大正サアカス恋愛奇譚~薄幸少女は運命の糸を纏って踊る~

○翌日・日ノ出座のテント近く・昼前
興行用に飾られたテント付近。
「日ノ出座」と書かれた看板が立っている。
次々と客が集まってきており、余りは賑やか。
そんな中、澄子は舞台用の衣装を着て、テントの裏手に佇んでいる。
澄子「ふう……」
胸に手を当て、ゆっくりと息を吐く澄子。
澄子(開演時刻まで、あと少し……)
緊張した表情で、掲げられた時計を見る澄子。
澄子(落ち着いて、練習通りに……)
すう、はあ、と何度も深呼吸をする澄子。
女性記者「あっ!」
澄子の目の前で、通りかかった女性記者が転ぶ。
澄子「だ、大丈夫ですか?」
慌てて女性記者の元に駆け付け、助け起こす澄子。
女性記者「はい……へへ、すみません」
恥ずかしそうに笑う女性記者。
手にはカメラが、大事そうに抱えられている。
女性記者「ありがとうございます、ご親切に」
澄子「いえ……」
女性記者は立ち上がり、澄子は謙遜して首を横に振る。
ふと、女性記者が澄子の衣装に目を留める。
女性記者「あ……あなた、サアカス団の方ですね?」
パッと顔を輝かせる女性記者。
澄子「! はい」
女性記者「何をされるんです?」
澄子「ええと、踊りを……」
女性記者「踊り子! 良いですね、華って感じです!」
控えめに応える澄子と、テンション高めに話す女性記者。
女性記者「あの、公演が終わってから、取材させていただいても良いですか?」
澄子「えっ」
目を丸くする澄子。
女性記者「あ、お嫌でしたら……」
眉を下げる女性記者。
澄子はぶんぶんと首を横に振る。
澄子「い、いえ! 私なんかで良ければ、いくらでも!」
女性記者「わあ! ありがとうございます!」
心底嬉しそうに笑う女性記者。
女性記者「実は私、駆け出しで。何を取材しようか悩んでたんですが、日ノ出座さんのビラを見て、これだ! と思って来たんです」
澄子に日ノ出座のビラを見せる女性記者。
女性記者「公演、頑張ってくださいね!」
澄子の手をぎゅっと握る女性記者。
澄子「はい……!」
恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で微笑む澄子。

○日ノ出座の公演テント・昼
開演間近のテント内。
客席は満杯で、老若男女がそわそわしながら、開演を心待ちにしている。
あざみ「紳士淑女の皆様! 本日は日ノ出座サアカスへようこそお越しくださいました!」
パッとライトが付き、舞台上に衣装を着たあざみが現れる。
客たちはワッと歓声を上げる。
澄子(ついに、始まった……!)
舞台袖で息を呑む澄子。
その隣に緋埜がやってくる。
緋埜「澄子」
澄子にささやく緋埜。
緋埜「存分に、楽しむといい」
微笑みかける緋埜。
澄子は頷く。
あざみ「――皆皆様の応援を賜り、長らく走って参りました私たちは本日! 新たな仲間を迎えました!」
大きな身ぶりと共に朗々と語るあざみ。
舞台袖から足を踏み出す澄子。
幕の裏側を通り、舞台の中心で立ち止まる。
あざみ「澄んだ川の流れのごとく、無垢で流麗な演舞を披露いたします! 踊り子の――澄子!」
バサッと幕が除かれ、ライトを浴びた澄子の姿があらわになる。
ゆっくりと目を開き、前を見る澄子。
あざみ「では早速、ご挨拶代わりの踊りをひとつ! 皆様、ご照覧ください!」
あざみの合図で、音楽隊が演奏を始める。
息を吸い、演奏に合わせて踊り出す澄子。
 ※華美ではないが、美しく楽しげな雰囲気。
年配の女性客「まあ、可愛らしい」
男性客「うん、なかなか軽やかで良いじゃないか」
女性客「何て言うのかしら、素直で、見ていて気持ちが良いわ」
口々に澄子を褒める客たち。
女性記者「さっきの人……! やっぱり素敵!」
目を輝かせる女性記者。
やがて演奏が終わり、澄子も最後のポーズをとって動きを止める。
少しの間、テント内に余韻が響く。
澄子「…………」
ポーズをとったまま、汗を流し、やりきった表情の澄子。
あざみ「皆様、どうぞ拍手を!」
あざみが促すと、客たちは拍手喝采。
女性記者も満面の笑みで手を叩いている。
澄子「……!」
目を見開き、拍手を浴びる澄子。
澄子(私の踊りを、こんなにたくさんの人が……!)
感動で目が潤む澄子。
涙が零れそうになるのをぐっと堪え、澄子は優雅にお辞儀をする。
あざみ「澄子は後の演目でも、この踊りで華を添えてくれます! 皆様ぜひ、お見逃しなく!」
そう言ってから、澄子に「良かったわよ」のウインクをするあざみ。
笑顔で小さく頷く澄子。
あざみ「では、お次は奇想天外! 双子のブランコ乗りによる圧巻の曲芸――」
あざみの語りは続き、公演もまた進んでいく。

