない。
彼に選ばれなかったとき、傷つかずに済むように。
自分から終わりにしたことにしておけば、負けたことにならないから。
私は、そんなことを考えていたのかもしれない。
……最低だ。
明日になれば、また何か変わるかな。