○日ノ出座の控えテント・夕方
テントの外で、客たちがぞろぞろと帰っていく。
客たちはみんな、満足そうな表情。
あざみ「お疲れ様ー!」
テント内にて、笑顔で言うあざみ。
周囲には団員たちがいる。
団員たちは疲れた様子で、しかし清々しい表情。
その中で澄子も、ホッとした顔で立っている。
緋埜「皆、とても良かった」
団員たちに向け、満足げに言う緋埜。
それから緋埜は、澄子の方に優しげな視線を向ける。
緋埜「澄子も……俺の見込んだ通り、いやそれ以上に。素晴らしかった」
澄子「あ、ありがとうございます」
照れながら言う澄子。
澄子の頬が、ぽぽ、と赤くなる。
 ※緋埜に褒められて嬉しい。
澄子「す……少し、外の風に当たってきますね」
頬が赤らむのを誤魔化すように、テントの外に出る澄子。

○日ノ出座のテント付近
たたた、と早足で人気の無い場所へ移動する澄子。
澄子(初めての、興行。初めての舞台……)
胸の前でぎゅっと両手を握りしめる澄子。
空は茜色。
澄子は立ち止まり、パッと顔を上げる。
澄子(すごく、楽しかった……!)
気の高揚を表情に出す澄子。
この1〜5話で最も清々しく、明るい笑顔。
背景で、先ほど舞台で踊った時の様子が回想される。
澄子(舞台で踊って、日ノ出座の皆さんと一緒に芸ができて、お客様に喜んでもらえて)
息を合わせて芸を披露する鈴代と加代や、あざみ、六太たちの様子、また、楽しげな客の顔が回想される。
澄子(緋埜さんにも……褒めてもらえた)
微笑み、澄子を褒める緋埜の様子が回想される。
 ※緋埜だけ特別感あり。
澄子(明日からも頑張ろう。日ノ出座の、踊り子として)
明るく決意を新たにする澄子。
心境を表すようにキラキラとエフェクトが舞う。
空気を胸いっぱいに吸う澄子。
澄子「ふう……そろそろ、戻らないと」
息を吐き、少し気分が落ち着いた様子で、踵を返す澄子。
そこへ、ザッ、と何者かが現れる。
澄子は何気なくそちらを見る。
英造「随分と、調子が良さそうだな」
悪辣な表情をした英造。
澄子「……っ!?」
途端に青ざめる澄子。
澄子はじり、と後ずさり、周囲を見回すが、誰もいない。
英造はズカズカと澄子に近付く。
英造「わしを二度もこけにしておいて、ただで済むと思ったか!」
英造の手には刃物。
それに気付いた澄子は、冷や汗をかく。
英造「舞台に立てなくしてやる……!」
刃物を振りかぶる英造。
怪我を覚悟し、両腕で顔を庇う澄子。
しかしすんでのところで、緋埜が2人の間に飛び込み、英造の腕に手刀を食らわせ、刃物を叩き落とす。
澄子「緋埜さん……!」
目を見開く澄子。
カラン、と刃物が地面に落ちる。
英造は手刀を受けたところをさすりながら、緋埜を睨む。
英造「……っ!」
澄子をそっと抱き寄せ、それから自分の後ろに下がらせる緋埜。
緋埜「貴様を見くびっていた。ここまで、短絡的だったとはな」
英造「何のことだ?」
わざとらしく笑って言う英造。
英造「わしは知った顔が居たから声をかけた。そうしたら、貴様が突然、わしに手を上げてきた。おお、恐ろしい!」
これみよがしに腕をさする英造。
緋埜「しらを切る気か」
ギッと英造を睨みつける緋埜。
強い怒りが殺気となって発される。
英造は一瞬、身震いするが、それでもふんぞり返る。
英造「ここに第三者は居ない。誰が真偽を証言できる?」
睨み合う緋埜と英造。
澄子は息を呑んで、その様子を見守る。
女性記者「あの!」
膠着した場に、女性記者が駆け足で現れる。
女性記者「私、証拠撮りましたから!」
カメラを掲げる女性記者。
澄子「あなたは……!」
思わぬ人物の登場に驚く澄子。
女性記者「踊り子さんを探してたら、偶然……」
澄子に会釈をする女性記者。
それから一転、女性記者は力強い表情で、英造と対峙する。
女性記者「私は雑誌記者です。あなたが踊り子さんを虐めるなら、私はあなたの悪行を記事に書き立てますよ!」
英造「ぐ……」
さすがに言い淀む英造。
緋埜「それには及ばない」
女性記者を制止する緋埜。
澄子と女性記者は、「?」という表情をする。
緋埜「神森英造。貴様は俺が、手ずから潰す。神森座に次の興行は無いと思え」
英造「ふ、ふん。貴様ごときがどうやって……」
緋埜「土地の権利者に根を回す。二度と神森座に場を貸すなと」
怒りを湛えた表情で、しかしあくまで冷静に言い放つ緋埜。
英造は、ギョッとして緋埜を見る。
緋埜「俺は人より少々、顔が広い。いくらか時間を使えば、貴様の資産を無価値なものにし、孤立無援に追い込むこともできる」
英造「き……貴様、そんな汚い手を」
緋埜「何とでも言え。俺は澄子を守る。そのためならば、もう手段は選ばない」
きっぱりと言う緋埜。
 ※無慈悲で恐ろしいイメージ。
英造は反論の言葉を失い、悔しそうに唇を嚙みしめる。
澄子「ま、待ってください!」
緋埜の袖を引き、割って入る澄子。
緋埜は驚き、目を丸くする。
澄子「やめてください、緋埜さん。私は、緋埜さんが……ご自分で培ってきたものを、そんなふうに使うのを見たくはありません」
眉を下げ、懇願する澄子。
緋埜「澄子……」
澄子「お願いします。私のために手を汚すよりも……どうか、私の隣に居てください」
緋埜「…………」
懸命な表情の澄子を見つめ、逡巡する緋埜。
英造は半ば困惑した顔をしている。
緋埜は目を瞑り、自分を落ち着かせるように、長めに息を吐く。
緋埜「君、写真を現像したら、焼き増してもらえるか」
女性記者の方へ、声をかける緋埜。
女性記者「勿論です」
即答する女性記者。
緋埜は英造の方へと向き直る。
緋埜「聞いたな。悪事の証拠は握らせてもらう。貴様が今後、澄子に少しでも近付こうものなら……今度こそ、持ち得る全ての手段を使う」
英造に宣告する緋埜。
澄子は、緋埜がいったんは刃を収めたことにホッとする。
緋埜「澄子に感謝しろ。そして、二度と顔を見せるな」
英造を睨みつける緋埜。
英造「くそっ……くそっ!」
躓きながら、無様に逃げていく英造。
澄子「…………」
英造の背を、複雑な表情で見送る澄子。
その後、澄子はふらりと倒れかける。
緋埜「澄子!」
女性記者「踊り子さん!」
驚く緋埜と女性記者。
緋埜は慌てて澄子を抱きかかえる。
澄子「す、すみません。力が抜けてしまって」
申し訳なさそうに笑う澄子。
澄子「でも……平気です」
ゆっくりと自分の足で立ち直す澄子。
澄子「明日からの公演も、私……きっと素敵に、踊ってみせます」
晴れやかに笑う澄子。
背に夕陽を背負い、美しい立ち姿。

○同刻・街の通り
多くの人が行き交う通り。
日ノ出座の興行を観に行った帰りの人々も大勢いる。
幸太朗「サアカスの華……美しい踊り子……」
人混みに紛れ、歩く幸太朗。
【氷川(ひかわ) 幸太朗(こうたろう):19歳。茶髪の青年。書生風の服装で、『大正の文学青年』といった格好。】
幸太朗「小川を行く清らなる水のごとき……純粋な少女……」
回想:舞台上で踊る澄子。観客席で、澄子に見入る幸太朗。
幸太朗「澄子さん……!」
うっとりとした表情を見せる幸太朗。
頬は紅潮しており、澄子に惚れているとひと目でわかる。